試験

 ミーリ達一行とケットシーは、前回も試験が行われた地下の大広間にいた。魔法戦争に参加するという、ミーリの実力を計るための試験だ。

 佐久間京進さくまきょうしんを楽々撃破したことで実力は実証済みかと思われたが、魔法使い相手と召喚獣相手では勝手が違うのだそうだ。

 そんなわけでこの試験にクリアさえすれば、ケットシーにも魔法戦争への出場資格が与えられると校長のフォックスが決めたとのことだが、おそらくは違うだろう。

 出場させるかどうかを決めるのは本当かもしれないが、多分ミーリの実力を見たいのだろう。異世界からの放浪者がどれだけやるのか、彼女はその目で見てみたいのだ。

 現にケットシー曰く、いつも九つの尻尾をギュウギュウに敷き詰めて座っている校長室から、重い腰を上げて見に来ていた。

 余りにも珍しすぎて、生徒達が彼女をまえに動揺している。

「あの校長、広いところで見ると全体的にでかいな」

「そうか? 尻尾が一つ一つでかいだけだろうて」

 元の世界で九つの尻尾を持っている神様と言えば、ミーリからしてみれば玉藻御前だが、彼女は尻尾も体も小柄だ。大人びた口調をしているが、姿形は子供である。

 それを思い出してからフォックスを見ると、確かにすべての狐の親玉的雰囲気を感じる。彼女の太い尻尾も妖艶な雰囲気も、かなりの年期を感じさせた。

 まぁそんなこと、本人も女性なので絶対に言ってはいけないのだろうが。

「ミーリ。彼女、連れて来てよかったの?」

 ヘレンが言ったのは、少し緊張気味で準備運動をしているロンゴミアント。

 普段なら緊張なんて皆無なのだろうが、何せ状況が状況だ。武装できない可能性すらある。未だ人の姿と生活リズムから抜け出せていない今、何が起こるかわかったものじゃないのだ。

 そんなロンゴミアントをこの戦場に連れて来てよかったのかと、ヘレンは少し心配していた。

 確かに置いておいた方がいいかもしれないが、彼女は置いてけぼりにすれば拗ねてしまうだろう。それが怖いわけではないが。

 それに、これは試しだ。今の彼女が戦力として数えられるかどうか、それを計るための試験なのだ。だから出してきた。大丈夫、ロンゴミアントも了承済みだ。

「マスター……その……何をするんでしょうか……」

 いつもは緊張しないロンゴミアントが緊張しているので、緊張しいのレーギャルンはますます緊張している様子。ミーリはその頭を撫で、落ち着かせる。

「これから出てくる敵を、時間制限内に倒していくんだって。大丈夫、俺達ならやれるよ。武装もできるし、最悪神格化だってできる。大丈夫、大丈夫」

「……はい、マスター」

 緊張しているパートナー二人のすぐ側で、同じく緊張している様子のケットシー。緊張のせいか猫の瞳を表にさらけ出し、耳も出ていた。その耳を押さえつけるように、ミーリは彼女の頭に手を伸ばす。

