185話「火蓋」
イストリア家の屋敷のすぐ側に建つ、少し大きめなドーム状の建物。
壁は分厚い耐熱レンガで造られており、傍から見れば巨大な炉のようだ。
中に篭もった熱を逃がす為か、頭頂部には太い煙突が設けられている。
火の扱いが得意なイストリア家の人間にとっては、最適な形の修練場なのだろう。
「フラムっ!」
老執事を拘束していた触手を解除し、修練場の中央に倒れ伏しているフラムに駆け寄る。
修練場の中に渦巻く蒸せる熱気が、肌を焼く様に撫ぜていく。
背後では老執事が「危険です、お嬢様方!」と叫んで他の子達を押し止めていた。
フラムの事で気が回らず、適当に放り投げるように触手を解除してしまったのだが、上手く着地したようだ。
普通ならひっくり返っているだろうに、やはりただ者ではない身のこなし。
しかし後ろに構っている暇は無い。
視線を前に戻し、地を蹴った。
フラムの元に辿り着き、すぐさま彼女を抱き起こす。
「大丈夫!?」
「ア・・・・・・リ、ス・・・・・・ぐすっ・・・・・・アリスぅ~~・・・・・・っ!」
泣きじゃくり、縋ってくるフラムを受け止めた。
震える肩を抱き、頭を撫でる。
服は大きく焼け落ち、肌を晒してしまっている。
身体の方は所々に火傷が見られるが、そこまで酷くはないようだ。
フラムを慰めながら身体に付いた土を払い、治癒魔法をかけていく。
「どういう事だ、ウィロウ!」
フラムの前に立っているファラオームが声を荒げる。
「申し訳ございません、ファラオーム様。しかし我が老骨に鞭打てど、学院の卒業者に束になられてはとてもとても・・・・・・。」
嘘つけ。入り口はしっかり守れてるじゃねえか。
あの老執事が何を考えているのかは分からないが、今はフラムを助けるのが先決だ。
目立った傷の治療を終え、眼前の相手に視線を上げた。
「此処に足を踏み入れたからには・・・・・・覚悟は出来ているのだろうな? ”火嵐(フォムデウィード)”。」
「ちょっ!?」
修練場の中に火炎が吹き荒れた。
龍がとぐろを巻く様に炎が渦巻き、煙突から吐き出されていく。
「あっ・・・・・・ぶなっ!」
「フン、土の魔法か。小賢しい。」
咄嗟に土の壁を出して、何とか炎を凌いだ。
床が普通の地面で助かった。もし床も耐熱レンガ製だったら、土壁の展開が間に合わなかっただろう。
死にはしない程度の威力だったが、黒焦げアフロじゃ済まないのは確かだ。
皆の方は、あの老執事が水盾の魔法で守ってくれたようだ。やっぱ只者じゃねえ。
しかし、咄嗟の事だったとは言え、土壁を張ったのは失敗だったか。
相手の姿を視認出来なくなってしまったのは致命的だ。
触手を使って魔法の発動を潰そうにも、見えない状態では難しい。
まぁ、デコピン感覚であんな魔法を撃ってくるなら、見えたところで無理か。発動が早過ぎる。
真正面での撃ち合いは避けた方が無難だろう。
となれば・・・・・・避けまくって魔力切れを狙うか。幸い、土もたくさんある。
隙を突ければそれも良し。おじさんに激しい運動は辛いだろうからな。
ただ、それには少しばかり準備が必要だ。
「あんまり人のヨメを虐めないでくれませんかね、お義父さま?」
「フン、下賤の輩に絆されおってからに・・・・・・情けない。」
深く息を吸って呼吸を整え、掌に魔力を集中させる。
「下賤かどうか、試してみます?」
「ほう、私に挑もうと言うのか?」
集めた魔力を水に変換していく。
「私が勝ったら、話くらいは聞いてくれます?」
「良いだろう。だが・・・・・・姑息に時間を稼ぐような者が、私に勝てるのか?」
バレてるー!?
・・・・・・まぁいい、バケツ一杯程度の水は作れた。
その水をフラムの頭から被せる。
「ひぅ・・・・・・っ!?」
「良い、フラム? 私がこっち側から飛び出したら、フラムは反対側・・・・・・入り口の方へ向かって走って。」
さすがにフラムを担いで逃げ回るのは難しいからな。
何かあっても、あの老執事なら上手くカバーしてくれるだろう。
「で、でも・・・・・・。」
「大丈夫だよ。私がおじさんの気を逸らすから。」
フラムの頭をポンと撫で、俺は土壁の影から飛び出した。
「走って、フラム!」
残っていた石つぶて程の水をファラオームの顔めがけて飛ばす。
気休めの目眩ましにもならないだろうが、一瞬気を逸らすくらいは・・・・・・!
ファラオームの視線がこちらを捉えると、一言発した。
「”火(フォム)”。」
彼の言葉で、炎が一気に広がった。
ただの火を生み出すだけの魔法が、周囲の魔力を侵食して大津波のように迫ってくる。
逃げ回れば良い、とかいう話ではない。逃げる先にも既に炎が迫っているのだ。
大きく飛び出してしまったせいで、地面との距離は遠い。
これでは土壁の展開もおそらく間に合わないだろう。
俺は”古の民の末裔”と呼ばれる者達の能力を甘く見すぎていたのかもしれない。
”先祖返り”と言われるフラムとリヴィの実力から、勝手にファラオームの力を逆算してしまっていた。
だが彼は、彼女らの何倍もの時間、研鑽を積んできたのだ。
ただ椅子にふんぞり返っている、名ばかり貴族ではなかったということである。
だからこそ、フラムに求める理想も青天井なのだろう。
「まだだっ・・・・・・!」
円錐の形をした魔力の障壁を展開する。
ただ急拵えである為、薄氷よりも脆い。
しかし、ファラオームが先程使った魔法と違い、指向性の無い炎。
コイツで上手く逸らせる事が出来れば・・・・・・!
障壁の先端と炎の波がぶつかった。
円錐の形に炎が割れ、俺の身体を避ける様に通り過ぎていく。
よし、上手くいっ――
――パキッ。
炎の重圧に負け、障壁に一筋のヒビが入った。
そこから連鎖的に枝分かれして広がっていく。
――ポロッ。
障壁の一部が剥がれ落ち、炎が侵入してくる。
空いた穴を更に炎が食い破って拡げていく。
とうとう障壁は耐え切れなくなり、炎の中へ沈んだ。
と同時に、俺の身体も炎の奔流に飲まれた。
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