158話「意外な特技」

「よ・・・・・・っと。」


 背後でラビの声と地を踏む音。

 これで全員が迷宮内に揃った事になる。


「あれ・・・・・・みんな、どうしたの? ・・・・・・アリスちゃん?」

「ちょっと嫌な感じがしてて・・・・・・ね。」


 皆一様に押し黙り、険しい表情を浮かべている。

 それもその筈、今までの迷宮と明らかに様子が異なるのだ。

 見た目自体は、石壁石床の四角い部屋で特におかしいところは無い。

 ただ、迷宮全体に漂う濃い魔物の気配が胸を掻き立てている。


「だが、いつまでもこうしていても仕方があるまい。」


 そう言ったヒノカも落ち着かなさそうに刀の柄を撫でている。


「そうだね・・・・・・。でも、いつもより慎重に行こう。」

「あぁ・・・・・・異論は無い。」


 部屋から伸びていた通路を一つ選び、ヒノカを先頭に隊列を組んで進んでいく。

 ひそひそ声で会話しながら歩いていると、角を曲がった先に部屋が見えた。

 口を閉ざし、部屋の様子が確認できる程度まで音を殺して近づく。


「部屋には色違いゴブリン二体にオークが一体・・・・・・。」

「しかし、少々厄介だな・・・・・・。」


 ゴブリンたちの手には長剣、オークの手には槍が握られている。

 粗悪品のようだが、これまでの奴らが使っていた錆びてボロボロの剣や折れた槍なんかとは比べるべくもない。

 更に金属製の胸当てや兜なんかも身に纏っている。


「どうする、アリス?」

「初戦だし、出し惜しみ無しで行こう。先ずはオークをフラムの魔法で、撃ち漏らしたらリーフ。」


「・・・・・・いえ、私が先にオークの動きを止めるわ。それからフラムの魔法で仕留めるというのはどうかしら?」

「そっちの方がフラムの火力を生かせそうだね。それでお願い出来る?」


「ぅ、うん・・・・・・。」

「えぇ、分かったわ。」


「お姉ちゃんは二人の護衛をお願い。」

「・・・・・・わかった。」


「キシドーとラビは後方警戒。もし魔物が来たら大声で報せて。」

「うん、任せて!」


「ヒノカ、ニーナ、サーニャは部屋の左奥でゴブリン二体の相手を。」

「左奥・・・・・・? 何か理由があるのか?」


「ここから確認出来る範囲では、部屋の中央と右奥に罠があるから、私が解除するまでその辺りには近付かないで。」

「なるほど、承知した。」


「ボクも大丈夫。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


「サーニャ・・・・・・? どうしたの?」

「・・・・・・・・・・・・左奥って、どっちにゃ?」


 張り詰めていた空気が一気に弛緩する。

 ・・・・・・いや、肩の力が抜けたと良い風に解釈しておこう。


「・・・・・・あっちね。」

「わかったにゃ!」


 各々が短い時間で戦闘準備を終え、視線だけを交わす。

 全員が一斉に頷くと、リーフの声が戦端を開いた。


「”氷矢(リズロウ)”!」


 リーフの周囲に俺の背丈程ある氷の矢が数本形成され、オークへ向かって飛翔する。

 足元を狙った氷矢は見事にオークの足を貫き、氷漬けにした。


「今よっ!」

「ふぉ・・・・・・”火弾(フォムバル)”!」


 合図と共にフラムが火弾の魔法を放つ。

 動けなくなったオークに炎の塊が容赦なく襲い掛かり、爆発を起こした。

 大穴の空いた巨体がゆっくりと地面に倒れ伏す。


「ボク達もいこう!」


 部屋に飛び込んだニーナ達に気付いたゴブリンが彼女らに向かう。


「”暴風(デウィード)”!」


 ニーナの声に風が一瞬吹き荒れ、砂埃が舞った。

 真正面から暴風を受けた二体のゴブリンは吹き飛ばされはしなかったものの、大きく態勢を崩す。

 その隙を逃さずヒノカの刀が翻り、サーニャのねこパンチが炸裂した。


「はぁっ!」

「うにゃー!!」


 絶命したゴブリン達がその身を投げ出す様に倒れる。

 相変わらず見事なお手並みだ。


「・・・・・・とりあえず、罠を解除するから皆その場から動かないでね。」


 やっと俺の出番である。


*****


「ふぅ・・・・・・まだ迷宮に入ったばかりだと言うのに、凄く疲れた気がするわ・・・・・・。」


 荷車に乗って休憩しているリーフがボヤく。


「魔物だらけだし、仕方ないよ。」


 迷宮に入ってから数時間。

 今のところ辿り着いた部屋には必ず魔物が巣食っていた。

 その度に魔法を使っていたのだから無理もない。

 更に罠も増えており、罠の無かった部屋を数えた方が早いくらいだ。

 上層に比べると魔物特盛り罠マシマシってところか。


 その分、実入りは悪くない。

 既に高そうな武具やアイテムをいくつか拾っている。

 迷宮内の店に売れば宿代と食事代に不足はしないだろう。

 拾える食材にも品質の良い物が混じっているようだ。


 ただ危険度に見合うか、と言われれば疑問である。

 俺には罠が見えるから問題無いが、普通の探索者には見えないのだ。

 罠一つで全滅する事もあるのだから、割りが良いとはお世辞にもいえない。

 そりゃ挑戦者も減るワケだ。


「次の部屋が見えたぞ。」


 ヒノカの声に先の方へ目を凝らす。


「魔物は目視できる一匹だけみたいだね。あれは・・・・・・インプかな。」

「そのようだな。」


 部屋の中央でパタパタと小さな羽で小さな体を浮かせ、落ち着き無くキョロキョロと周りを見回している。