 そうすると周囲から、黄色い声が降りかかってきた。羨ましい、そんな眼差しで見つめられる。

 その視線に気付いているのは、ケットシーを含む女性陣のみ。ミーリはまったく気付いていない。いつもの鈍感さを、少し取り戻していた。

「大丈夫だよ、ケットちゃん。俺達がさっさと倒しちゃうから、ケットちゃんは見てて」

「で、でも私も何かしないと……」

「だってこれ、俺の戦闘力を計る試験でしょ? 大丈夫だよ、勝てるって」

「は、はぁ……」

『召喚獣、ミーリ・ウートガルド! ケットシー・クロニカ! 準備はいいか!』

 マイク越しに響く、女教師の声。いよいよ始まりますかと、ミーリは今更背筋を伸ばす。そしてネキの腕をそっと取り、おもむろに引き寄せた。

「最初はネッキーで行くよ。槍でよろしく」

「かしこまりました。主様に、神のご加護があらんことを」

「ヘレンとレーちゃんは、ケットちゃんを守ってあげて。他はそれぞれ敵倒しながら待機ね。順番になったら手ぇ取るから、よろしくぅ」

「はい」

「はいはい」

「よろしい! この死神の一番弟子! ブラックリストに任せておけい!」

「いいからてめぇは待機してろ。出番貰えねぇぞ」

「ミーリ、私は……」

「ロンも待機。無理はしないでね。攻撃避けるのに徹底しても全然いいから」

「……わかったわ。ミーリも、無理しないでね」

「おぉらぁい」

 この世界に来てもう五日。さすがのミーリも慣れ始めたと見える。戦闘時以外の元の緩さが戻ってきた。

 だから安心できる。我らが主人は絶対無敵。どんな敵だろうと負けはしない。今日も勝つからと、その緩さで常勝を約束できる男。それがミーリ・ウートガルドだ。

 今日も勝ってくれる。常勝の戦士は今日も普通に、いつも通りの勝利を約束してくれる。だから安心だ。この戦士に敗北はない。

『では召喚獣戦闘力計測試験第一、開始!』

 ドーム状にフィールドを覆う特殊強化ガラスの天井から、三発の雷撃が落ちる。落ちた雷撃の中から現れたのは、雷をまとった棍棒を背負った金色のオークが三体。これが最初の相手だった。

「雷か……」

「私の出番ということですね」

「そだね。じゃ、行こっか」

 ミーリは軽々と、ネキの腰を持ち上げる。お姫様抱っこされたネキはミーリの頭を抱える形で腕を伸ばし、そして口づけした。

 周囲の女子生徒から、また黄色い声が響く。まさかフィールドの真ん中でキスするとは思っておらず、完全に不意を突かれて他人事なのに恥ずかしがっていた。

 だがすぐにネキの姿が変わり、多数のツルが巻き付いた槍と変わる。それを見た生徒達から、今度は驚愕の声が上がった。

 ケットシーも目の前で初めて人間が武装に変わった瞬間を目撃し、言葉を失う。

 だがそれらのことなどお構いなく、ミーリは槍を手に舞うように走る。そして雷をまとったオークへと跳躍した。

 上から来る攻撃に、一頭のオークが棍棒を振り上げる。その棍棒に刃を突き立て、ミーリは棍棒に張り付いた。

 本来なら雷が流れるところだが、神木によってできた槍は雷を通さない。

 そのまま棍棒を切り裂くと、オークの顔面を踏み付けて再び高く跳躍する。そして槍から弓矢へと武器を変え、ドームの一番高いところで弦を引いた。

 そして放つ。一本の矢は空中でいくつもの枝を生やし、分岐する。一本の矢から生えた無数の枝の刃が一度に降り注ぎ、オークの体を斬り刻んだ。

 その一撃だけで、三体のオークを撃破する。

 あまりにも早すぎる決着に、周囲は感想を抱く間すらない。試験を行っている教師もまた、学校のどの生徒よりも早く片付けたミーリに驚愕して、次を用意するのが遅れてしまった。

『つ、続いて第二! 開始!』

 次に現れたのは、ドームの天井にぶら下がった巨大な蜂の巣。そこから大量の人間サイズの蜂が出て来て、ミーリに針を向けた。

 それに対してミーリは後退する。ネキの武装を解除すると、一瞬でウィンの手を取った。

「下位契約!」

「ハ、確かにそれで充分だな」

 自身の手を握っているミーリの手を持ち上げ、甲に口づけする。そうしてウィンは一丁の拳銃に姿を変え、同時にミーリは跳躍した。

 そしてミーリの背後に、空間を捻じ曲げて無数の銃口が出現する。そしてすべての銃口で狙いを定めると、一斉に射撃した。

 飛び交う銃弾の嵐が、巨大な蜂を次々と撃ち落とす。蜂の巣からまた新たな蜂が出てくるも、出て来て即撃ち落とされるのでミーリに近付けもしない。

 そうして撃ち落としていくうちに銃弾の一発が蜂の巣とドームとを繋いでいる繋ぎ目を撃ち抜き、大きく揺らした後にフィールドに叩きつけた。次の蜂が現れず、あっという間にすべての蜂が消え失せる。

