大大大好き
ミーリとユキナ。二人が初めて告白し、相思相愛になってからというもの、二人の距離はますます縮まった。二人はいつでも一緒にいて、よくお互いの家に泊まるようになっていた。
親もまだ子供が九歳という歳だし、どの道将来結婚する相手なので、お泊りについては容認していた。
故に二人の仲は益々良くなっていって。放っておけばこっちでチュッチュ。あっちでチュッチュ。もうイチャイチャしっぱなしだった。
この日もまた、ミーリとユキナはウートガルド家でイチャイチャしていた。聖なる夜に口づけして以来、もはや簡単にキスしてしまえるのだ。
「ミーリィ」
朝同じベッドで起きて、挨拶代わりの口づけ。さらにユキナの唇はそのままミーリの頬に移動し、最後に首筋に到達する。
そのまま胸の中に顔をうずめるユキナの頭を、ミーリはおもむろに撫で回した。
そしてそのまま朝食の席へ。ウートガルド家の人達がいるにも関わらず、ユキナはここでもミーリに甘える。最初の一口は必ずミーリの手で与えてもらい、おいしかったら撫でてもらった。
ミーリも照れず、両親ももはや慣れたものだったが、妹のルイと弟のへブルは慣れなかった。食事の度にこれなので、毎度照れてしまう。
だがこのイチャイチャは食事が終わっても終わらなかった。
「ユキナ、ここは違うよ。ここは……」
「え? でもここってこうじゃないの?」
「そうじゃないよ、ここはこうだって」
会話だけを聞けばまるで普通。やっていることもただの勉強。問題なのは、その体勢だった。
ユキナがミーリの膝の上にいるのだ。ミーリもまた、彼女の横から顔を出している状態である。密着しすぎである。隣で勉強するルイは、そればかり気になってまるで
「ね?」
「あ、そっか。さすがミーリ」
お姉様ばっかり……ズルい。
だが好意を——恋愛感情を表に出すことは自ら禁じている。悟られてはいけない。知られてはいけない。近親相姦など、認められていないのだから。
「お兄、かくれんぼしよう!」
勉強が終わった自由時間、へブルが提案する。あと数時間でユキナも帰る頃だったが、最後の時間潰しにとその提案に乗った。
「じゃあまずはお兄の鬼ね! アルフレッド使っちゃダメだよ! すぐに終わっちゃうから!」
「わかったわかった。じゃあ百数えるから、みんな隠れて。ただし十分経っても見つからなかったら出て来てよ? 時間もあるから」
「わかった! じゃあ用意始め!」
そう言って、へブルとルイ、そしてユキナは散る。ミーリはその場で後ろを向き、目を瞑って数え始めた。
ちなみにアルフレッドというのは、ウートガルド家で飼っている犬の名前である。過去にかくれんぼでミーリが彼を使い見つけてしまったので、それ以来使用禁止だ。いつも屋敷の庭の小屋で寝ている寝坊助である。
そんなアルフレッドを使わないルールで、ミーリは三人を探しに行く。貴族の屋敷というのは本当にかくれんぼに向いていて、難易度が高い。ミーリはメイドや執事に訊くこともなく、探し回った。
するといつもは一人目を見つけるのに三分はかかるのだが、今回はあっという間に見つかった。通路に飾られている観葉植物の後ろに、ルイが隠れていたのである。
普通はもっと難しいところに隠れているのだが、目当てにしていた場所が空いていなかったのだろうか。とにかく、そこにいた。
「ルイ見っけた」
「うぅ……やっぱりダメでしたか」
「さ、手分けして探そう。へブルはいいとして、ユキナを見つけないと」
そう言って、ミーリが行こうとする。だがこのとき、いつもはそうですねと手分けして探してくれるルイは、ミーリの袖を捕まえた。
「ルイ……?」
ルイは俯いたまま、寂しげな顔をしたまま、口を開かない。だが次第にその目には涙が溜まり、頬を流れ落ちた。
「どうしたの?」
「……お兄様」
ミーリの胸に、ルイが顔をうずめる。それを受け止めたミーリはルイを抱きしめ、兄としてその後頭部を
「どうしたの、ルイ。何かあったの?」
「いいえ……いいえ、何も。ただ少し、甘えたくなっただけです、お兄様。最近はお姉様ばかり、構っておりましたから」
「……そっか、ごめん。寂しい思いをさせたね」
「いえ、私の我儘です。お兄様は、もう……お姉様のものですから」
「そんなこと……そんなことないよ。ユキナと結婚したって、ルイは俺の妹だ。それは変わらない。だからうんと我儘言って、うんと甘えればいいんだよ。大丈夫、俺はルイのお兄さん。それはずっと変わらないから」
「……そうですか……はい、そうですね。ありがとうございます、お兄様。ではこれからは、もっとうんと甘えることにします」
