35.5話「弱肉強食」

 黒い木々が私の横を通り過ぎていく。

 適当な間隔ですれ違いざまに剣を振るい、印を刻む。


「ぁ・・・・・・っと!」


 地面に不意に突き出していた木の根に足を捕られた。

 転ぶのはなんとか避けたが、既に泥だらけの私にはあまり意味がないかもしれない。

 気を取り直して再度大地を蹴る。


 眼は徐々に暗闇に慣れてきているが、速度を上げればまた地面と口づけすることになるだろう。

 速度を抑えながら木々の間を縫って走る。


 アリス達と別れて随分と時間が経ったように感じるが、それを確認する術はない。

 ふと、視界の端に黒い影が動く。

 気の所為かとも思ったが、どうやら違うらしい。


 左右に一つずつの影。そして後ろにも二つ。

 一定の距離を保ち、木の上を私と並走しているようだ。

 私が足を止めると、影達もピタリと止まる。

 動くと影も動き出す。


 付いてくる影は無視して目的地へひた走る。

 影の事は気になるが、助けを呼んで来るのが最優先なのだ。


 その状態でしばらく走ったが、相変わらず複数の影は私を捉えたまま。

 そして先ほどよりも包囲が縮められているようだ。

 木々を伝って移動する影がはっきりと見える。

 もう少しで接敵することになるだろう。


 ぐっと剣を握り直した。


 ―――今だ!


 足に注いでいる魔力を一瞬だけ増やし、脚力を更に強化。

 その力で跳び上がり、姿が確認できる程まで近づいて来ていた銀色の猿のような魔物目がけて剣を突き出す。

 ギィッと一声鳴いたかと思うと大きく跳び退り、剣を避けられた。

 地面へと逃げた魔物へ向かい枝を蹴り、剣を振り下ろす。

 だがその追い打ちもかわされてしまう。

 身体を反転させ、振り下ろした剣を斜め後ろに斬り上げる。

 後ろから迫っていた魔物を狙ったが、それもかわされてしまった。


 ・・・・・・速い。


 魔物は全部で4匹。

 地上に2匹、木の上に2匹が私を取り囲む。

 口角を上げ、こちらを嘲笑うかのようにギィギィと喚いている。


 地上にいる1匹へ向かって大地を蹴った。

 袈裟切りに斬りかかるが、横へ跳んでかわされる。

 だが、それはこちらの狙い通りだ。

 逃げた魔物を追わずに、そのまま真っすぐ走り抜けた。

 目的地の方向だ。

 この魔物達を倒すには時間が掛かると判断し、目的地へ向かう事を優先させたのだ。


 ―――キンッ。


 左右、そして後ろから襲い掛かってくる爪を剣で弾き、かわす。

 目的地へと駆ける私へ、ちょっかいを掛けるように散発的な攻撃を仕掛けてくる。

 その全てを剣で払って凌ぐ。


 こちらから攻撃を仕掛けようとすれば大きく距離を取られ、別の個体が襲い掛かってくるため今は防戦一方だ。

 後ろにいた一体が速度を上げて木の上から私を追い抜いて行く。

 あっという間に小さくなり、そこでくるりとこちらに向き直る。


 正面から攻撃を仕掛けてくる気だろう。鋭い爪がギラリと月の光を映す。

 剣を構え、前方の魔物をキッと睨みつけた。

 頭上から飛び掛かってくる魔物に合わせて刃を走らせる。

 が、その刃は魔物を捉える事無く空を切った。


 ・・・・・・尻尾!?


