81話「”再生”」

 猫耳自警団の本部にある一室の前で足を止めた。

 ソフィアとサラサ、二人の為に用意した部屋だ。

 コンコン、と扉を軽くノックすると、物静かな女性の声が返ってくる。


「・・・・・・はい。」


 声と共に扉が開き、Tシャツ姿のソフィアが現れた。

 胸元に書かれた『ほるすたいん』の文字が歪んでいる。

 かの迷宮の道具屋で購入した物だが、選ばれし者が現れてTシャツも喜んでいる事だろう。

 俺達のパーティには残念ながらコレを着れる人間が居ないからな。

 しかし、このノーブラTシャツは凶器と言わざるを得ない。


「ど、どう言ったご用件でしょうか、ご主人様。」


 ソフィアが床に指と額をつく。


「い、いや様子を見に来ただけなんだけど・・・・・・ソフィアはもう奴隷じゃないんだし、そんな事しなくてもいいよ。」

「ですが・・・・・・このご恩はとても返し切れません。」


「仕事を手伝って貰うんだし、いいよ別に。」


 ソフィアは商家の娘だったため、読み書き計算は習得済みなのである。

 ウチとしては喉から手が出る程欲しい人材だったのだ。

 面倒を見る代わりに、杖姉妹と同様に教師役や商売の経験を生かして中ボスの補佐なんかをやってもらう事にしている。

 そうでなくても元々面倒は見るつもりだったのだが、思わぬ拾い物となった。


 ソフィアを立たせてから彼女の背を押しつつ部屋の中に足を踏み入れる。

 中には土で作った二段ベッドと小さなテーブルに椅子が二つ、それに小さなクローゼット。

 二人部屋とするには少し狭い部屋だが、そこは我慢してもらおう。

 これでも俺が寝泊まりする時に使う部屋より広いのだ。

 まぁ、俺の場合は毎日使う部屋じゃないので別に良いのだが。


「なんだ、アンタか。ふんっ。」


 サラサが上のベッドから顔を覗かせたかと思うと、その一言を吐き捨てさっさとベッドに戻ってしまった。

 一晩しか経っていないというのに随分と復活が早い。

 これなら呪印の事を教えるのはもう少し後でも良かった気がする。

 『ツンデレ』と書かれたTシャツに遜色無いツン振りだが、彼女がデレる日は来るのだろうか。


「お早う、サラサ。よく眠れた?」

「・・・・・・別に。」


 紛いなりにも奴隷だというのにこの態度である。

 変に傅かれるよりはよっぽど良いか。


「ソフィアは・・・・・・あれ、ベッド使ってないの?」


 下の段のベッドは綺麗に整えられており、それは使った後に綺麗に直した、と言うより全く使っていないという雰囲気だった。


「い、いえ・・・・・・その・・・・・・。」

「その女なら床で寝てたわよ。」


 上のベッドから聞こえたサラサの声に首を傾げる。


「床で・・・・・・?どうして?」

「つ、使うようには・・・・・・言われませんでしたので。」


 確かにこの部屋を使うようにとは言ったが、ベッドを使えとは言わなかったな・・・・・・。

 これも一種の職業病というやつか。

 ラムスの元で使われていた時にはベッドで眠る事すら許されていなかったのかも知れない。

 外出用の服はそれなりの物を与えられていたようだったが、それは連れ歩くために着飾らせていたにすぎないのだ。


「あのね、ソフィア。」


 ソフィアの手を包むようにそっと握る。


「あのベッドは二人のために作ったんだし、良かったらソフィアにも使って欲しいな。ダメかな?」

「い、いえ・・・・・・!あ、ありがとう・・・・・・御座います。」


「あぁ、でも敷布団の方が良かったら言ってね。実は私はそっちの方が落ち着くし。」

「ふふ・・・・・・、分かりました。」


「さて・・・・・・ソフィアと少し話があるから、サラサはその間出ててもらって良い?」

「嫌よ。私の部屋なんだし。」


 にべも無い。


「わ、分かったよ・・・・・・。邪魔はしないでね。」

「ふんっ!」


「はぁ・・・・・・。それじゃあソフィア、ちょっと服を脱いでもらえるかな?」

「っ・・・・・・はい、分かりました。」


 ソフィアがその身に纏っていた服をスルスルと脱ぎ始め、肌を晒していく。


「ちょ、ちょっと!!何しようとしてるのよ!!」

「いや、私はただ・・・・・・むぐっ。」


 サラサに答えようとしたところを不意に何かで口を塞がれた。

 眼前にはソフィアの顔。

 じんわりとソフィアの唇の感触と温もりが伝わってくる。

 そして俺が状況を理解するよりも早くソフィアの舌が俺の舌を絡め取っていった。


「んっ・・・・・・ふ・・・・・・ちゅ・・・・・・くちゅ・・・・・・はむ。」


 ソフィアは俺の舌を優しく吸い、食み、愛撫する。

 そして片方の手で自らの秘所を弄り、その指を艶やかに光らせていた。

 ソフィアが俺の唇を解放すると、二人の間に光る糸の橋がかかり、切れる。


「あ、あの準備・・・・・・出来ました。ご主人様のような御方のお相手は初めてなので、至らないところがあれば――」

「ちょ、ちょちょちょちょっと待って!!準備ってなに!?ち、違う!そうじゃないの!」


 慌ててソフィアを引き剥がす。

 こんな所をミアに見られたら怒られる・・・・・・いや、泣かれる。確実に。

 怒られた方が数百倍マシというものだ。

 しかし、この世界の奴隷はこんな奴ばかりなのか?


