137話「再びの」
陽が落ち、夜の帳が世界を包む。
宴もたけなわ、テーブルの上には底を晒したグラスが立ち並んでいる。
しかしそれらは給仕たちによってすぐに片され、新しいグラスが配られていく。
俺は会場の喧騒と熱気を避け、二階にある静かなテラスへと踏み出した。
薄く積もっていた雪に真新しい足跡が刻まれる。
滑らないよう慎重に雪を踏みしめながら進み、手摺の隙間から階下を見下ろすと、一階のテラスには俺と同じ様に空気を吸いに出た人が肩を震わせていた。
冬の冷たい空気を胸一杯に吸い込むと、酸欠気味だった脳が冴えてくる。
肌を刺す様な寒さが逆に心地良い。あまり長くは居られないだろうが。
「あ、あの・・・・・・アリスちゃん?」
呼ばれた声の方へ顔を向けると、テラスの入り口にはロールが立っていた。
彼女の口元からは白い吐息が流れ、消えていく。
「あれ・・・・・・どうしたの、ロール?」
「アリスちゃんが外に出るのが見えて、それで・・・・・・。つ、つまらなかった・・・・・・かな?」
「いや、そういう訳じゃないよ。中の空気が籠もってきたから、新鮮な空気が吸いたくなって。」
空に向かって思い切り腕を伸ばすと、窮屈だった身体が若干軽くなる。
「あははっ・・・・・・そうかも。冷たくて気持ちいい。」
隣に並んだロールの頬は紅く上気し、仄かにワインの香りが漂ってくる。
結構飲んでいるようだが、フラフラになっている様子はない。
「・・・・・・もしかして、お酒飲んでる?」
「私だってもうオトナだし、お酒くらい飲めるもん。」
それもそうか・・・・・・そもそもロールの成人祝いだしな。
「あまり飲み過ぎないようにね。」
「アリスちゃんは飲まないの?」
「いや、私は未成年だし・・・・・・。」
「そ、そういえばそっか・・・・・・あはは。」
何となしに雪で彩られた庭園を眺めていると、ロールが肩を寄せてくる。
「あ、あのね・・・・・・その・・・・・・今日は来てくれてありがとう。」
「こちらこそ呼んでくれてありがとう。でも、正直制服で来れば良かったよ・・・・・・。」
「せ、制服でっ!?」
「あれ・・・・・・変かな? 学生だし、それで良いかと思ったんだけど・・・・・・。」
「ぷっ・・・・・・あははっ! それは変だよー!」
元の世界じゃ、学生が冠婚葬祭に出る時は制服だったが、こっちの基準は良く分からんな・・・・・・。
まぁ、こっちじゃ学校自体が珍しいものだし、仕方ないか。
やはりフォーマルな場所はドレスということだろう。
「なら、大人しくロールに借りておけば良かったね。」
「でも・・・・・・そのドレス凄く素敵だよ。初めて見た時、みんな本当のお姫様かと思っちゃったもん。」
「そのお陰で、こっちは大変なんだけどね。」
「ふふっ、そうだね――へくちっ!」
俺が溜め息を吐くと同時に、ロールが可愛らしいくしゃみをした。
「少しの時間だったけど、大分冷えちゃったね。もう戻ろっか。」
「あっ、待ってアリスちゃ――ひゃぶっ!」
俺を小走りで追いかけようとしたロールが、足を滑らせて盛大にすっ転ぶ。
「ちょ、大丈夫!?」
慌てて起き上がらせるが、雪のお陰でドレスはしとどに濡れてしまっている。
「怪我は・・・・・・掌を擦り剥いただけかな。これはすぐに治せるけど、ドレスの方は中まで染みちゃってるね・・・・・・こっちはお姉ちゃんじゃないとダメかな。」
「ご、ごめんね・・・・・・ひっく・・・・・・アリスちゃん・・・・・・。」
「もう、オトナがこれくらいで泣かないの。」
ロールの頭を撫でながら魔法で傷を癒す。
ついでにドレスも綺麗にするが、やはり表面だけでは中から染みだしてきてしまう。
フィーを呼びに行くとしても、この恰好じゃここで待たせる訳にも、人混みの中を連れまわす訳にもいかないか。
「とりあえず、ロールの部屋に行こうか。それからお姉ちゃんを呼んでくるよ。」
「う・・・・・・うん。」
ロールの手を引き、足早に彼女の部屋へと向かう。
侍女たちは給仕で出払っているようで、鍵が掛かったロールの部屋の周りには誰もいなかった。
会場の方では凄いペースで酒が飲まれてたし、仕方がないか。
「えっと、部屋の鍵は持ってる?」
「あぅ・・・・・・ご、ごめん・・・・・・。」
「ん~・・・・・・緊急だし、許してね。」
触手を鍵穴に突っ込み、開錠する。
「ど、どうやって開けたの・・・・・・!?」
「ちょっとした魔法でね。」
部屋に入って明かりを灯す。
少々暗いが作業には問題ないだろう。
ロールを促し、小さな椅子に座らせる。
「擦りむいたところはさっき治療したけど、他に痛いところは無い?」
「うん・・・・・・ありがとう。」
「気にしないで。ドレスの方はお姉ちゃんを呼んで来るから、少し待ってて。」
「ま、待って、アリスちゃん。」
部屋を出ようとしたところを呼び止められ、振り返る。
「どうしたの?」
「その・・・・・・フィーちゃんも忙しそうだったし・・・・・・ア、アリスちゃんにお願いできないかな?」
「それは構わないけど・・・・・・私だとドレス脱がなきゃいけないよ?」
「う、うん・・・・・・大丈夫・・・・・・だから。」
そう言うと、ロールはドレスを留めている結び目をスルスルと解いていく。
「って、ちょっと待って。鍵掛けるから。」
俺は慌てて鍵を内側から掛け直した。
着替え中にいきなり誰かが入って来ても困るからな。
「アリスちゃん・・・・・・背中の方をお願い。」
「うん、分かったよ。」
背中の結び目を一つ一つ解いていくと、ロールの肌が徐々に露わになってくる。
矯正着も外し、濡れてしまっている下着も脱ぐと、ロールは一糸纏わぬ姿となった。
俺は恥ずかしそうに身体を隠して立っているロールを視界に納めないよう視線を逸らしながら声をかける。
「すぐに済ませちゃうから、ベッドで毛布でも被ってて。風邪引いちゃうといけないし。」
「うん・・・・・・。」
ロールは素直に俺の言葉に従い、ベッドに座ってその白い肌を毛布で覆い隠す。
「じゃあ少し待っててね、ササっとやっちゃうから。」
俺はロールの脱いだ服を一枚一枚手に取り、魔法をかけていく。
五分も掛からない作業だったが、その間中ロールは毛布に包まったまま顔を赤らめて俯いていた。
「よし、もう大丈夫だよ。」
ロールの座っているベッドに、綺麗になったドレス一式を並べていく。
「って、ドレスを着せるのはマルジーヌさんじゃないと無理かな・・・・・・。呼んで来るからちょっと待ってて。」
「あっ・・・・・・ま、待って、アリスちゃん!」
「どうしたの? やっぱりどこか痛い?」
「ううん・・・・・・そ、そうじゃなくて・・・・・・あの、アリスちゃん!」
ロールが毛布を押さえていた両手で俺の手をガシリと掴む。
すると、彼女の肌を隠していた毛布がはらりと落ちた。
「は、はい・・・・・・?」
「わ、私と・・・・・・け、結婚、して下さいっ!!」
・・・・・・・・・・・・またかよっ!?
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