荒野空虚

 学園の地下にあるいわば保健室。医務治療室の札がかかっているその部屋から、時蒼燕ときそうえんは出て行こうとしていた。神様討伐の先行隊出発の日だ。

「ミーリ殿、では行く。こんなときに申し訳ない」

あおくんが気にすることないよ。それより気を付けてね。今回の相手は強そうだ」

「わかっているつもりだが。確かに、気合を入れなければな」

「蒼燕様、そろそろ出発ですよ」

 迎えに来たパートナーの巌流がんりゅうに呼ばれて、蒼燕は行った。

 残ったミーリは扉が閉まるのを見届けると、床で寝かせている生徒達の上をまたぎながら奥のカーテンを目指し、おもむろに開けた。そこで寝息を立てている荒野空虚あらやうつろの側に腰かけて、一息つく。

 今部屋は彼女と同じ状態の生徒達で満員状態だ。この部屋を管理している先生も追い出してしまっていて、ロンゴミアントとレーギャルンは、その先生について行って薬の調合やら何やらをさせられている。

 何度も往復して全員を運んできたミーリは、一人疲れ果てていた。

――私はおまえが好きなんだ!

 催淫のせいで混乱してしまったから言ったのか、それとも本音が出てしまったのか。

 おそらく前者だろうとは思うのだが、気になる。まぁおそらく本人は覚えていないというオチだろうが、やはりそれでも気になった。

 同時、もし覚えていたらどうしようという気にもなる。そのとき発生するだろう最悪の空気というのを、吸いたくはなかった。

「ん……んぅ……」

 空虚が目を覚ます。天井の一点をしばらく凝視した彼女だったが、やがて右左を見て現状を確認し、足元の方に座っている人が誰なのかを確認した。

「ミー、リ……」

「お、ウッチー。オッハー」

「……! ミーリ?!」

 ずっと眠っていたとは思えない反射速度で跳ね起きて、シーツの端をつまみ上げる。咄嗟には状況判断ができず、ものすごい慌てていた。

「おまえっ、何故ここに?! 何故、私はこんなところで寝て――てんは、天はどうした! 私のパートナーを知らないか?! いや、そもそも何故私は――!」

「落ち着いて、ウッチー。深呼吸、深呼吸。冷静にぃ……」

 両肩に手を置かれて、そのままその重さに任せるように肩から力を抜く。言う通りに深呼吸を繰り返して冷静さを取り戻すと、少しずつ自ら状況を整理して、理解し始めた。

「はい、わかるぅ? ここはどこ? なんでここで寝てるの? 今自分がどういう状況? 君は誰ぇ?」

「わ、私は荒野空虚だ。混乱しててもそれはわかっている。だが、そうか……おまえが私を助けてくれたんだな。おまえが助けたんだ、天も無事だろう。感謝する」

「向こうで寝てるよ。いつかおごってね、ウッチー」

 空虚は笑みで返したが、次第に暗くなった。依頼で失敗したという事実を飲み込んで、どんな気持ちでいるのかすぐにわかった。

「失敗くらい誰にだってあるよ」

「……な、なんだ? その私が落ち込んだ風な言い方は。ショックでなかったわけだはないが、私は大丈夫だ。ホラ、私は武術の家の生まれだから、表情を悟らせないよう――」

「できてないよ、ウッチー。全然、ここ最近全然できてないよ」

 空虚は少し泣きそうで、堪えているような顔になった。だがそれでも笑って、凛とした態度を見せようとする。

「何を言う、ミーリ。私は――」

「だから、できてなかったって。最初の頃と比べたら、全然」

 最初の頃――つまりはお互い入学したばかりで、無論まだ七騎しちきにもなっていない頃のこと。

 対神学園は一年生で神霊武装ティア・フォリマをパートナーにするのを禁止していて、まだ二人にはパートナーさえいなかった。

 そんな二人の初めての会話というのは、実際最悪のものだった。

「話を聞いているのか! ミーリ・ウートガルド!」

「ほえ、何?」

 教室に響く空虚の声。それに応えていないのが、怒られているミーリ本人であった。空虚はそのときクラスの委員で、滅多に授業に参加しないミーリが許せなくて叱りつけていた。

