106話「腕輪の最期」
夏休みも終了目前。
俺は迷宮から帰ったその翌日に、自警団本部の執務室を訪れていた。
「胸が小さくなる腕輪・・・・・・ですか。」
訝しげな顔の中ボスが、向かいのソファで唸る。
「そ、娼婦たちの仕事に使えないかと思って。」
迷宮の街で手に入れた件の腕輪を手の上で弄び、真ん中のテーブルに置いた。
中ボスの後ろに控えているソフィアも興味深げに覗き込んでくる。
「問題ないとは思いますが・・・・・・。」
「何か気になることでも?」
「いえ、その・・・・・・胸を小さくする、という事に何か意味があるのでしょうか?」
「まぁ・・・・・・そっちの方が良いという人もいるだろうしね。」
隣に座っているミアが、絡めていた俺の腕をギュッと抱き締めるように力を込める。
何事かと視線を向けると、彼女の顔には今にも泣き出しそうな表情が浮かんでいた。
「ど、どうしたの・・・・・・ミア?」
「旦那さまは・・・・・・胸が小さい方が・・・・・・好き、なの?」
「そ、そういう訳じゃないけど・・・・・・いつもと違う感じのミアが見られる機会があるなら嬉しい・・・・・・かな。」
「いつもはダメなの・・・・・・?」
「い、いや、そうじゃなくてね!? た、例えばさ! もうちょっと成長した私が見られるとしたらどうかな!?」
「成長した・・・・・・旦那さま?」
じっとミアが俺の顔を見つめる。
すると徐々に頬が染まり、耳まで真っ赤になってから俺の胸に顔を埋めるように抱きついてきた。
「わ、分かってくれたって事でいいのかな・・・・・・?」
抱きついたままコクコクとミアが首を縦に振る。
どんな想像したんだ一体・・・・・・。
「それで団長。どのように運用なさるおつもりで?」
ミアの事は気にも留めず会話を続ける中ボス。
まぁ、いつもの事だしな・・・・・・。
「まずはお試し期間を設けて銅貨五枚で貸し出し。以降は十枚って感じでどうかな?」
「少々高くはありませんか?」
「需要が分からないしね。でも後から値段を上げるよりかは、下げる方が楽でしょ?」
「・・・・・・確かに。では、そのように手配致します。」
話が終わったと見るや、ミアが俺の胸に埋めていた顔を上げる。
「ねぇ、旦那さま。アタシ腕輪着けてみてもいい?」
「いいよ、試してみなよ。中ボスも効果は確認しておきたいだろうし。」
「お願いします、ミアン嬢。」
「うん! じゃあちょっと借りるね!」
テーブルの上にある腕輪をミアがその手首へ嵌めると、服の上からでも分かっていた胸の膨らみがみるみる小さくなっていく。
「わわっ・・・・・・、ホ、ホントに小さくなっちゃった・・・・・・。」
「こ、これは驚きましたね・・・・・・。」
絡んでいた腕を解き、ミアが少しぶかぶかになった胸元を押さえながら恥ずかしそうに正面に立つ。
「旦那さま・・・・・・ど、どうかな?」
「か、可愛いよ。たまにはこういうのも悪くない・・・・・・かもね。」
「えへへっ! ありがと、旦那さま!」
隣に座り直したミアに再度腕を絡め取られる。
柔らかな膨らみは感じ取れないが、その分――
「いつもより、旦那さまが近い気がする・・・・・・。」
「そう、かも・・・・・・?」
物理的な距離は殆ど変わらないだろう。
だが、クッションが無い分、ミアの鼓動がダイレクトに伝わってくる・・・・・・気がする。
「じゃ、じゃあ今度は腕輪を外してみようか。」
「え・・・・・・もう終わりなの?」
「ちゃんと元に戻る事も確認しておかないとね。」
「お手数をお掛けします、ミアン嬢。」
「分かったよぉ・・・・・・じゃ、外すね?」
ミアが腕輪を外すと、小さくなっていた胸が徐々に膨らんでいく。
いくらもしない内に彼女の胸は元の大きさを取り戻した。
「ひゃっ・・・・・・!」
顔を赤くし、慌てて胸元を隠すミア。
「どうしたの?」
俯いたまま、ミアが唇を俺の耳元に寄せる。
「あの・・・・・・下着が、ズレちゃって・・・・・・。」
そりゃズレるわな。
「分かった。部屋で直しておいで。」
「でも、旦那さまと離れちゃうし・・・・・・。」
「ここで待ってるから、行っておいで。」
「ホントに、待っててくれるの・・・・・・?」
「うん、約束。」
「や、約束だからね、旦那さま! ちゃんと待っててね!」
そう言い残し、ミアはバタバタと部屋を駆け出して行った。
その様子を眺めていた中ボスが、ミアの足音が消えたのを確認し、口を開く。
「ミアン嬢はどうなされたので?」
「服を直すから一旦部屋に戻らせたよ。」
それだけで合点のいった中ボスはそれ以上の追求行わない。
「なるほど・・・・・・使用の際は注意するよう徹底した方が良さそうですね。」
外で使っちゃうと大変そうだしな。
着替えの時に着脱するのが無難だろう。
「あ、あのっ・・・・・・ご主人様!」
今度は中ボスの後ろに控えていたソフィアが声を上げる。
「わ、私も試してみて構わないでしょうか!?」
「あ・・・・・・あぁ、いいよ。はい。」
テーブルに戻されていた腕輪をソフィアに手渡す。
彼女は手に取った腕輪を眺めて一呼吸し、腕輪を嵌めた。
部屋に居る全員の視線が、ソフィアの大きな胸に注がれる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」
「何も・・・・・・起きませんね。」
彼女の胸は大きいままで、何も変化は訪れない。
「あ、あの・・・・・・私が何かいけない事を・・・・・・。」
「いや、そんな事は無いと思うんだけど・・・・・・。」
ピシッ――
何か嫌な音が部屋の中に響く。
――パキンッ。
腕輪が真っ二つに砕け、ソフィアの腕から床へと落ちた。
「「「あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」」」
嘘だろ・・・・・・、まさか割れちまうとは。
曲がりなりにも神様が作ったアイテムだぞ?
多分、大きさが原因なんだろうが・・・・・・。これが神殺しの乳か。
カランカランと床で音を立てる割れた腕輪を見て、ソフィアの表情が真っ青に染まっていく。
「も、申し訳ございません、ご主人様!」
床に額を擦りつけながら謝罪の言葉を述べる。
「い、いや、大丈夫だから・・・・・・ね?」
「ですが・・・・・・ですが、私の、所為で・・・・・・。」
無理矢理顔を上げさせ、抱き締めながら頭を撫でた。
「まぁまぁ、あんなの誰も分からないんだから、仕方ないよ。それより、ソフィアのおでこが擦りむいちゃってるね。」
そのままの状態でソフィアの額に治癒魔法をかけていると、ガチャリ、と部屋の扉が開かれた。
「旦那さ・・・・・・ま・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
扉を開いたままの姿勢で固まるミア。
「それでは団長。私は仕事が残っていますので、これで。ミアン嬢、ソフィア嬢、お先に失礼致します。」
「あ、ちょっ・・・・・・!」
そそくさとミアの脇をすり抜け、退室していく中ボス。
逃げやがった!
「え、えーとね・・・・・・い、色々・・・・・・あってね?」
結局、この日は一日かけて二人の機嫌を取る羽目になったのだった。
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