陰雷館に集う人々
緑色に染まった森を、ワゴン車が走っていく。少し早く生まれた蝉の鳴き声が、静かな森に響く。
間もなくして、ワゴン車は昭和臭い石橋を渡る。その先には、昭和で時代が停まったような田舎町の景色が広がっていた。
この場所は、東京の片田舎にある小さな村。その村にある古民家を活用した旅館である、陰雷館へ向かい、刑事達を乗せたワゴン車は向かっている。
ワゴン車が坂を上った先にある旅館の駐車場に停まる。それから自動車を降りた合田達は、旅館の出入り口である引き戸を引き、中に入る。
合田が受付の方へ視線を移すと、そこにはガリガリに痩せた外見にジーパンを穿いた男が、見覚えのある仲居に聞いていた。
「
「いいえ。そのような人は来ていません」
中居がハッキリと答えると、男はがっかりしたような表情を見せて、合田達の前から姿を消す。
その後で合田は、見覚えのある仲居の服装を着た女に声を掛ける。
「伊藤久美さん? 七年前コンビニ店の店長だった」
自身の名前を呼ばれ、伊藤久美はにこやかに微笑んだ。
「はい。三年前この旅館を買い取るチャンスが来てから店長を辞めました。小さな旅館で仲居さんとして生活することが夢でした」
七年前の殺人事件の関係者が経営する宿に招待されたという事実に、合田達は驚きを隠せない。それから合田は、伊藤に尋ねる。
「晩餐会に招待されたのだが、依頼人には会ったのか?」
「晩餐会を開催したいと予約してきた、朝日奈恵子さんとは会っていません。予約は手紙とメールでしたから。これで予約された八人が揃いました」
「朝日奈恵子? 先程痩せた男が所在を聞いていた女と同じ名前だな」
合田の隣で斎藤が呟くと、合田は伊藤の耳元で尋ねる。
「ところで、その痩せた男の名前は?」
「
伊藤は頭を下げ、一歩を踏み出す。
「それでは、皆様。ご案内します」
旅館の受付を抜けると、廊下が左右に分かれていた。床には赤色の絨毯が敷かれ、回廊のようになっている廊下を包み込んでいる。
合田が歩きながら、右側を見る。その視線の先には、四方をガラスで覆われた日本庭園がある。
左側に視線を戻すと、天然パーマでふわふわとしたボリュームのある髪を生やした男がノックしている様子が見えた。黒いスーツ姿のその男の右手首には、黄金色の腕時計が嵌められている。
「先生。早く原稿書いてください」
女性が振り向きそうなイケメンな容姿の男がそう言うと、和服を着た太い眉毛の年配の男が出てきた。
「今書いているよ。それと止めてくれ。せっかくの晩餐会だろう。こんな所で小説なんて書かされたら、晩餐会に来た意味がなくなる」
「それは現実逃避がしたかったから参加したという解釈でいいですか」
「悪いかよ」
「分かりました。追加で短編小説も書いてもらいます」
「分かったからこれ以上仕事を増やさないでくれ」
和服の男は、勢いよくドアを閉める。閉まっていくドアを見つめていたイケメンは、舌打ちしてから、呟く。
「文句ばかり言いやがって」
それから男は、和服の男の右隣りの部屋へと戻る。
「あの二人の名前は?」
合田からの問いを聞き、伊藤が頷く。
「和服を着ている男のお客様は、小説家の
伊藤は宿泊客の紹介を終わらせた後も、廊下を進み、内装の説明を行う。
「受付から見て、右側の廊下を進めば、個室が四部屋。その反対側にも、同じく個室が四部屋準備しています。そして、この廊下を抜けた先に、食堂と浴室がございます」
一通り説明が終わり、合田は右手を挙げた。
「ところで晩餐会に招待されたのは、八人だったよな? 俺と高崎と斎藤。小野と国枝と北村。これで六人だが、残りの二人は誰だ?」
「主催者の朝日奈様。もう一人のお客様は……」
「あれ?」
伊藤久美の言葉を遮り、最後に一人が合田達の前に姿を見せる。首を傾げながら刑事達に近づく、その男は小澤実だった。
「小澤実。お前も正体されていたのか?」
「そうですよ。お金に困っているから、こんな旅館で美味しい食事がタダで食べられることに感謝しています。刑事さん達との再会にも驚いているけど、
「三沢マコ?」
合田が首を傾げると、小澤は自信満々に答える。
「三沢マコ。今ネットで人気急上昇中のアイドルですよ」
その場にいた人々は、全員目を点にする。それから小澤は伊藤に尋ねた。
「伊藤さん。まだ朝日奈さんは来ていないんですか?」
「まだ来られていません」
「そうですか。来られたら教えてくださいよ。お礼が言いたいのでね」
そうして小澤実は、合田達の前から去っていく。それから合田達は、伊藤から鍵を渡され、それぞれの個室へ荷物を降ろした。
合田が宿泊する二号室は、畳六畳ほどしかない。その空間に木製の机が白い壁に沿って置いてあり、その上には赤色と黒色のボールペンとメモに使う白い紙が数枚。机の隣にはテレビ台があって、その上にテレビが設置されている。
填め殺しの窓の部屋の中で、合田警部は携帯電話を開く。電波は届かないであろうと合田は思った。だが、その予想を裏切り、電波は通じているようだった。
『晩餐会の主催者は、アサヒナケイコ。調査を頼む』
携帯電話で、このような文字を打った合田は、葛城のメールアドレスにそれを送信した
七人の客が陰雷館に集まった頃、同じ旅館の個室の中で、一つの影がノートパソコンを操作していた。
その黒い影は白い歯を見せ、エンターキーを押す。影が捜査するノートパソコンの画面には赤色のデジタル時計が表示されている。それから間もなくして、一分間のカウントダウンが始まった。
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