「だから、もっと真面目に授業に出ろ! おまえはここに、何をしに来ているのだ!」

「神様退治」

「のまえにまずは勉強だろう?! 学ばなくては何もできない! それが今の私達ではないのか!」

 べつにうざったいと思っていたわけではないし、うるさいと思ったことも一度もない。そのときのミーリが受けた印象は、ただ真面目な人だな、くらいのものであった。

 対して空虚が受けた印象は、なんて不真面目な男なんだというものだった。何故こんな奴がこの学園に入学できたのだと、怒り心頭していた。だが入学の理由は、すぐさま明らかになった。

 ミーリは天才だったのだ。

 勉強はそこそこだったが、術技となるとその能力は群を抜いていた。武器はすべて使いこなし、体術でも誰にも負けることはない。それどころか誰も一撃すら与えられない。そんなミーリは人柄もあって、クラスで人気者になっていた。

 対して空虚は違った。

 勉強はできたが、術技となるとミーリの陰にその存在は隠れてしまった。しかも性格の真面目さが不幸して、クラスからも嫌われるようになってしまった。

 彼女は当時、いつも言われていた。

――ミーリの奴に勝てないくせに

 だが空虚はへこたれることはなかった。泣くことなどまずなかった。

 術技の授業に彼が出れば必ず対戦を申し込み、一撃を当てるまで引き下がらなかった。まぁ結局当てられたことはなく、いつもチャイムが対戦を止めていたのだが。

 とにかく空虚はミーリに対抗意識を燃やしていた。だらしのないミーリをいつも注意して、授業に出るよう促し続けた。気付けばクラスの恒例となっていて、注意してればまたやってるよと笑われたりもした。

「何故だ……奴は何故、あんなに不真面目で強い……これでは、これでは……!」

 荒野の家系は武術の家系。常に武道の心を忘れず。礼儀正しく潔く。心身共に清らかに。そして何より何事にも、真面目で強く挑むのが、相手に対する礼儀であった。

 何事にも強い自分で挑む。だから弱い自分を見せず、強い自分を保ち続ける。それが空虚がマイナスの面を見せない理由であった。

 なのにミーリはできるクセしてすぐに面倒だと弱音を吐き、やりたがらない。常に不真面目、だらしがない。

 なのに、奴は強い。

 それが納得できなかった。真面目にやっている自分をあざ笑うかのように、ミーリはずっと強い。半年後にはもう、異例の七騎入りが噂されていた。

 才能には勝てない、そう言われている気がしてならなかった。

 だがそんなことはないと、空虚は震え立った。

 弱い自分は見せない。決して見せない。常に強い自分でいろ。自信を持った姿でいろ。それが家の教え。努力は必ず実を結ぶ。父母みんながそう言った。だから大丈夫だ、きっと勝てる。

