第28話 宝物

 旅館に着くと、女将さんが丁寧に挨拶をしてくれた。

 僕は目深にかぶっていた帽子を脱ぎ、フミは案内されたカウンターで宿台帳に名前を記入している。

 フミの字で丁寧に書かれた二人の名前を覗き見ると、くすぐったくて嬉しくなる。苗字が一緒だったらなんていう勝手な妄想は、さすがに控えるようにした。

 案内された部屋は、和室。和を重視しているつくりはとても落ち着きがあって、日本人で良かったーなんて畳みの匂いをくんくんしていたら犬みたいって笑われた。フミが飼ってくれるなら犬にでもなろうじゃないか。

 くだらない思考を隅に置き、部屋の中を見てみる。

 部屋は二つで、奥の方が寝室のようだ。更にその奥には二脚の椅子とテーブルが置かれていて、窓から入る温かな光を受けている。

 いい雰囲気だ。風呂上りにあの椅子に二人で座り、ビールを飲んでいる姿を想像して楽しみになる。

 そして、更なる楽しみが僕には待ち受けているのだ。

 部屋には、小さいけれど専用の露天風呂がついている。

 何がいいって、これがいい。

 僕がこの旅館を選んだ理由のパーセンテージの多くは、部屋風呂がある、これが占めている。

 部屋風呂なら、気兼ねなくフミと一緒に温泉三昧できる。二人で部屋風呂に浸かる姿を大いに妄想すれば、膨らみすぎてパンクしそうでさり気なく部屋風呂から視線をそらした。

 食事の時間などを告げて仲居さんが出て行ったあと、僕は早速“い草”の香り漂う畳みの上にゴロリと寝転がった。

 嬉しさのあまり、あー。とも、うー。ともつかない雄叫びを上げながら、その上でバタバタと手足を暴れさせてみたりする。子供みたいな僕の行動を見て、フミはクスクスと声を上げながら、寝転がる僕のそばに腰を下ろした。

 フミに出会う前なら、そんな風にそばにやってきた女の子を放っておくわけもなく、ガバッと襲い掛かるところだろうけど、今日の僕は慎重だった。

 フミは、その辺の女とは違う。僕にとっての大切な宝物だから大事にしたい。

 取扱説明書があるなら、隅々までじっくり読み込んで、フミを傷つけないよう丁寧に扱いたいくらいだ。

 寝転がった態勢のまま、僕は腕を枕にして頭を少し持ち上げた。

「早速出かける?」

 座るフミの顔を見上げて提案すると、笑顔でこくりと頷いた。

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