85話「マッポ」

 春休みも終わりに近づいたある日のこと。

 俺はレンシアの部屋を訪れていた。

 話を聞き終えたレンシアは唸るように声を出す。


『警察組織、か・・・・・・。』

『あぁ、悪くない話だと思うんだが。』


 要訳するとネコミミ自警団を丸ごと雇わないか、という話である。

 担当させる仕事は街中の警邏や取り締まり。言ってしまえば警察の仕事だ。

 自警団と銘打ったので一応真似事のような事はさせているが、いつまでもチンピラ集団にしておく訳にもいかない。

 ただ、そうなるとやはり正式な後ろ楯が必要なのだ。

 それが無ければ、どれだけ街や住民のために活動しても無法者の集団であることには変わりないのだから。

 長い時間をかけて信頼を勝ち取っていけば話は別だろうけど、そんな暇もない。つーかめんどい。


『しかし・・・・・・騎士団もいるしな。』

『でも騎士団は街中のいざこざなんかには腰が重いだろ?仕方ないけどさ。』


 騎士団も街中の見回り等は行うが、基本は街の防衛が仕事なのだ。

 特にこのレンシアの街の外には魔物が多いため、そちらに比重が置かれるのである。

 いくら冒険者たちが魔物を倒しに出ていると言っても、行動は気まぐれだし、彼らの仕事は街を守る事ではない。

 いざ街が危ないとなれば大半が逃げ出すだろう。

 ただ、冒険者の名誉の為に言っておくが、それは適材適所というものである。

 街から逃げる住民たちの避難誘導や護衛も必要だし、そもそも実力は一般的に騎士の方が上なのだ。


『別に給金は食える分だけあればいいよ。それなら騎士一人分で十人は賄えるんじゃないか?』

『まぁ・・・・・・それくらいは雇えるだろうな。』


『足りない分はギルドの仕事をさせればいいしね。今もそうしてるし、彼らのレベルアップにもなる。』

『・・・・・・分かったよ、検討してみる。街の人口も増えてきてるし、騎士団だけじゃ対応も辛いだろうからね。』


『あぁ、宜しく頼むよ。』


*****


 そして二日後。ランチタイムと呼ばれる時間の少し前。

 窓の外を眺めれば本部の前に騎士が十人ほど整列していた。

 独特な輝きを放つ鎧は魔鉱石で拵えられたものだ。

 つまり、彼らは全員が魔法騎士である。

 傍から見ればガサ入れにでも見えそうだ。


「本当に来たのか・・・・・・。フットワーク軽すぎじゃね?」


 レンシアと会話した翌日に『明日騎士団長がそっち行くから』と連絡を受けたのである。

 予算の問題やら何やらで返事は遅くても数ヵ月後くらいだと目算していたのだが、とんだ的外れだ。

 返事はどうあれ、とりあえずは出迎えないとな。


 入り口の前まで急いで向かうと、扉の傍には既に中ボスが待機していた。


「団長、準備の方はよろしいですか?」

「あぁ、昨日の今日でどういうつもりだろうな?」


「私には分かりかねますが・・・・・・何も問題が起きないことを祈るばかりですね。」


 眉間を押さえてやれやれと首を振る中ボス。

 俺もそう願いたい。

 まさか乱闘騒ぎにはならないと思うが。

 ・・・・・・なってもボコボコにされて終わりだろうけど。

 俺は居住いを正し、中ボスが開いた扉から中庭へ一歩踏み出した。


 中庭と近くにある広場からは、いつも聞こえる訓練の喧騒は無く静まりかえっている。

 事前に伝えてはおいたものの、やはり緊張は隠せないようだ。

 中庭で訓練していたヒノカが俺の姿を見つけ、駆け寄ってきた。


「あの人らが・・・・・・昨日言っていた?」

「うん。大丈夫だと思うけど、団員たちが失礼な事をしないように見てて。」


「アリス・・・・・・昨日あれだけ脅したのを忘れたのか?」

「いやまぁ、一応ね?」


 脅したとは人聞きが悪い。

 ヒノカとの会話を短く済ませ、中ボスとヒノカを伴い騎士たちの前に立った。

 さてどうしたものかと考える前に中ボスが一歩前に出る。


「失礼いたします。」


 そう言って騎士たちに向かって頭を下げると、両手両膝を地面につき、俺の前で台になった。


「どうぞ、団長。」


 こいつ・・・・・・この場面でもこれをやるのかよ。

 ある意味度胸のある奴だな。

 まぁ、やってしまった以上引っ込ませるのも面倒だし、乗っかってやるか。

 中ボスの背に足を掛けて上ると、少しだけ目線が高くなる。


 唖然とする騎士たちの中から、微笑を湛えた女騎士が歩み出てきた。

 一歩踏み出すごとにゆるくウェーブの掛かった長い金の髪が揺れ、日の光をキラキラと反射する。

 背は普通の女性よりも若干高めで、引き締まったスレンダーな体型だ。

