119話「MTR」

 無事に課外授業が終わり、数日が経ったある日。

 午後の授業開始の鐘が鳴り響き、駄弁っていた魔道具科の生徒達は各々の席に着いた。

 生徒達と言っても、俺とフラム、おまけのサーニャだけであるが。

 俺は先頭の真ん中、フラムがその隣に、サーニャは窓際で一番暖かい所を陣取っている。

 チャイムの余韻が終わると教室の扉が開き、アンナ先生が姿を現した。


「フッフッフ・・・・・・集まっているようだね、諸君。」


 何だか上機嫌な感じだ。

 チラチラと目線をこちらに向け、「聞け」と命令している。


「・・・・・・随分嬉しそうですけど、何かあったんですか?」

「よく聞いてくれたね、アリューシャ君。喜びたまえ、君たちに後輩が出来たぞ!」


「後輩・・・・・・? えっと・・・・・・編入生って事ですか?」

「ああ、そうだとも!」


 随分と珍しい。

 時期もそうだが、わざわざ不人気な魔道具科に来ることもないのに。

 ・・・・・・口に出すと先生に怒られそうだが。


「さぁ、入って来たまえ!」


 アンナ先生が教室の外へ声をかけると、一人の生徒が教室の中へと入って来た。

 その姿を見て俺たちは「あっ」と声を上げる。


「リ、リヴィアーネさん!?」


 そう、編入生とは、つい数日前まで一緒に課外授業を行っていた少女だったのだ。

 彼女はアンナ先生の隣に立つと、スッと礼をする。


「リヴィアーネ・アストリアと申します。以後、お見知りおきを。」

「席は好きな場所を使ってくれて構わないよ、リヴィアーネ君。」


「はい。有難うございます、先生。」


 彼女は俺の隣に腰をおろし、そっと身を寄せてくる。


「あ、あの・・・・・・リヴィアーネさん? どうして魔道具科に・・・・・・?」

「先日助けていただいたお礼を、と思いまして。」


「は、はぁ・・・・・・。」


 それがどうして魔道具科に編入することになるんだ?

 喜ぶのはアンナ先生くらいだと思うが・・・・・・。


「私、アリューシャ様を娶ることに致しましたの。」

「は・・・・・・? いや・・・・・・。は・・・・・・? めと・・・・・・る?」


 しばしの間、思考が停止する。

 娶る・・・・・・つまりお嫁さんにしてくれる、という事・・・・・・らしい?


「えっと・・・・・・リヴィアーネさんって・・・・・・男の子だったの?」

「ち、違いますわよ! 私はれっきとした女性ですわ!」


「あの・・・・・・私は女の子だよ?」

「見れば分かります! 私を馬鹿にしているのですか!?」


「い、いや、そうじゃなくて・・・・・・私達、女の子同士だよ?」

「・・・・・・それが何か問題でも?」


 いやいやいや、ないよ! ・・・・・・・・・・・・うん、無いな。

 ・・・・・・いや、確かに法的には無いけども! あるよ! 色々と!


「ちょ、ちょっと待ってよ! そもそもどうして私を娶るなんて話になるの?」

「優秀な人間の血を取り入れるのは次期当主として・・・・・・いえ、貴族として当然ですわ。それに、由緒あるアストリア家の一員となれるのです。アリューシャ様にとっても悪くない話で御座いましょう?」


 ま、まぁ・・・・・・普通の人にとってはかなり素晴らしい話なんだろう。

 言ってしまえば玉の輿・・・・・・それも、超が付く程の名家にである。


「で、でも血を取り入れるって、私達は女の子同士なんだから子供なんて・・・・・・。」

「ふぅ・・・・・・、そんな事ですの。」


 リヴィアーネはそんな事も分からないのかと、呆れ顔で溜め息を吐いた。


「アリューシャ様は一族の好きな男性を選んで子を生しなさいませ。私も別の男性と子を生し、その子同士で結婚させれば良いのです。」

「な、なるほど・・・・・・。」


 ――って、馬じゃねぇんだから!


