敗北
そこは天地のすべてが歯車の世界。そこで少女マキナは泣いていた。目の前で立ち尽くしているミーリに、謝罪の涙を流す。
「ごめんなさい、ごめんなさい……私が、私が余計なことをしなきゃ、こんなことには……」
自分が力を放出し、ミーリを暴走させなければ、ミーリが負けることはなかった。そう自分を責めていた。だが実際は違う。
暴走したのはミーリの限界が、ニコラ・テスラの限界に耐え切れなかったからだ。情けない話だが、事実だ。かつてケイオス決勝を戦い抜き、その後七大天使を含む天使の軍勢と戦った体力と霊力からは考えられないほど、情けない結果だった。
だが言い訳をするのなら、ミーリはダメージを負っていた。二キロの距離を約五分以内に移動するともなれば、相当な霊力と体力を消耗する。
そしてもう一つ。ミーリは例の天使達との戦闘から、ほとんど回復できていなかった。霊力も体力も、全快時の約三割と言ったところだろう。度重なる霊術の使用と、連続での上位契約が、ミーリの回復を著しく遅くしていた。
この事実を、ロンゴミアント達は知らない。霊力の弱まりは感じ取られてるかもしれないが、全快でないことは言ってなかった。心配をかけたくなかったし、だからと言ってサクラ護衛の任務を断りたくなかったからだ。
だが結果、こんな結末を敷いてしまった。あっけなく負けてサクラを奪われて、最悪の展開だ。依頼も何も達成できていない――いや、それ以前の問題だ。負けていては意味がない。
すべては、力を完全にコントロールできていない自分の失態だ。それ以外の誰も、本当に誰も悪くない。
ミーリは自分を責めながら、小さなマキナの体を抱き締めた。
「違う、君じゃない……俺が……俺が悪かったんだ。全部、全部俺が弱かったから……俺は、負けたんだ」
「お兄さん……」
「まったくだな」
二人の間に立つように、目の前にカミラ・エル・ブラドが現れる。彼女もまた、ミーリのあっけない敗北に苛立ちを持っていた。鋭いハイヒールの靴底で、ミーリのコメカミを蹴り飛ばす。
「何をやっている? 貴様。この我を取り込んでいる身でありながら、雷の魔神ごときに遅れを取るとは情けない。貴様、手を抜いたわけではあるまいな」
「抜いてないよ……ってか抜けないよ。全快じゃないのに……あの魔神、強かったし」
「だが我ほどではあるまい? なのに遅れを取るとは、我は溜め息が出る勢いだぞ? 我は……」
そうだ。たしかに、ブラドほどじゃない。
この不死身にして最強の吸血鬼は、当時の自分がほかの学園の学生達と袋叩きにしてようやく勝った。本当に、最強の吸血鬼だった。そんな彼女に比べれば、ニコラ・テスラなる魔神など恐るるに足りない。
ならばどうして負けたのか。全快じゃない以外にも、何か敗因があるような気がする。そんなことを考えていると、ブラドがまたしても蹴り飛ばしてきた。二転三転、縦に転げる。
「まったく情けないな。貴様、さては何故負けたのかも、わかっていないのではないか?」
「なんで負けたか?」
「簡単に、そこの女神の力を使いこなせなかった、ではあるまい。我が思うに、もっと単純で明快な理由があったからだろう。考えてみよ」
「考えろって……」
まるで思いつかない。ただの実力不足というか、力不足のようにしか思えないのだが、この元軍人貴族の吸血鬼の魔神は、そうではないと言うらしい。まさか、精神論でも語るつもりだろうか。
「では訊くがミーリ貴様、貴様は誰が好きなのだ?」
「ほえ?」
まさかの精神論か?
「好き、というのもまた違うか……だが似ているものではある。貴様は一体誰が大事で、誰を守りたいのだ? 貴様の刃には、それが明記されていないのだ」
「誰をって……そりゃあ友達とか仲間とか、今回はサクラちゃんとか……」
「我はな、ミーリ。軍人時代、自ら治める領地の民を守ることで必死だった。民を守る、それが我の使命だった。そういうものを訊いているのだ」
「使命……」
「いや貴様の場合、依頼も何も関係なく、理由もなく守りたい。そんな相手はいないのか? 友でも恋人でも、仲間でも、なんでもいい。たった一人、その人を傷付けられたら激昂するほどの奴だ」
そんなことを言われても。
友達はたくさんいる。パートナーはロンゴミアント達だ。みんなみんな、守りたい大切な仲間である。そんな彼らに順位をつけることは、とてつもなく難しい。だが一人、絶対に優先順位が一位である人は思いつく。
ユキナだ。ユキナ・イス・リースフィルト。彼女は誰よりも優先して守りたい――守らなければならない。彼女を守ることは、自分の使命だ。他の誰にも殺させやしない。
だがそれが言えなかった。何故かはわからない――いや、本当はわかっている。
ユキナは守られるような人ではない。自分も隣に立って、その人と歩こうとする人間だ。
ましてや今、彼女と自分は対立関係。そこに恋人の仲はあるけれど、決してそこらの関係とは違う。お互いを守り合うのではなく、殺し合う関係だ。
そんな彼女を守りたい?