 飛び出す瞬間に枝に尻尾を巻きつけ、その勢いでぐるりと一回転したのだ。

 そして空振りした態勢のところへ左右と後ろの3体が襲い掛かってくる。

 無理矢理身体を捻り、剣を振るう。

 3体はひょいと跳んで間合いから逃れた。

 そこへ頭上の1体が今度こそ襲い掛かってくる。


「くっ・・・・・・ぁっ!」


 攻撃を受けた私は地面を数度転がり、立ち上がる。

 咄嗟に反対方向へと跳ぶことが出来たので深い傷は負っていない。

 裂かれた制服に血が滲む。

 じくじくと痛みは感じるが、これくらいなら平気だ。


 魔物達は追撃しようとはせず、遠巻きにこちらを取り囲んでいる。

 身体に付いた泥はそのままに駆け出した。


 先程までとは打って変わって何もしてこない。

 相変わらず付いて来てはいるが。

 不審に思いながらも足は前へと進める。

 あと少しで辿り着けるはずだ。


*****


 身体が・・・・・・重い。

 ここにきて疲れがでてしまったのだろうか。

 息があがり、汗が頬を伝う。

 それでもその身体を引き摺るようにして進む。


「あ・・・・・・れ?・・・・・・ぅぐっ!!」


 足がもつれて頭から地面に激突する。

 身体を起こそうとするが力が入らない。

 なんとか上体だけを起こし、這うように近くの木に寄りかかる。

 木にしがみついて立とうとするが、やはり立てない。


「ど・・・・・・して?」


 声も上手く出す事が出来なくなっている。

 ガサガサと周りの木の枝が音を立てて揺れた。

 目を向けると魔物達がスルスルと木を降りて来ている。

 魔物達はゆっくりとこちらへ近づき、私を見下ろすように取り囲んだ。

 傍らにある剣の柄を掴むが、力が入らず持ち上げることも出来そうにない。


 一匹の魔物に髪を掴まれて身体を持ち上げられた。


「ぁう・・・・・・っ!」


 かろうじて握っていた剣の柄を、その重さで手から取りこぼしてしまう。

 カランと音を立てて剣が地面に転がる。

 私を持ち上げている手とは逆の手で破れている制服の袖を摘まみ、ゆっくりと裂かれ、傷が晒された。

 爪で傷口を執拗に抉られる。


「くっ・・・・・・ぁぁ!」


 傷が広げられ流れ出た血が腕を伝い、ポタリ、ポタリと地面に滴り吸い込まれていく。

 別の一匹が腕に流れる血をザラリと舐め上げた。


「ひっ・・・・・・!」


 視線がぶつかり、ニタリと嗤う。

 わたしを・・・・・・たべるつもりなんだ。

 心臓の鼓動が大きく響き、呼吸が荒くなる。


「ぃ・・・・・・ゃ・・・・・・。」


 力の入らない腕をなんとか動かし、腰に差した小さなナイフを抜き、髪を掴んでいる手に突き刺した。

 魔物は悲鳴を上げて手を離す。

 そのまま私の身体は地面へと落下し、顔を打ち付けた。


「・・・・・・ぁぐっ!」


 深く刺さらなかったため、隣にナイフも落下してくる。

 すでに這うこともままならない程身体が動かない。

 背中を踏みつけられ足の爪が制服を穴をあけ、皮膚に食い込む。

 制服と一緒に背中が裂かれていき、激痛と血の生温かい感触が広がっていく。


「ぁっ・・・・・・くっ!!」


 血で濡れてボロボロになった制服を剥ぎ取られ、背中に流れる血を啜られる。

 堪能し終えた魔物は傷の付いていない方の腕を掴み上げ、大きく口を開いた。


「ぇ・・・・・・ぁ・・・・・・ゃ、やめっ!!~~~~~~~~~っっ!!!!」


 鋭い牙が二の腕へと食い込み、ぶちぶちと音を立てて肉を引き千切られていく。

 ボタボタと血が流れ落ち、地面を濡らす。

 悲鳴を上げる事も、のたうち回る事も出来ずに痙攣している私の足を他の個体が掴んで引っ張る。


「~~~が・・・・・・っ・・・・・・はっ!・・・・・・ゃ、ゃだっ!~~~っ!!!!!」


 牙が侵入し、脹脛の肉を削り取られていく。

 激痛と共にぶちりぶちりと千切られていく感触が身体を巡る。

 また別の個体が空いている足を掴み上げた。


「ゃ・・・・・・~~~~~~~っっ!!!!!!」


 地面に出来た血溜りが更に大きくなる。

 魔物達は弄ぶように腕を、脚を少しずつ貪り喰っていく。

 残っていた最後の一匹が一声鳴くと三匹がピタリと止まり、私を地面へと下ろす。


 ベチャリと血溜りに頬が浸された。

 私を蹴って仰向けにすると馬乗りになってくる。

 鳩尾辺りにトンと爪の先端を乗せて私の顔を覗き込み、歪んだ嗤いを見せる。

 グッと力が込められるとツプリと爪の先端が沈み、血が滲み出てきた。

 じんわりと溜まった血は溢れてツーと流れ落ち、地へと還っていく。


 ・・・・・・わたし、しんじゃうんだ。


 このまま腹を裂かれ、喰われてしまうのだ。

 脳裏にはお父さんの事、お母さんの事、妹の事、親友の事、学院で出来た仲間達の事、次々と浮かんでは消えていく。

 だが身体を動かして抵抗する事も、助けを呼ぶ声すらも出す事が出来ない。


 あの子なら・・・・・・私の妹なら、こんな状況でも覆してしまうのだろうか。

 助けを呼んで来る事は出来なかったが、アリスなら何とかしてくれる筈だ。

 溢れた涙が血溜りに混じる。


 ・・・・・・ごめんね。


 頬を撫でた風は冷たかった。

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