「そ、それでアリューシャ様は私の妻となるのですから、その・・・・・・す、少しでも一緒に、い、居られたらと・・・・・・。」

「だから編入して来たんだね・・・・・・。」


 な、中々可愛いところはあるようだ。


「で・・・・・・ですから! わ、私を愛称で呼ぶ事を許可致しますわ!」

「え、えーと・・・・・・?」


「許可致しますわ!」

「リ、リヴィ・・・・・・?」


「・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・。」


「・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・?」


「わ、私には何も仰って下さらないのですか、”アリューシャ”様?」

「あ、じゃ、じゃあ私のこともアリスって――」


「はい、アリス様!」

「う、うん・・・・・・。」


 あれ・・・・・・?

 なんかこのまま結婚する流れ?

 ちょっとヤバくない?

 とりあえず分岐っぽいし、セーブしとくか。

 ・・・・・・どうやってセーブするんだっけ?


「だ、だめぇ・・・・・・っ!」


 フラムのか細い叫びが教室に響いた。


「何がですか、フラム?」

「け、結婚・・・・・・だめっ!」


「これは私とアリス様の話であって、貴女には関係ありませんわ。」

「か、関係なく・・・・・・な、ないもん!」


「では、どう関係があるのですか?」

「す・・・・・・するもん!」


「・・・・・・はい?」

「わ、私が・・・・・・ア、アリスと・・・・・・結婚、するもん!!」


 教室がシンと静まりかえり、サーニャの寝息が響く。

 あ、あいつめ・・・・・・。


「フラム、良くお考えになって。・・・・・・片やアストリア家、片やイストリア家。どちらがアリス様にとって良い選択なのでしょう?」

「ぅ・・・・・・ぁ・・・・・・そ、それ・・・・・・は・・・・・・っ。」


「考えるまでもありませんわよね、フラム?」

「ぅぅ・・・・・・ぐすっ・・・・・・ひっく・・・・・・。」


「凡夫であるならいざ知らず、アリス様のような方を凋落の途にあるイストリア家にお任せする訳には参りません。貴女ならお分かりでしょう?」


 フラムを突き放すように言い放つリヴィ。


「い、いや、その・・・・・・こういう事に家の話は・・・・・・。」

「アリス様、これは貴族同士での話なのです。」


 気丈な瞳に言葉を遮られ、詰まらせてしまう。

 二の句を継げずにいると、フラムに袖を引かれた。


「ほ、ほんとの・・・・・・こと、だから・・・・・・っ。」

「フラムまで、そんな――」


 パン、パンとアンナ先生が手を叩き、注目を集める。


「はい、そこまで! その話は後で魔法勝負でもして決めてくれたまえ。」

「せ、先生! それではあまりにもフラムが――」


 ――酷だ。

 そう抗議したのは他の誰でもない、リヴィだった。


「ふむ、確かに相性的にはフラムベーゼ君が圧倒的に不利だろう。だが、それを覆すほどの力があるのなら・・・・・・イストリア家も安泰だとは思わないかね?」

「それは・・・・・・そうですけれど・・・・・・。」


 フラムの魔法であれば、大抵の水魔法は触れるだけで蒸発する。

 課外授業で見たリヴィの魔法が全力で無かったとしても、それは変わらないだろう。

 まぁ・・・・・・フラムがそんな威力の魔法を使ってしまえば街や学校が大変なことになりそうなんだが。

 水蒸気爆発なんぞ起ころうもんなら近くにいる人間もヤバそうだけど。


「やるかどうかは君達次第だ。二人はどうしたいのかね?」

「や・・・・・・やる!」


「リヴィアーネ君はどうだい?」

「フラムがそう言うのなら・・・・・・承知致しましたわ。」


「・・・・・・さて、話は決まったようだね。それじゃあ早速――」


 アンナ先生がコホンと小さく咳払いした。


「――授業を始めても構わないかな?」

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