 だがそんな決意を再度した矢先だった。事件が起きたのは。

「離せ……このっ!」

 当時の七騎だった六年生の男が、空虚に喧嘩を売ってきた。

 理由は空虚が遊ぼうと誘われたのに、それを断ったから。だが実際は空虚を嫌うクラスの一部が結託して、七騎に空虚を痛めつけるよう金でお願いしてたからだった。

 髪の毛を引っ張り上げられ、持ち上がった空虚に膝蹴りを喰らわす。空虚の体は軽く跳び、校舎に激突して倒れこんだ。わずかな吐血をする空虚を、再び男は持ち上げる。

「おぉおぉ、強がってんなよ。実力は天地の差だってわかってんだろ?」

 殴られ、蹴られ、飛ばされて、全身腫れあがるほど痛めつけられる。だが空虚は涙一つ流さず、絶えず男を睨みつけていた。その目が、男は気に入らなかった。

「なんだ、その目は!」

 殴り飛ばされ、また吐血する。男は空虚の背中を踏みつけて、その上に馬乗りになった。

「謝れ! てめぇ、調子に乗ってすみませんでした、だ。さぁ!」

「……貴様のような、不真面目、な奴が……七騎だと? ……失望した」

「てめぇぇっ!!」

 泣くことは許さなかった。屈することは許さなかった。弱い自分は許されなかった。強い自分が許した。屈しないことを。恐れないことを。涙しないことを。

 だが何故こんなにも弱い? あいつといいこいつといい、何故不真面目な奴ばかりが……

 血が滴る。赤い血が地面にしみる。

 だがそれは空虚の口から出たものではなくて、男の手から出ているものだった。男の手が、紫の槍によって貫かれていた。

 男が絶叫し、空虚から離れる。そして紫の槍を投げ捨てて、それが投げられただろう屋上を見上げた。

 そこにいて、今そこから飛び降りた影を、空虚は見開いた目で見た。

「何だてめぇはぁっ!!」

「対神学園・ラグナロク一年、ミーリ・ウートガルド」

「ウートガルド……」

 颯爽と現れた青髪の青年に、男は背負っていた剣を向ける。ミーリはそれに対してただ手を伸ばし、独りでに飛んできた槍を掴み取った。周囲の空気を掻き回し、そして構える。

「やるよ、ロン」

『えぇ、ミーリ』

「おまえ、それ、神霊武装か……? 一体何故――」

 答えるヒマなどなく、ミーリは疾走した。男の剣を弾きながら突進し、後退させていく。

 学園最強の七騎の一角が、防戦一方で反撃もさせてもらえない。槍の一撃一撃を躱さなければ、確実に命を貫かれる。そんな危機感を全身で感じて、前に出ることができなかった。

 だが前に出ようが出まいが、結果が訪れるのが早いか遅いか程度の違いしかなかった。

 大きく踏み込んで薙ぎ払われた槍が男の懐に入り、体を持ち上げ吹き飛ばした。校舎に減り込む形で衝突し、壁に埋まる。そのザマを見上げたミーリは息を漏らして、槍を二度ばかり回してみせた。

「お疲れぇ」

『えぇ』

 槍から人へと変わって、うんと背筋を伸ばす。初めて間近で見る神霊武装に、空虚は言葉を無くして見入っていた。

「あぁごめぇん、忘れてたぁ。大丈夫?」

 自分に手が伸ばされる。訊きたいことはたくさんあったが、まずは一番言い出しにくい一言を、その手を借りて言わなければならなかった。

「す、すまない……助かった」

「うん、ところでさぁ……えっと、誰だっけ?」

「は?」

「ってか名前なんだっけ。忘れちゃった」

 今礼を言ったばかりだが、思い切りその眠気に満ちた顔をぶん殴ってしまいたかった。というかもし万全の状態であれば、殴りにかかっていた。

「同じクラスだろう?! 何度も顔を合わせたし、対戦もした!」

「あぁそうだったね、ごめぇん」

「やはりおまえは不真面目な奴だな……所詮弱い私のことなど、記憶に留める必要もないと、そう言いたいのだろう!? 何故おまえのような奴が強いんだ! 何故おまえのような奴が!」

「いや、それは知らないよ。大体さぁ、君、自己紹介した?」

「何を言って! 入学式のあった日にしただろう、クラスのみんな順番に!」

「えぇぇ……あれで名前覚えろってのが無理。覚えてほしいなら、ちゃんと俺のとこ来て、ちゃんと名前言ってよ。でないと俺、人の名前とか全部覚えらんない」

「なっ……!」

 思えば一度も、ミーリはここまで人の名前を呼んだことがなかった。

 結局全員平等に下に見ているのかと思ったこともあったが、実際彼の言う通りなら、それはただ名前がわからなかったからに過ぎない。何故なら誰も初日の自己紹介以来、自分の名前を言わなかったからだ。