「うん」
「お兄様」
「うん?」
ルイがうんと背伸びする。その唇は兄の頬にくっつき、熱い熱を与えた。
「大好きです、お兄様。大大大好きです」
「……うん、俺もルイのことが好きだよ」
「へへへ……じゃあ探しましょう、お兄様。もうすぐお姉様が帰る時間ですし。私はあっちに行きますから、お兄様は向こうをお願いしますね」
そう言って、ルイはトコトコと走っていく。そうしてミーリの視界から見えなくなると、その視界を小さな手が後ろから遮った。
「だぁれだ」
「ユキナ、今はかくれんぼの最中だよ? 出て来ていいの?」
「ムゥ、つまらない。少しは考えてよ、ミーリ」
そう言って離れたユキナは、なんだか満足そうな笑顔を浮かべていた。今の目隠しに関して満足したのか、それともルイにあんな告白めいたことをさせたことに満足したのか。とにかく、満足したような顔をしていた。
「ルイと何を話したの?」
ユキナは自分の唇に、人差し指を当てる。どうやら秘密らしい。
「ごめんね、ミーリ。これは女同士の話だから、いくら私の旦那様でも言えないわ。でも羨ましいの。血の繋がった兄弟姉妹がいることが……私には、いないから……」
「ユキナ……」
ユキナの頭を撫で、抱き締める。そしてその首筋に、口づけした。
「これからは、俺がユキナの家族だよ」
「……そうね。ありがとう、ミーリ。大好きだよ?」
「うん、俺も大好き」
一方で、へブルは庭の木の後ろで時間を計っていた。もうすぐ八分。このままあと二分経てば、自分の勝ちである。
だがそんなとき、庭に誰かが来た。覗き見ると、そこには父アストラルと、一人の老人。今日来客が来るとは言ってなかったはずだが、その老人はたしかにそこにいた。
そしてその老人はおもむろに、何かをアストラルに手渡す。それはまるで、何かの鍵のような形をした水晶だった。
「その鍵を差し込めば、ルシフェルが起動します。ですが一回限り、ちゃんとタイミングを見計らってください? せっかく集めた霊力が、無駄になってしまう」
「わかっているとも。大丈夫、脅すだけだ。実際に使用する気はさらさらない。使っても、グスリカの山一つを消し去る程度で済ますさ」
「わかっているとは思いますが、貸すのはこの一回限り。故にあまり宣伝しないでください。私にとっても、彼女は最期の手段なのですから」
「それも承知の上さ、クリス・ハンス。大丈夫、君の兵器を無駄にはしない。私は誰も殺さない。人を殺したら罰せられる。それが我が先祖が敷いた法律だからね」
「! 誰だ!」
クリスの一喝でへブルが堪らず飛び出す。もはやかくれんぼのことなどどうでもよくて、聞いてしまった話の内容に怯えきっていた。そんなへブルに、アストラルは歩み寄る。
「どうしたんだへブル。何故こんなところに?」
「ご、ごめん父様。お兄達とかくれんぼしてたんだけど……」
「うん、そうか……で、どこまで聞いた?」
「あ……えっと……その……」
「その様子じゃ、この鍵のことから聞いてたな」
「……ごめんなさい。でも、話を聞くつもりなんてなかったんだ。仕事の話だよね? 大丈夫、僕バラさないよ? 誰にも喋らないから」
「……そうか」
アストラルは片膝を付く。そしてへブルを抱きしめ、背中をさすった。
「じゃあ黙っていてくれ、へブル。このことは私とおまえとの秘密だ。絶対に喋っちゃダメだぞ? ミーリにもルイにも、母さんにもだ」
「わかった。喋らない。絶対に秘密にする」
「そうか、偉いぞへブル。さぁもう行きなさい。ミーリ達とかくれんぼをしてるんだろ?」
「う、うん……ごめんね、父様」
そう言って、へブルは屋敷の中へと駆けていく。それを老人クリスは止めようとしたが、アストラルに止められた。
「相手は子供です。話の内容もまるで理解できていない。それに私と約束しました。大丈夫、あの子は何も喋りませんよ」
「……信用していいんでしょうな。もしあの子がこの話を誰かに喋れば、そのときは覚悟してくださいね」
「えぇ、わかっていますとも」
父の秘密の話し合いを聞いてしまったへブル。このとき見逃されたことで、彼は完全に安心し切っていた。正直話の内容など、忘れてしまうくらいに。
だがこれが悲劇の始まりだった。
すべてはあの日、ミーリ達兄弟姉妹がユキナの屋敷に遊びに行った日に起こった。その事件は国中を騒がせ、以来こう呼ばれることとなる。
貴族の下り階段、と。
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