134話「王族」

 屋敷の正面に構えられた大きな門は開きっぱなしになっており、そこを馬車が引っ切り無しに出入りしている。

 既に沢山の人が訪れているようで、門前には入り待ちの馬車が列をなしており、俺達の馬車はその最後尾へと付いた。

 列はゆっくりと進み、門から出ていく馬車とすれ違って敷地内へと侵入して行く。


 敷地内には様々な花の咲いた庭園が広がっており、その香りを楽しみながら道を進むと、屋敷の前に外からは見えなかった噴水が見えてくる。

 ちょうどその噴水がロータリーとなっており、ぐるりと半周回って屋敷の正面で客を下ろし、そのまま残りの半周を回って来た道を戻り、門から出ていくようになっているようだ。


 屋敷の前に全員が揃うと、マルジーヌが前に立って口を開いた。


「ローエルミルお嬢様がお会いになりたいと仰られておいでなのですが・・・・・・、先にそちらへ御案内させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「挨拶をしたいと思っていたので、その方が助かります。」


「有難うございます。それではこちらへ・・・・・・外套は入り口の者にお預け下さい。」


 マルジーヌに従い、彼女の後に付いて歩く。

 屋敷内も煌びやかで、なんか壷とか絵画とかが飾られてある。

 多分どれも高いやつだろう、うん。


 マルジーヌが先導する通路にも、他の貴族の客人であろう人らがチラホラと。

 談笑したり、口説いたりと様々だが、一様にチクチクと視線が刺さる。

 特に悪意は感じられないが、「どうしてあんなのが?」という興味の視線にどうにも落ち着かない。

 それに耐えられなかったのか、リーフが耳打ちしてくる。


「ね、ねぇ・・・・・・本当にこのドレスで大丈夫なのかしら?」

「い、一応大丈夫らしいんだけど・・・・・・やっぱ地味なのかな?」


 そう、自分達が着ているドレスが地味なのだ。

 俺から言わせてもらえばこれでも十分派手だと思うのだが、それが霞むほど此処にいる貴族達はド派手なのである。

 特に顕著なのが女性陣。

 フリフリが大量に付いてたり、大きな花が付いていたり、フワフワの羽根で包まれてたり。

 パリコレかここは・・・・・・、アレよりは少しマシかもしれないが。

 まぁ、そんな中で地味過ぎて悪目立ちしてしまっている感じなのである。


「だが、今更言っても仕方あるまい。」

「そ、そうだけれど・・・・・・。」


「フラムは大丈夫?」

「な、何が・・・・・・?」


 他の貴族達の視線など、どこ吹く風で小首を傾げるフラム。

 いつもならこういう視線には人一倍敏感な筈なのだが・・・・・・何だか頼もしい。

 やはり場慣れしているのだろう。


「こちらで御座います。御足労頂きありがとうございました、皆様。」


 着いたのは大人の二倍はある大きな両開きの扉の前。

 この部屋にロールがいるようだ。


 マルジーヌが軽く扉をノックすると少しだけ扉が開き、中の使用人が顔を覗かせる。

 彼女らが二言三言交わすと、ゆっくり扉が開かれた。


 部屋の中も同じく豪華な内装だが、ぬいぐるみなどが置かれ、他の場所よりも可愛らしい。

 多分ここがロールの部屋なのだろう。

 真ん中に置かれたテーブルに待機していたドレスの少女が立ち上がる。


「あ、あの・・・・・・アリス・・・・・・ちゃん?」

「そうだよ。今日は呼んでくれてありがとう、ロール。・・・・・・って、どうしたの?」


 彼女は驚愕の表情で口をパクパクとさせながら、こちらを凝視している。


「ぇ・・・・・・あの、えっと・・・・・・。」


 オロオロとした彼女が視線を向けた先には、同じ様に驚愕の表情を浮かべた恰幅の良い男性。

 ロールと同じ橙色の髪色で身なりも良く、多分あの人がロールの父親だろう。

 視線が合うと慌てて立ち上がり、俺の前に傅いた。

 周りの使用人たちも一斉にそれに倣う。


「こ、これはこれは・・・・・・ようこそおいで下さりました! お迎えに上がれず、申し訳ありませんでした、アリューシャ様。」

「は、はぁ・・・・・・。あの・・・・・・この人は、ロールのお父さんかな?」


「あ・・・・・・う、うん、そうで御座いましゅっ!」

「どうしたの、ロール? さっきから様子が変だけど・・・・・・。」


 そう聞くと、ハッとした様子で慌てて周りの人達と同じ様に傅く。


「も、申し訳ございませんっ・・・・・・! あ、あの・・・・・・こ、これまでの数々の非礼・・・・・・あのっ、わたしっ・・・・・・!」

「い、いや・・・・・・別に何も怒ってないよ?」


(アリス、貴女ロールに何をしたの? 泣いてるじゃない!)