「で、名前は?」

「……空虚だ。荒野空虚」

「じゃあウッチーだね。よろしく、ウッチー」

 それからというもの、二人の仲は変わった――というより、ミーリの空虚に対する態度が変わった。

 授業に出ると毎回ノートを見せてもらおうと隣に座り、術技でも相手を惜しまなかった。食堂でも空虚を見つけると、すぐさま一緒の席に座った。

 その頃のロンゴミアントといえばミーリのことを好きとは言っていたが、常にミーリといるわけではなく、授業に出る必要がないため自由に学園をブラブラしていた。

 というよりそもそも疑問なのは――

「何故一年のおまえが神霊武装を召喚することを許されている。学園の規則では禁止されているはずだが?」

「えぇっとねぇ……忘れたぁ」

「おい」

 後で知ったことだが、ミーリは当時七騎入りを決定するための試験が予定されていた。

 当時の七騎の一人と戦い、その成績で決定するというものだったのだが。対等な戦いをするために、特例として神霊武装をいち早く召喚する権利を得ていたのだった。

 だが七騎の一人が謎の襲撃に遭ったとかで、試験は中止。それがミーリの仕業とわかり、事情も理解されて七騎入りするのは、またずっと後の話である。

「そういえばさぁ。俺、明後日討伐依頼に行くんだ」

 一年生の神様討伐依頼も無論、普通は校則違反である。

「例外だらけだな、おまえは」

「でさぁウッチー。一緒に来てくれない?」

「なっ?!」

 思わずテーブルを叩いて立ち上がる。周囲の目を感じてすぐさま座り、その顔は動じてはないように装っていたが、耳が真っ赤になっていた。

「……どういうことだ。おまえの実力なら、力不足ということもないだろう」

「だって寂しいんだもん。ウッチー強いしさ。いいじゃん、来てよ」

「だがな――」

「お願い」

 結局粘り強く頼まれて、空虚は渋々承諾した。

 依頼の内容は無論小さなもので、森に住みついてしまった悪魔を退治してほしいというものだった。

 ミーリはロンゴミアントを連れて。空虚は数本の矢を背負い、弓を持って森に入った。

 普通の武器でも神や悪魔を倒せなくはないが、殺傷できる力は弱い。だが空虚は的確に悪魔達の急所を射抜き、ことごとく一撃で消し去っていた。

 ミーリも死後流血ロンギヌスの槍を持って、貫き穿うがつ。

 結果悪魔の全滅に、一時間とかからずに終わった。

「これで最後かな」

「あぁ、多分な」

「じゃあ帰ろうか、ウッ――」

 とっさにミーリが跳び、空虚を押し倒す。その瞬間に空虚は木の上から何かが伸びるのを、そしてそれがミーリの脇腹を抉ったのを見た。

 そのまま木陰の中へと転がって追撃は逃れたが、ミーリが背にした木にはべったりと赤黒い血がこびりついた。

「ミーリ、おまえ……」

「ハハッ、ドジったわぁ」

 違う、今のは明らかに私のミスだ。倒しきったと思って警戒を解いてしまった、私の……

 誰のミスで怪我をしたのかは明らかだったのに、ミーリはまったく責めようとしなかった。あえて責めないのか、それともそんな余裕すらないのか。もし後者だったら――

 初めて見るミーリの傷口に、不安が頭をよぎる。

 空虚の顔が初めて涙を見せようとしたその瞬間、ミーリは気付いたのかそれとも天然か、空虚の頭を撫で始めた。

「大丈夫だよ、ウッチー。絶対一緒に帰れるからさ」

 空虚の目から、涙が引いた。代わりに顔が真っ赤に火照り、言葉が消える。

 そのまま木を背にして背後の見えない敵を探しながらロンゴミアントと相談するミーリの姿に、しばらく見惚れてしまった時間まで発生した。

 思えばそれが、荒野空虚初めての恋心であった。

「いた。よしウッチー、場所教えるから、弓矢で射抜いちゃってくれる? ……ウッチー?」

「あ、あぁ。任せておけ」

 木の陰から構え、霊力の漏れとミーリの指示で敵を見つける。そして弦を強く弾くと、放たれた弓矢がミーリを傷付けた悪魔の体に刺さり木から落とした。

 そして消えかけの悪魔にミーリが走り、とどめに貫く。

 悪魔は悲鳴を上げる間もなく、溶けるように消えていった。

「お疲れぇ」

「あ、あぁ……ミーリ、ありがとうな」

「うん? うん、まぁ。でもよく落ち着いて撃てるね。俺だったら無理だよ」

「そ、そりゃあそうだ。常に冷静、平常心。強い自分でいることが我が家の流儀だ。泣いたり取り乱したりなど、できるものか」

「……そっか。やっぱ強いんだな、ウッチーは」

 その後二年生になった空虚は、ミーリの推薦もあって七騎入りした。

 実力は相変わらず及ばなかったが、それでも常時の冷静さと弓矢の腕を持ち味に、七騎として恥ずかしくない逸材となった。冷静すぎて、下級生から冷たい人だと思われることもあったが、それでもミーリにとっては頼れる仲間となった。