いや、守りたいのではない。守りたい。守っていたい。そんな関係でいたかった。彼女とは、自分が力の限りを尽くして守り抜く。そんな仲でいたかった。
だから今、守りたい人は彼女なのかと訊かれるとそうではない。彼女はあくまで殺す対象であり、復讐の怨敵であり、守るべき人ではない。
だがならば、他に守りたい人はいるのだろうか。守りたい人など、自分にはいるのだろうか。身に覚えがない。空虚なその空っぽは、満たされる空気をまるで感じない。
歯車に満たされた天上を見上げながら、思う。自分が今、力の限りを尽くして守りたい人など果たしているのか。ユキナ以外にそんな人がいるのだろうか。
いや、許されない。自分はもうユキナを愛している。ユキナが好きで、大好きで、愛している。この世の何者からも守りきり、一生を彼女と過ごしたいと思ったこともある。
キスだってした。肉体関係だって持った。ならばもう、自分は引き返せない。彼女を愛し抜くことが、自分の使命だ。ミーリ・ウートガルドは、ユキナ・イス・リースフィルトを愛さなければならない。もう、そう決まったのだ。
だから今から他の人を守るべく戦うことなど、ありえなかった。
そんな感情を感じ取ったか、ブラドはふと吐息する。そしていつの間にやら作られていた玉座に脚を組んで座り、側に女の子座りでいるマキナの歯車が回る頭を撫で回した。
「貴様、何を意固地になっている?
「固執なんてそんなドロドロした感じじゃない……俺は、俺はユキナが好きなんだ。ユキナを愛してる。あの子以外は眼中にない。眼中に入れちゃ……いけない」
「だからそれが意固地だと言うのだ」
ブラドの力かそれとも
「何故他の女を愛せない? 何故他を誰よりも好きになれない? おまえの中では、友は平等に友か? 親友もいないのか? 好きになった女など、数えきれないくらいにいるだろう? その中で選んだのが、そいつだというだけだ。そして今それがダメになった。ならばいるだろう? 他の女が」
「……そういう、アプローチしてみたらダメだったから他行こうみたいな考え、嫌いだな」
「何が嫌いだ、偽善者か貴様は」
今度は強く反発され、弾き飛ばされる。二転三転して転げ回ると、飛び掛かってきたブラドに槍を突き刺さられた――と思ったが、鮮血色の槍はミーリの顔のすぐ側を貫いていた。貫かれた歯車だけ、動きが遅くなる。
「人は人を愛する。そこには必ず順位が存在する。こいつはあいつより気が合う。こいつはあいつより気になる。こいつはあいつらより好きだ。そう言った順位が存在し、人の付き合いという奴に緻密に絡む。そうして選んだのが恋人だ。だがそれは絶対ではない。選択には誤りもまた存在する。その誤りに気付けたなら――」
「やめて」
自分の側に突き刺さっている槍を手に取り、体勢をひっくり返す。
逆転されて乗られたブラドは、何故か頬を赤らめた。当然と言えば当然か。彼女の恋人は、ミーリ・ウートガルドなのだから。
「俺は間違ってないよ。俺はユキナが好きで、ユキナを愛してる。俺は、あいつを選んだんだ。間違ってなんかない……俺は、間違っちゃいけないんだよ」
少し呆気にとられたような表情を浮かべて、ブラドはやれやれとミーリの頬に手を伸ばす。そして何をするでもなく、ただその頬をなぞるように撫でた。
それと同時、世界が変わる。そこは王宮。ブラドとミーリと、そして機械の女神以外の誰の侵入も許さない、難攻不落の王宮の中だった。その床は、まるで血に塗れたようなレッドカーペットが敷き詰められている。
「それは何故だ? 何故貴様だけが、間違ってはいけない? 貴様だって間違える。誤る。正答できた数の方が、遥かに少なかろう。そんな貴様が、何故神すら間違えるこの問いを間違えてはいけない?」
「それは……」
「もう一度訊くぞ、ミーリ・ウートガルド。貴様は一体、誰が好きなのだ。我でもなければそこの女神でもなく、ユキナ・イス・リースフィルトという昔の女も殺しの対象ならば、貴様は今、一体誰を愛している?」
よく考えるんだな。そう言われたような気がして、その世界からは一度さよならした。目覚めると、視界に飛び込んできたのは知らない天井。一人で寝るには大きすぎる、ベッドの