 サラサは俺達の情事を目の当たりにし、顔を真っ赤にして固まってしまっているが・・・・・・こっちはその内復活するだろう。


「も、申し訳ありません!ご主人様!やはり私に至らないところが・・・・・・。」

「だから違うって!もう・・・・・・落ち着いて、ソフィア。」


 ソフィアの首にそっと腕を回して頭を撫でる。


「ご主人・・・・・・様?」

「此処に居る限り、そんな事しなくていいからね。服を脱いでもらったのは、身体の傷を見るためなんだ。」


 そう、ソフィアの身体中至る所に焼印を乱雑に押された痕があったのだ。

 ラムスに玩具として弄ばれていた証拠である。


 気温が暖かくなってきていたので袖の短い服を着替えとして用意させていたのだが、手首の焼印の他にも袖口からチラチラと火傷のような痕が見えており、それが気になって服を脱がせてみたのだ。

 特に背中辺りは酷く、鞭で打たれた痕なんかも多い。服で隠せるからだろう。


「ご、ごめんなさい・・・・・・!このような醜い肌をご主人様の前に・・・・・・。」

「そんな事言わないで、ソフィア。それに今からその傷を治すんだし、もう気にする必要もないよ。」


「なお・・・・・・す・・・・・・?」

「正直言うと完璧に出来るかは分からないけど・・・・・・任せてみてくれないかな?」


「で、でも・・・・・・そんなのご迷惑では・・・・・・。」

「私が綺麗なソフィアを見てみたいんだよ。・・・・・・あ、今でも綺麗だけどね。」


「・・・・・・はい、全てご主人様にお任せ致します。」

「ありがとう。ベッドに寝転んでくれるかな。少しの間眠っててもらうよ。」


 俺はソフィアに魔法をかけ、深い眠りへと誘った。


*****


「それで、どうすんのよ?」


 いつの間にか復活していたサラサが俺の後ろから覗き込んでいる。


「治癒魔法で治すんだよ。」

「でもそれじゃ傷痕なんて・・・・・・。」


 一般的に使われている”治癒(リカーヴ)”は基本的には自然治癒力を高めるための魔法で、術者の腕にもよるが大きな傷であれば傷痕が残ってしまう。

 それとは違い、傷痕も残さず綺麗に治療できる強力な”再生(リザレア)”という治癒魔法が存在している。

 ”再生(リザレア)”は魔力で外部から治療を行い、損傷部分まで綺麗に再生してくれるのだ。

 流石に手足を生やしたりは無理だが、もぎたてなら余裕でくっつくらしい。


 だが強力である代わりに魔力の消費量も多く、患者と術者の両方を殺す魔法とされている。

 術者は魔力が尽きて死に、患者は治療が施されず死ぬのだ。

 そんな魔法を使うぐらいだから患者は元々死にかけなのだろうけど。


 昔は権力者が何人も術者を用意して使い捨てていた、なんていう文献も見た事がある。

 本当に”昔の”話なのかは知らないが。


 ともあれ、それは普通の人の話。転生者の魔力であれば余裕で使える。

 俺には不本意ながらもその魔法を視る機会があったため再現可能であり、更に言えばラムスで練習済みだ。


「まずは背中からが良いかな。」


 ベッドに寝ているソフィアをうつ伏せに寝かせる。

 背中だけでも十箇所ほどの焼印。

 ピタリ、と真ん中の焼印の端に土で作ったメスを当てた。


「ね、ねぇ・・・・・・まさか・・・・・・。」


 呼吸を一つ置き、一気にメスを引く。

 赤い線が走り、じわじわと血が溢れてくる。


「ちょ、ちょっと!何やってるのよ!」

「気が散るから黙って!」


 同様にメスを動かし、焼印を囲むようにソフィアの肌を切った。

 今度は皮膚の中にメスを滑り込ませ、触手も使って皮膚を剥がしていく。

 そして皮膚を剥がしながら”再生(リザレア)”をかけていくと、みるみる内に新しい肌が出来上がる。

 古い皮膚を剥がし取った後には、綺麗な肌が何事もなかったかのように輝いていた。

 そこに奴隷の証である烙印はもうない。


「嘘・・・・・・でしょ?ホントに綺麗になってる・・・・・・。」

「一応、成功かな。」


 ソフィアの容態を確認してみるが、問題は無さそうだ。

 とはいえ、まだ二十箇所以上残っている。油断は出来ない。


 戦闘とはまた違った緊張感で、既に背中は汗でグッショリと濡れていた。

 相手の命を奪うよりも、ずっと骨が折れる。

 だが、何も出来ずに治療風景を眺めていただけの時よりは何倍もマシだ。


 今でも脳裏に焼き付いている、フィーの治療風景――


 軽く頭を振って雑念を払い、メスを握り直す。

 出来れば今日中に片付けてしまいたいところだな。

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