 そんな空虚が、今は――

「どうしたの、ウッチー。最近変だよ? 何か悩み事?」

「そういうわけではないさ……大丈夫。私は平常だ。今回の失敗は、ただ私がたるんでいただけのこと。心配しないでくれ、ミーリ。私は平気だ」

 その顔が心配だった。いつも以上に無理矢理――もはや家の流儀だとか関係なしに、心配させまいと表情を抑えている。そんな顔を、してほしくなかった。

 あいつと似てる、空虚には。

 そんな思いに押されてしまった。やってしまった。

 空虚は目を見開き、言葉を失った。そして現実を疑った。ミーリが今、自分の前髪を上げて、額に口づけしていることに。

「もういいじゃん、ウッチー。辛いなら辛いって言いなよ。悩みがあるなら話してよ。仲間じゃん、友達じゃん。なんだったら助けになるよ。なんで話してくれないの」

「ミーリ……私は……」

 話せるわけがないじゃないか。

 もう勢いだった。自分でもわけがわからなかった。

 だがそのままでは泣いてしまいそうで、その顔をミーリに見られてしまいそうだった。つい先日涙を見せてしまったことなど忘れて、見られまいと抱き着いた。

「ウッチー?」

「すまん、こうさせてくれ……悩みはあるんだ、白状する。だが話すことはできない。できないんだ……こうすれば少し落ち着ける。頼む、少しだけ、頼む……」

 不意のことだったが、ミーリはそれを受け入れて抱き締めた。後頭部を撫で回し、指先でトントンと叩いて宥めた。

 ミーリの胸の中ですすり泣く。彼の鼓動を打つ胸は温かくて、とても安心できた。まるで父のようだ、自然と涙も引いていく。

 ほんの少しの間だったが、それはとても大事な時間だった。

「……もういい、ありがとう」

 ミーリから離れ、わずかに流した涙を拭う。その顔は落ち着きを取り戻していて、凛とした空虚に戻っていた。

「大丈夫?」

「あぁ、平気だ」

「空虚ぉぉぉ!」

 思い切りカーテンを開けて入ってきたのは、空虚のもう一人のパートナーで軍服を着た神霊武装の少女、いくさ。ベッドの空虚を見つけると飛ぶ勢いで抱き着き、胸座に頬を擦りつけた。

「よかった! よかった! 無事だったのじゃな、無事だったのじゃな! わしを置いて行くというから心配したぞ!」

「すまない、戦。私が軽率だった」

「まったくじゃ! わしを連れて行けば、こんなことにはならなかったものを!」

 二人の邪魔をしてはいけないなと、ミーリはその場から行こうとする。だがカーテンを閉めようとしたところで、空虚に呼び止められた。

「本当にありがとう」

「……うっす。今度おごるの、忘れないでよね」

 そろそろロンゴミアントとレーギャルンの二人を迎えに行こうと、ミーリは保健室を出る。だがすぐに立ち止まり、おもむろに扉を閉めた。

「どうしたの? ボーイッシュ」

 帽子の下で、ウィンは睨む。いつも不機嫌そうな彼女であるが、そのときだけは呆れたようだった。

「べつに。まさかてめぇらがそういう関係だったのかって、驚いてるだけだ。思えばあいつもおまえの推薦で七騎になったんだもんな。まぁ自然といえば自然か」

「何の話?」

「何、俺がしに来た話とは関係ねぇよ。興味もねぇ。だから話す義理もねぇ」

「面倒だなぁ。それで、話って何」

「あいつに七騎を降りてもらおうって話だよ」

 ミーリの表情が一瞬で変わる。滅多に鋭い眼光など宿さない目が、ギラッと光った。

「リエンに負けたといい今回の失敗といい、もう最強の座にはふさわしくない。俺らは最強なんだ、弱者はいらねぇ。それだけだ」

「……なるほどね。でもその話こそ関係ないね。ウッチーは強いもん。少なくとも、ボーイッシュ、君よりね」

 ウィンの表情も険しく戻る。眉間には鋭いシワが入り、威圧的霊力が全身から溢れ出した。

「俺が、あいつより弱い……? ハッ、冗談はやめとけよ。そもそもただの人間が、神霊武装に勝てるわけがねぇんだ。人間は弱い。俺らに頼らなきゃ、どいつもこいつもな」

 二人の間で、生徒証が震える音が鳴る。臨戦態勢に入っていたウィンも生徒証を取り、画面を見た。

 そして口角を持ち上げる。

「よぉ最強。次の戦いで証明してやるよ。人間ごときじゃ神霊武装には勝てねぇってな」

「次の戦い?」

「あぁ……次だ」

 その後ミーリも生徒証を見て確認した。次の選抜メンバー選考試験の相手は、神霊武装の七騎――ウィンフィル・ウィン。


 



 

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