「ミーリ!!!」
ミーリの起床に気が付いたロンゴミアントが抱き着く。その湿った顔を抱き締めて、ミーリは心配かけちゃったねと声をかけた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……私は、私はあなたの槍なのに……あなたを勝たせることができなかった……私は、私は……」
それはもう、さっき聞いた気がするよ。
「いいんだよ、ロン。俺が勝手に暴走して、勝手に負けちゃっただけだから。ロンのせいじゃないよ」
ごめんなさい、とロンゴミアントはまだ続ける。実際初めてだった。ロンゴミアントを持って、誰かに負けたのは。
いや修行の際に師匠に数えきれないくらい負けたのだが、それはあくまで修行だったので、ロンゴミアントにカウントさせなかった。だから、実戦で負けたのが初めてだった。
そんなしおらしいロンゴミアントを見るのは初めてで、部屋の入口にいたウィンもかける言葉を失っている。ただミーリが視線を向けると、吐息してから医者を呼びに行った。
それと入れ替わりに入ってきたのは、この屋敷の主であるミストだった。
「起きたのね」
「先輩、もしかして助けてくれたんですか?」
「あなたの忠告が耳に痛くてね」
先日、外出公務の際。初日以外でも、ミーリはミストと話していた。
それはバッドロード家のアルカがサクラを狙う黒幕と判明し、彼女に探りを入れたあとのことである。
――で? 私になんの用? 話しかけないでと、忠告したはずだけど
――いや、実はうちの依頼主が命狙われてるんですけど、その黒幕に今接触してきたんですよ
――それで?
――そしたら結構簡単に尻尾を出したんですよ。多分あの子が黒幕でいいんじゃないかなぁと
――だから、それを私に言ってどうしたいの
――お願いがあるんですけど。先輩、お姫様にこのこと伝えてくれません?
ミストから思わず吐息が漏れる。無論、なんだそんなことかと安堵したのではない。意味がわからず、
――なんで私が、わざわざナツメ姫に面会しなきゃいけないわけ?
――だって俺、このまえお姫様と喧嘩別れしちゃったんですもん。俺の言葉は、どうもお姫様の機嫌を損ねるみたいで
――知ったこっちゃないわ。あなた達で勝手にやって。私達を巻き込まないで
――そんなこと言わないで、人助けだと思ってお願いしますよ
――イヤよ。大体、それで私になんのメリットがあるの
――……わかりました。メリットがあればいいんすね?
ミーリは掲示した。ただし示したのはメリットではなく、デメリットの方だ。もしこのままサクラが殺されれば、次はあなたの番ですよということだ。
アルカの目的は最高位貴族となり、今度決まる姫様直属の補佐役に選ばれること。だとすれば、最高位貴族の一角を削っただけでは足りないはず。ともなれば、自分の近くの領地の貴族をも殺し、その権限を乗っ取るに違いない。
となれば、狙われるのはアルカの領地から北にいったミストだ。領地はアルカより広いうえ、ミストの権限はグスリカ国内の警察組織を動かせるというもの。アルカにとってこれ以上動かしやすく、そして大きい権限はない。
アルカの次の狙いは、警察組織を動かせるあなたの力だ。そう警告した。そこから見えるミストのメリットは、協力すれば自分の首は守られるということだ。
そう言った。
ただしこれは、リースフィルト家の秘宝・ブラッドレッドの存在を包み隠した真っ赤な嘘である。賭けだった。この嘘に気付けば、たとえ動いてくれたあとでも、ミストは怒るだろう。そうなれば、二度とグスリカの領地に入ることは許されないかもしれない。
だがこの嘘を本当にする証拠もなくはなかった。その日の夜、ミストは他の貴族と共にアスモデウスに襲われることとなる。それが奇しくもミストも狙われているのだと、錯覚させることができた。
結果ミストは外出公務が中止となってから密かにバッドロード家を調べ、そして辿り着いたのである。悪魔召喚に使われた術式と、それに大量の人間が供物として捧げられた痕跡を。
その痕跡を元にミストはアスモデウスと、そのまえに起こっていたアンネリーゼ、二人の悪魔の事件がアルカの企てであったと証言。