 女騎士は俺の前に膝をつくと、俺の手を取り、甲に口付けた。

 その所作は自然で優雅で謙った感じも無く、これこそが本物の騎士なのかと俺の胸を打つ。

 顔を上げた女騎士の翠色の瞳が俺の姿を捉えた。


「貴女がこちらの団長様ですね?私(わたくし)はレンシア騎士団長、ウルシュラ・ウルアークと申します。」

「わ、私はネコミミ自警団長のアリューシャと申します。」


 うぅ・・・・・・今更ながらこんな名前にするんじゃなかった。


「それで、ウルシュラ・・・・・・様。本日はどういったご用件でしょうか?」

「私の事はウーラとお呼び下さい、アリューシャ様。あの御方から貴女様のお話を窺い、こうしてこちらに参らせて頂きました。」


「え・・・・・・っと、私の事もアリスとお呼び下さい、ウーラさん。宜しければ、屋敷の方で詳しい話をお聞かせ願えますか?」

「えぇ、お邪魔させて頂きます、アリス様。」


 話が纏まりかけたところでクイクイとヒノカが服の袖を引き、俺に耳打ちしてくる。


「なぁ、アリス。騎士の人らと手合わせを願いたいのだが。」

「ちょ・・・・・・本気で言ってるの?」


「無論だ。」


 その様子を見ていたウーラが首を傾げる。


「どうかなされましたか?」

「い、いや・・・・・・あの~、私達が話をしている間、そちらの騎士様方に稽古を付けて欲しいと・・・・・・。」


「是非、お願いする!」


 ヒノカがキラキラとした瞳でウーラの瞳を真っ直ぐと見つめる。


「ふふっ・・・・・・。えぇ、こちらからもお願いさせて頂きます。」


 ウーラはそう答え、騎士たちの方へと向き直った。


「聞いての通りです、貴方達。騎士として恥じぬよう心掛けて行動なさい。」

「「「「はっ!!ウルシュラ様!!」」」」


 一斉に踵を鳴らしてウーラの言葉に答える騎士たち。

 随分あっさりと引き受けてくれたな。


「・・・・・・よ、良かったね、ヒノカ。」

「あぁ!早速ニーナ達を呼んで来ねばならんな!」


 顔色一つ変えない騎士たちと真っ青な顔の団員達、一人喜ぶヒノカを残してウーラを本部の中へと案内した。


*****


 本部内にある応接室はそこまで広くは無い。

 が、二人で使うには十分な広さだ。

 二人だけで話したい、というウーラの希望で中ボスは下がらせ、応接室には俺と彼女の二人だけ。

 二人きりになった途端、ウーラが急に笑い出した。


「ふふっ・・・・・・ククク・・・・・・あははははっ!」


 腹を抱えて笑う彼女に何事かと声を掛ける。


「あ、あの・・・・・・ウーラさん?」

『いや~ごめんごめん。まさかあのイケメンがいきなり馬になるとは思わなくてさぁ・・・・・・くくく。』


 ウーラの口から発せられた言葉は日本語だった。つまり――


『・・・・・・転生者かよ。』

『見ての通り魔女じゃねーけどな。くくくっ。』


 目の前の彼・・・・・・いや、彼女も魔女になれなかった内の一人か。


『まぁ、そう神妙な顔すんなって。オレは魔女化を断ったクチだからさ。』

『断ったって・・・・・・何でまた?』


『いやだってほら、鎧似合わねーじゃん?』

『・・・・・・それだけの理由で?』


『いやいや、見た目大事だろ。ガキのタッパでこんな鎧着てみろよ、ただの端午の節句じゃねーか。』

『そうだけど・・・・・・別に鎧着なくてもいいだろ。』


『いやいやいや、何言ってんだよ!こんな異世界来たらさ、騎士やりたいでしょ!オトコノコとしてはさ!』

『オンナノコだけどな。』


『カーッ、そうなんだよなーっ!!まぁ、そこは決まり事なんだし?性別固定は百歩・・・・・・いや、千・・・・・・一万歩譲ったとしてもさぁ!キャラクリくらいはさせて欲しかったね!』

『そもそもゲームじゃないんだし、無理だろ。』


『そこはこう・・・・・・神サマとやらの力でさぁ!身長は180センチくらいにして、もっとボンッキュッボンッてな感じでさぁ!』

『確かに身長は170にも届いてないっぽいし、ダイナマイトなボディでも無いな。』


 無駄な肉も付いていない所為か、むしろ華奢な印象の方が強く感じられる。


『そうなんだよー!頼む!神さま!!課金するからキャラクリさせてくれぇ!!』

『異世界(ここ)じゃウェブマネーは取り扱ってないぞ。・・・・・・そんなんで良く騎士団長なんかになれたな。』


『一応言っとくけどコネ入社とかじゃねーからな!?実力だかんな!?まぁ、チート魔力は実力と言っていいのか分からんけど、DTを貫き通した精神力の賜物?的な?いや~、魔鉱石様々っすわ!ジャージより動き易いし!』