 イベント以外では初めて遭遇する魔物だ。


「・・・・・・わたしがいく。」

「お願い、お姉ちゃん。見えてる範囲に罠は無いから、奥寄りで戦って。」


 フィーが剣を抜いて入口に立つ。

 相手も気付いたようだ。

 フィーが動くよりも早く、インプが動いた。


「テキハッケン! テキハッケン! テキハッケン!」


 煩く叫びながらフィーとは逆方向に飛び去っていった。

 あっという間に奥の通路へと消えてしまう。

 高速で逃げるタイプのモンスターだったか。


「・・・・・・いっちゃった。」


 所在無さげに佇むフィー。


「と、とにかく先へ進もうよ。」


 他に道は無いので、さっきのモンスターを追い掛ける形になりそうだ。

 あの速さじゃ追い付くのは無理だろうが。

 部屋にあった罠を解除し、インプの消えていった通路を進んでいく。


「奥から足音が聴こえるにゃ。」


 全員の足がピタリと止まる。


「いくつ?」

「これだけにゃ。」


 そう言ってサーニャが三本の指を立てた。

 偶然通路に入り込んできたにしては数が多い。


「三体か・・・・・・。おそらく、さっきのインプが逃げた先の部屋に居た魔物を送り込んできた・・・・・・ってところかな。何か叫んでたし。」

「どうするのよ、アリス。引き返すにも結構距離があるわよ?」


「あまり通路では戦いたくないけど、ここで迎撃するしかないね。」


 回避主体で戦う子が多い以上、狭い通路で戦うのは得策ではないのだが、致し方あるまい。

 引き返している途中で後ろを取られるよりはよっぽどマシだ。

 ヒノカたちの間を縫って進み、先頭へ並ぶ。


「む・・・・・・アリスが行くのか?」

「うん、リーフとフラムにはもう少し休んでいて欲しいしね。」


 少しの間待っていると、前方から迫ってくる魔物を視界に捉えた。

 武装した色違いゴブリンが三体。縦に並んでいる。

 後ろにいるヒノカ達が武器に手を掛け、警戒態勢をとった。


 俺は魔物達に向けて人差し指を突き出し、先端に魔力を凝縮させる。

 片目で狙いを絞り、魔力を水に変換して一気に打ち出した。


 通路に一瞬だけ白い線が走る。

 それはゴブリン達の心臓に小さな穴を開け、煙のように霧散していった。


 崩れ落ちるゴブリン達。

 何が起きたのかも理解出来ないまま、彼らの身体は迷宮に分解されて消失した。


「今・・・・・・何をしたのよ?」

「水を圧縮して撃っただけだよ。」


 ウォーターカッターの要領である。

 チャージ時間が長く、こんな状況以外では使えそうに無いのが玉に瑕。


 魔物を片付けた俺たちは探索を再開した。

 しばらく進むと、先程の魔物達が出てきたと思われる部屋が見えてくる。

 遠目から部屋の様子を窺う。


「・・・・・・さっきの魔物。」


 部屋の中にはフィーが取り逃したインプが漂う様に飛んでいる。


「待って、お姉ちゃん。」


 飛び出そうとしたフィーを引き留める。

 少々不機嫌顔になりながらも止まってくれた。


「また逃げられると面倒だし、部屋の外から倒そう。」

「それは構わんが、どうするつもりだ?」


「私が魔法でやるしかないかな・・・・・・。」

「ふむ・・・・・・まぁ、そうなるか。」


 リーフとフラムには魔力を温存しておいて欲しいしな。


「ねぇ、それならさっき拾った弓・・・・・・使っても構わないかしら?」

「構わないけど・・・・・・使えるの、リーフ?」


「えぇ、故郷に居た時に狩りで使っていたから。」

「そうなんだ・・・・・・初耳。」


「だって、サーニャが狩りをしてくれるもの。」


 そう言えばそうか。

 料理の方はリーフに担当してもらわないとダメだしな。


「試しに撃ってみるわ。」


 荷車から弓を取り出したリーフが、具合を確かめように弦を弾く。

 そのままセットで拾った矢筒から矢を一本番え、後ろに向かって放った。

 矢は通路の奥へ飛んでいき、カツンと壁に当たって地面に落ちた。


「これなら問題無さそうね。」

「結構飛ぶもんだねぇ・・・・・・。」


 今度教えて貰っても良いかもしれない。

 ただ、土から作れないのが面倒だな。


「それじゃあ、やってみるわね。」


 先頭に立ったリーフがインプに向かって弓を構えた。

 引き絞られた弓がギリギリと軋む音を響かせている。

 その音が風切り音に変わり、インプが悲鳴を上げた。


 放たれた矢はインプの小さな羽を二枚とも貫き、縫い止めていた。

 羽ばたけなくなったインプが錐揉みして地面に落下する。

 止めを刺しに行く間も無く、落ちたインプの身体は消失した。


「あ、あれ・・・・・・? 今ので倒せてしまったの?」

「多分、その弓矢が迷宮のものだからだね。」


 攻撃判定部分が接触したことによるダメージボーナスで倒せたようだ。

 インプのHPも低く設定されていた、というのもおそらくあるだろう。


「・・・・・・リーフお姉ちゃん、すごい!」

「そ、そうかしら・・・・・・ありがとう、フィー。」


 ヒノカ達もリーフの意外な特技に舌を巻いている。

 氷矢の魔法の制御が上手いのも納得がいく。

 これなら、今後はリーフの弓も当てに出来そうだ。

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