それを聞いたナツメ姫はかなりの衝撃を受けたようだが、悲しみも受け入れてバッドロード家の家宅捜索及びリースフィルト家の保護を直にミストに命じたのだった。
「でもあなたが負けるとは思ってなかった。ケイオス優勝は、まぐれだったの?」
「実力ですぅ。言い訳すると、ベストコンディションじゃなかったんですぅ。まえの天使との戦いのダメージがまだ響くんですぅ」
「そ。でも次はその言い訳は通用しない。その両目で見なさい、外を」
そう言われてベッドから起き、窓越しの外を見る。すると外は豪雨で、季節外れの雷が鳴っていた。しかも色が赤白い雷光だ。明らかに霊力が混じっている。
「一昨日から、この色の雷が鳴りっぱなしよ。あなたを倒した神の力なのではないの」
「……氷の先輩。俺、どれくらい寝てました?」
「今日で五日目よ。それで全身の火傷がすべて治るのだから、不思議なものだけど……一体どんな体をしてるの」
それは多分、吸血鬼の不死身の能力ですね、とは言えない。聖約のこともブラドのことも、そう軽々と口を開くわけにはいかないのである。
「まぁいいわ」
詮索してくれなくて助かります。
「とりあえず、あなたと話したいって人がいるわ。どうする? 歩ける?」
「歩けます。ロン、肩貸して」
「えぇ……もちろんよ」
ロンゴミアントの肩を借りて、その人が寝ている部屋に行く途中、ミーリは思わず止まる。そこにいたのは
ミーリはロンゴミアントから離れ、一人早歩きで迫る。沖田の制止を振り切って、土方の胸座を掴み上げ、拳を構えた。
「何してんの、君……なんでここにいるの!!!」
ミーリの怒号が響く。ここまで怒りを露にし、声を荒げるミーリを見るのは、ロンゴミアントも初めてのことだった。思わず引く。
「怪我もしてない……ってことは逃げてきたの? サクラちゃんは?
「俺には、武器がなかった……リストが勝手に突っ込んで、勝手にやられたから……!!!」
「武器がなきゃ戦えないの?! 守る手段がなければ戦おうともしないの?! 君はあの子の家族になりたいんでしょ?! なるんでしょ?! なのになんで戦って守ろうとしなかったの!! それで奪われたならまだいい。君が精一杯やって、それでもダメだったならまだ許す……だけど、やられもしないで帰って来て、俺達の回復を待ってたの?! ふざけるな!!! 自分の家の主も守ろうとしないで、何が執事だ!!! 何が家族だ!!! 君は……君はサクラちゃんを諦めたんだ!!!」
「うるせぇな!!! おまえ達が敵わなかったんだろうが!!! サクラ様が期待していたのに、先に裏切ったのはてめぇらだろうが!!! 情けねぇ!!! 神一人仕留められないで、何が対神学園だ!!!」
構えた拳をおもむろに引く。胸座から手を離し、土方を座らせる。だが次の瞬間、ミーリの拳は土方の鼻をへし折って殴り飛ばしていた。
「その神一人すら倒せない奴らに今でもすがろうとしてるのはどこの誰?! よく考えて言ってよね! 俺達がサクラちゃんの期待を裏切った? 違うよ、そのずっとまえに裏切ったのは、君だよキョーくん。サクラちゃんは君達に守ってほしかったはずだよ。弱くたって腰抜けだったって、君達に守ってほしかったんだ。じゃなきゃ、君を外出公務に連れて行くわけないじゃん。なのに君は一歩も動かず、俺達にただ大きい顔をして、サクラちゃんを守らせた。最悪の腑抜けだよ……君にもう、サクラちゃんを守る資格なんてない。さっさと、サクラちゃんのまえから消えて」
それだけ言うと、電源が切れたかのようにミーリは膝をつく。再びロンゴミアントの肩を借りて、話がしたいという部屋に向かって行った。
その部屋にいたのは、
部屋にはレーギャルンとネキ、ヘレンもいる。
「マスター!」
レーギャルンが抱き着く。
屋敷の火災から近藤を守れなかったことを悪く思って今は近藤を看ていたが、ずっとミーリのことも看病していたらしい。目には涙を溜めている。
「マスター……よくご無事で……」
「ありがとう、レーちゃん。悪いけど、ちょっと霊力もらうよ」
「はい、どうぞ」