 魔法騎士の使う魔鉱石の武具は使用者の魔力を吸収してその能力を変質させる。

 魔力が多いほど強靭に、軽くなっていくのだ。

 魔力の多い転生者が扱うのなら、それだけで魔剣とか呼んでも遜色は無いだろう。


『皆の憧れの鎧をジャージ呼ばわりかよ・・・・・・。てか、そろそろ本題に移ろうぜ。』

『・・・・・・何だっけ?』


『うちの組織のチンピラどもに警察の真似事をさせるかって話だよ。』

『あぁ、そうだった。オレとしてはすぐにでも取り掛かりたい話だから、こうして直接出向いてきたんだ。まぁ、ごちゃごちゃうるせーのもいるけど。』


『それにしたって急な気がするんだが。話を持って行ったの一昨日だぞ?』

『だって正式に決まったとしても、どうせそっからまた時間かかるだろ?なら早い方がいいじゃん。』


『随分乗り気だな。』

『人手が足りてないのは周知の事実ってやつだし、猫の手でも・・・・・・ってね。だから話を持ってきたんだろ、そっちも。』


『そうなんだけどさ。とは言っても、その五月蠅い連中ってのはどうするんだ?』

『大丈夫だよ、今はオレが一番偉いし。』


『腐っても騎士団長だしな・・・・・・。』

『おうよ。これでも騎士団の中じゃ”聖女様”で通ってるしな、逆張りする奴は少ねえのよ。』


 なるほど確かに、大人しくしていれば”聖女様”という表現がしっくりとくる感じだ。


『”聖女様”・・・・・・ね。良かったら”姫騎士様”もやるぞ?』

『これ以上フラグ増やしてオークとかに負けちゃったらどうすんだよ!・・・・・・まぁ、五月蠅い連中も大方は建て前で、本音では人手が増えて欲しいと思ってるのが殆どだろうけどな。』


『そうなのか?』

『そりゃあ、その分の仕事が自分らに回ってくる訳だからな。かと言って、魔法騎士じゃなくても騎士になれる人間は一握りだし。』


『簡単になれりゃ苦労はしないか。』

『まぁ、そういう事。・・・・・・ホラ、こいつが書類だ。』


 軽口を交わしながらウーラが取り出した書類の束をテーブルの上にドサッと載せる。


『・・・・・・・・・・・・多いな。』

『あぁ、重かったぜ。』


『何の書類なんだ?』

『それをこれから確認すんだよ。』


 積み重なった書類を二人で見つめ、しばしの沈黙。


『『はぁ~~~・・・・・・。』』


 結局書類の確認は日の入り前までかかり、その頃には中庭は死屍累々となっていた。


*****


 騎士たちも引き上げてすっかり日は沈み、夕食時。

 支度が整うのを皆がソワソワと待つ中、ヒノカから話しかけられる。


「首尾はどうだったのだ?」

「大きな問題は無さそうかな。後の細かい事は中ボスに丸投げするけど。」


 途中から中ボスにも手伝って貰っていたので大方は把握している筈だ。

 それに、どうせ運営も任せっきりになるだろうし。


「ヒノカの方はどうだったの?」

「フフッ、全く敵わなかったぞ。」


 それにしては随分と嬉しそうだ。

 まぁ、戦術科でもヒノカより強い相手なんて中々居ないのだろう。

 血が滾る、というやつか。

 フィーも普段とは変わらないように見えるが、若干嬉しそうだ。

 ニーナだけはぐったりとした様子だが。


 料理の支度が終わり、リコがスープの注がれた器を手にとてとてと駆け寄ってくる。


「ひめきしさま!おしょくじをおもちしました!」

「ありがとう、リコ。」


 受け取った器からスープを掬い、口へ運ぶ。


「うん、今日のも美味しいね。」


 わぁ、と料理担当の娼婦たちから小さな歓声があがった。

 最初に失敗していた頃と比べると、娼婦たちの料理の腕も随分と上がっており、冒険者組も頑張っているため量も品数も増えている。

 一般的な女性であれば十分に腹は満たされるだろう。あくまで一般的な女性なら。


「あるー、お腹空いたにゃー。」

「え・・・・・・もう食べちゃったの?」


「あれだけじゃ足りないにゃー・・・・・・。」

「もう、仕方ないなぁ・・・・・・。はい、私の分食べていいよ。」


 手に持っていた器をサーニャに差し出す。


「・・・・・・良いにゃ?」

「うん。その代わり、それを食べたら寮に戻るまでは我慢してね?」


「わかったにゃ!」


 携帯食が余ってなかったかとポケットを探っていると、フラムから声が掛かる。


「ぁ、あの・・・・・・アリス。」

「どうしたの?」


「は、半分こ・・・・・・しよ?」

「でも、フラムの分が・・・・・・。」


「わ、私にはちょっと・・・・・・多い、から。」

「そっか、ありがとう。頂くよ。」


「ぅ、うん!」


 フラムはいそいそとスプーンでスープを掬い、差し出してくる。

 まぁ、分かってたけどね。

 隣を見れば同じ様にリーフが自分の分をフィーに食べさせている。

 ヒノカとニーナは二人とも早々に平らげ、物足りなさそう。


 寮に戻ってからも、もう一仕事ありそうだな。

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