 またも一瞬の決着。生徒達は開いた口が塞がらない。教師もまた、次の準備が追いつかずにあたふたしていた。

 その隙にミーリは武器を変える。今度はリストの手を取り、強く引きよせて口付けした。巨大な刃を持つ魔鎌を、大きく振り回す。

『だ、第三! 開始!』

 次に現れたのは巨大な手。機械の右手と刃の左手。無機質な両手が強く合掌して威嚇し、ミーリに迫る。

 だがミーリは動じない。ミーリは後方に跳ぶと着地と同時に駆け抜け、その勢いのまま両手に向かって跳躍した。

「“死神はやがて其方の首を絶つため枕元に立つデッド・エンド”」

 暗黒物質でできた刃を巨大化させ、鋭い刃を振りかぶる。

 刃の左手は手刀で斬りかかり、機械の右手は拳を作ってブースターをかけて突進してきたが、どちらも一撃で真一文字に両断された。

 着地と同時に起こった爆発が、三度目の瞬殺を演出する。

『第四! 開始!』

 全長五メートルはあろうかという巨大なマネキン人形。それが四つん這いで襲い掛かる。

 ミーリは掌打を躱すと距離を取り、リストの武装を解くと次にレーギャルンを抱き上げた。そして走りながら、レーギャルンに頬にキスさせる。残った箱を背負いながら、ミーリは魔剣を複製しつつ駆け抜けた。

 最初に地面についている方の手を魔剣で射抜き、地面に張りつける。次に膝。次はもう片方。そして下をくぐってから跳躍して上を取り、腰に魔剣の群れを叩きつける。

 倒されたマネキンのもう片方の手も地面と張りつけると、ミーリはマネキンの頭の上に着地した。

「ヘレン、よろしく」

「えぇ」

 ヘレンが光の膜を広げる。後退していたウィン達のまえに広がり、何かから護るように覆い被さった。

「行くよレーちゃん」

『はい!』

 ミーリは跳び上がり、ドームの天井に足をつける。それを蹴り飛ばして落下しながら、ミーリは一本の剣を握り締め、自身の周囲に八本の剣を複製した。

「“巨人の国よ、煌々と燃え盛れムスペルヘイム”!!!」

 八本の突撃で全身を貫き、手にした一本で斬り裂く。斬り裂いたと同時に八本が爆発し、五メートルのマネキンを木っ端微塵に粉砕した。

 砕け散った破片が飛ぶが、ヘレンの防壁が全員を守る。そして他の方に飛び散った破片も、ガラスに当たってさらに細かく砕け散った。

 ほんの少しだけ時間がかかったが、またも一瞬。生徒達はもう、ミーリの戦いに興奮を覚えてしまって仕方がない。これから彼が敵になることなど、完全に忘れている。

 一方の教師はもう次が間に合わなくて慌てふためいていた。ここまで来るとなんだか可哀想だ。ミーリはレーギャルンを戻し、再びその場で伸びる。

『最後! 開始!』

 フィールドを満たす、視界を奪う霧。その中から現れた、二本の刀剣を握り締めた全身包帯だらけの女性型召喚獣。彼女はミーリを見つけると、カタカタと人形のような音を首から鳴らして斬りかかってきた。

 攻撃をのらりくらりと躱し、様子を見る。また一撃で倒してしまっては、教師が困ると思ったからだ。

 だが今までよりも速く、鋭い攻撃にミーリは少し感心する。そして遠慮も配慮もなく、また一撃で決めてしまった。

 それは、ただの正拳。一瞬だけ神格化し、霊力をまとった拳で包帯女の顔面を殴り飛ばす。

 首が三六〇度回った女は吹き飛ばされ、壁にぶつかって蛙のように潰れて消えた。飛び散った血飛沫が、一瞬で気化して消えていく。

『そ、そこまで! 試験終了!』

「はい、お疲れ様でしたぁ」

 かかった時間、わずか四分。一試験につき一分もかけないという、魔法学校史上最速のタイムが出てしまった。

 それを見た生徒達はそれぞれ反応する。素直に感心する者。うろたえる者。恐怖する者。歓喜する者。それぞれだ。

 その中にまた、一人興奮する熱を抑えられないとする生徒がいた。学校最強の魔法使い、クンシー・ドロン。

 これが、あの人の実力……すごい……すごい……!

 戦ってみたいという衝動が抑えられない。自身の組む腕を押さえつけながら、必死に堪えた。こんなにも自分は好戦的だったのかと、新発見したほどだ。

 だがそこは抑えた。そしてその場を後にする。そしてミーリ達と戦えることを、胸の内で強く願った。

 

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