(わ、私に聞かれても分かんないよ!)


 思い当たる節は全くないし、何とか話を聞いてみるしかないだろう。

 ロールに目線を合わせるようにしゃがみ、声をかける。


「と、とりあえず状況が飲み込めてないから教えて欲しいんだけど・・・・・・私、何かしちゃったかな?」

「そ、そんな事っ・・・・・・! 私がアリューシャ様に、沢山非礼をっ・・・・・・。」


「いつもみたいに”アリスちゃん”って呼んで欲しいな。ダメかな、ロール?」

「そんな、失礼な事・・・・・・。」


「私は失礼だなんて思ってないから大丈夫。言葉遣いだって、いつも通りでいいんだよ?」

「アリス・・・・・・ちゃん。」


「そうそう、それじゃあ何時までも膝なんて着いてないで立とうか。ロールだって折角綺麗にしてるんだから。」

「う、うん・・・・・・。」


 ロールの手を取り、立ち上がらせる。


「えっと・・・・・・それから、マルジーヌさん。使用人の方々も仕事の方に戻って頂けるようお願い出来ますか? それと・・・・・・ロールのお父様も。」

「お心遣い感謝致します、アリューシャ様。」


 礼をしてからマルジーヌがスッと立ち上がると、膝をついたままのロールのお父さんに小さく声をかけて立ち上がらせる。

 他の使用人達はそれを確認し、各々の仕事へと戻っていった。


「ロールは少し落ち着こうか。」


 ロールをベッドに腰掛けさせ、その隣に俺も座る。


「それで、ロールはどうして泣いてるのかな? ごめんね、私には心当たりがなくて。」

「あの、私・・・・・・アリスちゃん達が王族だったなんて知らなくて・・・・・・。」


 今度はこちらが口をあんぐりと開ける番だった。


「お、お姉ちゃん・・・・・・私って王族だったの?」

「・・・・・・そんなわけない。」


「ですよねー。」


 まぁ・・・・・・んな訳ないわな。


「多分、何かの間違いじゃないかな?」

「だってそんなドレス、王族の人くらいしか・・・・・・。」


「そうなの、フラム?」

「そ、そんな事は無い・・・・・・けど、ちょっと良いドレス、だから・・・・・・王族の人も、こういうの・・・・・・た、沢山着てるよ。」


「な、なるほど・・・・・・。」


 フラムにとっては”ちょっと良い”程度の認識なのだろうが、ロールくらいの貴族には違うらしい。

 廊下ですれ違った人達からの視線もこのドレスの所為だろう。

 そりゃいきなり王族らしき人が来たらビックリするわな、普通なら。


「えっとね、ロール。これは貰い物だから、私達が王族ってわけじゃないんだよ。」

「も、貰い物!? こんなドレスを・・・・・・貰ったの!?」


「あぁ・・・・・・うん。えーっと、それはね・・・・・・。」


 ロールに、このドレスは迷宮で手に入れた物だと掻い摘んで説明する。

 その間も彼女はしきりに感心していた。


「す、凄いね・・・・・・迷宮の中にそんな場所があるなんて。」

「まぁ、そういう訳だから、私達が特別凄い家柄ってことじゃないんだよ。勘違いさせちゃってごめんね。」


 フラムを除けば、だが。


「ううん、きっとアリスちゃん達がそのドレスに見合うから贈られたんだよ。だから、やっぱりアリスちゃん達は凄いんだよ。」

「そう・・・・・・なのかな? ありがとう、ロール。それじゃあ誤解も解けた事だし、そろそろ私達も会場の方に行かせて貰うよ。ロールの方も色々と準備があるんじゃない?」


「そ、そうだった! マルジーヌ、アリスちゃん達をお願いね!」

「はい、承知致しました。それでは、御案内させて頂きます。」


 俺達はロールと笑顔で別れを交わし、屋敷内にある大きなホールへと案内されたのだった。

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