レーギャルンと口づけを交わす。ここまで戦っていないレーギャルンのあり余っていた霊力を受け取り、一先ず落ち着いた。
ロンゴミアントからもらってもよかったが、彼女とはこれから決戦だ。霊力は温存させておきたい。そのことをロンゴミアントもわかっているようで、強く我慢していた。
レーギャルンから霊力を受け取り、ベッドの側へ。近藤は薄れていきそうになっている意識の中で、懸命にミーリのことを見つめていた。
「ミーリ様……」
「近藤さん、ごめん……サクラちゃんを……でも狙いが秘宝なら、まだ殺してはいないと思う。あれは……」
「わかっています……ですが、ですが一刻も早く救わねば……!! ブラッドレッドを生きたまま取り出す術はないわけではありません。それよりも早く救わなければ、サクラ様は……サクラ様は……!!!」
興奮している近藤を、そっと寝かしつける。
わかっていた。サクラはおそらくまだ生きている――いや、生かされている。ブラッドレッドについてそこまでよく知っているわけではないが、過去のユキナいわく、あれは生きているのだと言っていた。
それが体の中にあるのなら、サクラ自身と繋がっているはずだ。霊術が使える理由もすさまじい霊力量の秘密もそうに違いない。
だがそれは、体の中の秘宝が生きているからである。死んでしまっては、まぁ本当はどうなるかわからないが、おそらくただの綺麗な石になってしまうはずだ。
だとすればまだ可能性はある。もっともサクラの体に埋め込んだ術もあるのなら、当然抜く術もあるはず。そこまで時間に猶予はないが。
「大丈夫、俺が行く。俺が、決着をつけてくる」
「ミーリ様……」
「ってなわけでネッキー、ちょっとお願い。俺の両腕だけ治して」
「ですが、今の主様は全身……」
「両手が使えれば大丈夫。本当は脚もお願いしたいけど、時間がないから……脚は自分で何とかする。お願い」
「わかりました」
「ミーリ」
立ち上がろうとしたミーリを押さえつけて高さを合わせ、ヘレンが口づけする。ミーリとの間に上位契約が交わされ、霊力が流れ込んだ。
「私を連れて行って。私は今はあなたの盾。あなたを守るのが役目なのだから」
「ヘレン……ありがとう。でもヘレンはここにいて。あの雷おじさんが、何をするかわからない。だから動けない近藤さん達を、守ってほしいんだ」
そう言われて、ヘレンは珍しく凹んだ様子で俯く。せっかく上位契約をしたのにと言いたげな顔で、深く吐息した。
「わかった……でも忘れないで、私は今はあなたの盾なの。だから、頼ることは罪じゃない。そう、あなたの中の神様も言ってくれるはずよ」
「……本当に、君はなんでもお見通しだね」
「目を見ればわかるわ。あなたの中の神様が何を訊いたのかも。あなたに求められている答えも全部……でも私は、あなたのパートナーの一人でしかない。だから、あなたの代わりに答えてあげることはできないの。ごめんなさい」
「……なんか、今日は謝られてばかりだな」
こんなことなら負けるんじゃなかった。そんな後悔が芽生える。ずっとさっきから負けを自覚していたクセして、実感は湧いていなかった。
だが今は思う。こんなにみんなの辛い顔を見るのなら、負けなければよかった。だから次は勝つ。必ず、命を賭けて。
「ロン、準備ができたら行くよ」
「えぇ」
「待っててね、近藤さん」
近藤を寝かせ、自分達は部屋を出て行こうとした。だが扉の前に立っていたのはウィンと、リストの二人だった。リストが投げてきたものを被る。それはニコラの一撃で吹き飛んだ、少し焼け焦げたミーリの上着だった。
「青の先駆者よ。腑抜けな我が主に代わって頼みがある」
「サクラちゃんなら助けるよ、言われなくても」
「そうではない」
「じゃあ何?」
リストはその場で、袖を通しているだけの上着を脱ぎ捨てる。肩や腹は出しているクセに何故背中は隠しているのかと思えば、そこには大きな刻印が刻まれていた。タトゥーとはまた違う。
「死神より
「それってつまり……」
「青の先駆者よ。地獄の狩人死神の大鎌、ブラックリストと戦人の契約をここに結べ」
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