対神兵器

 そこは、シティの路地裏の深い深い闇の中を正確な道順で進むと辿り着く場所。

 そこには毎日数十人の人間が、数百体の下級天使を運びこんでいる。一体どこから運んでいるのか、どこにそんな数の天使を保管していたのか、それらのことはわからない。

 だがそこの入り口には巨人のように大きい二人の門番がいて、そこを通る人間一人一人を臭いで認識していた。

 そんな彼らの鼻が、侵入者を見つけ出した。

「トムトム、こいつ変な臭いするぞ」

「ボムボム、本当だ。こいつ変な臭いだ。香水みたいな臭いがするぞ。香水なのに臭ぇ」

 侵入者は笑う。そして、彼女の姿を隠していた布を取ってしまう。

 それは少女だった。トランプの数字と記号がところどころに描かれたドレスを着た、小さな少女。頭に巻いたスカーフはまるでウサギの耳のような結び目になって、頭を揺らすとそよ風に吹かれたように揺れた。

 ドレスの裾を持ち上げて脚を交差し、会釈する。

「恋の匂いを知っている? 例えるならそれは、人の血と蛇の毒を混ぜたような……自分と同じものと別のものが、混ざり合って目の前を流れているような、そんな、人に掴ませないような匂い。だからみんな、酔ってしまうの」

「トムトム、こいつなんの話をしてるんだ?」

「ボムボム、俺もわからない。だが確実に、ここの人間じゃない」

「そう。あなたたちは恋の匂いを知らないの。形も、味も、音も、何も知らないの。そんなに大きな目と鼻と口と耳を持ってるのに? かわいそう……かわいそうだから、一撃で終わらせてあげる。あなたたちの人生を、彩ってあげる」

 少女はどこからか取り出した短剣を握る。そして一回、二回、目の前の大気を裂くと、その剣を自身の手の甲に突き刺した。

「遠くに見える私の未来。それは赤? 白? 青? それとも黄色? もしもその未来が僕の知らない色だったら、僕は私の色で染め上げよう。我の仕立てた服を着せて、帽子を被せて、ネクタイで首を絞めてあげよう。それがアリスの未来のあり方。おまえの未来のあり方は? 一体どんな形かしら! “お姫様のおままごとプリンセス・ブックゲーム”!!!」

 どこからか飛んでくる、巨大な剣。それは巨人の二人よりも大きくて、ギラリと光る刀身が、闇の中で目立っていた。

 その隣に少女は立ち、その剣の柄を握る。すると剣はみるみるうちに小さくなり、少女の手に納まった。最初は大きすぎて気付かなかったが、その剣は銀のサーベルだった。

 巨人の一人が背中に差していた大刀を抜く。そしてその柄を両手で持ち、数百キロの重さで剣を振り下ろした。完全に、少女を捉える。

 だが土煙が晴れると、そこに少女がいた。振り下ろされた剣の一撃を中指一本で受け止めて、栗色の前髪の下で水色の瞳孔を光らせて笑っていた。

「ダメよ、まだあなた達のターンじゃない。先攻はいつも私なの」

 大剣を弾き飛ばし、巨体をも揺らす。そして体勢が崩れたその眉間まで跳び、手にしていたサーベルを突き刺した。

 刀身から、少女の霊力が流れ込む。血のように巨体の全身にめぐったそれはやがて小さな衝撃を生み、どんどんと巨体をさらに大きく膨れ上がらせた。そして膨張は限界を超え、ついにその巨体を破裂させた。

 赤の豪雨が降り注ぐ。その中で少女はサーベルを握る手を抱き締め、そして体をユラユラと揺らし始めた。その表情は恍惚としていて、明らかに興奮していた。血を見て、血を浴びて、少女は頬を紅潮させていた。

 息を乱しながら、その細い両腕を伸ばして血の雨を浴びる。

「ボムボム……! おのれ、よくもボムボムをぉ!!」

 もう片方も剣を握る。しかし彼が剣を振るよりも早く、少女のサーベルがその首を斬り落とした。

「君のターンは彼の後よ。つまり、彼のターンが来なければ、次もその次も俺のターンなの」

 少女の手からサーベルが消える。そのサーベルを取り出すために突き刺した手の甲に傷はなく、刺した短剣もどこへやらに消えていた。

「スカーレット、終わったわよ」

 少女の言葉を受けて、布を被った三つの影が現れる。そのうち一つは頭を覆っている部分を脱ぎ、スカーレット・アッシュベルの顔を見せた。

「よくやった、アリス。ミーリもきっとそう言ってくれるぞ」

「本当?! そう! そうね! ミーリならきっと喜んでくれるわよね! あぁ、いけない。ゲームに勝った証に臓物を洗っておかなきゃいけないのに、一人木っ端微塵にしちゃったわ!」

「大丈夫だ。ミーリなら、証拠もなく信じてくれるだろうさ。それより、先へ進もう。アリス、続けて先行してくれ」

「しょうがないなぁ! 僕、頑張っちゃおうかなぁ!」

「ミススカーレット、彼女まだキャラが定まってません」

「うぅん……安定して狂ってはいるんだがなぁ……」

 キャラが定まらない狂人。それこそが、アリスと呼ばれる少女だった。

 一人称と二人称が決まっていないのもそうだが、そもそもの考え方そのものが狂っている。彼女のいた世界は、狂ってなければうまく溶け込めない、そんなおかしな世界だったのである。

 そんな狂人を先頭に、スカーレット達は先に進む。迎撃に出てくる人達を次々に斬り刻み、アリスは自分達が通る道を血で染めて、爽快感に支配されていた。

 そんな感じで進んでいったアリスが最深部で見たのは、巨大な水晶の塊だった。今さっき入り口で倒した二人を肩車させたよりも大きい。そんな水晶に自分を映し、アリスは髪を整え始めた。

 そんなことをしてる場合かと、布を被っている比較的背の高い女性に頭を小突かれる。布を被っているのに何故性別がわかるのかといえば、その大きく膨らんだ胸部があるからだった。あと声も、やや少し高い。

「ミス。これは一体なんですか?」

「私に訊かれてもなぁ……」

 アリスが皆殺しにしてしまったため、訊く相手もいない。こちらの異変に気付いて、新たな人間が来るのを待つしかなかった。

 しかし何かと断定することはできないが、予測をすることはできる。霊力で満ちた水晶の中に、人の影があるのをスカーレットは見つけていた。

 一番ありえる可能性として考えられるのは、水晶の中にいるのは神の類で、その復活を目論んで霊力を与えているといったところか。

 しかしどうやってこれほどの霊力を蓄えたのだろうか。そんな疑問を感じるほど、水晶の中は霊力で満ち満ちていた。この量の霊力を溜めるには、学園四つ分の生徒達の霊力をすべて注がせなければできないはずだ。

 そんなとき、布を被ったもう一人が水晶に頬を擦りつける。世界を創った開闢龍の片割れ、ティアマトことティアだ。

「ミーミー……」

「ティア、ミーリの霊力を感じるのか?」

「うぅ、ミーミー、レー」

 ティアは自分の知っている霊力感知に関しては敏感だ。ティアが感じるというのなら、本当のことだろう。

 しかしどういうことだ。何故ミーリの霊力がここにあるのだろうか。ここにミーリが来たはずはない。ならばどうやって、この水晶はミーリの霊力を得たのだろう。

 謎は深まるばかりである。

「ミス、スカーレット。ところでここは今、どこに位置しているのでしょう。何やらどこかの地下のようですが」

「どこ……どこ、か……」

 スカーレットの思考が、一つの仮説に辿り着く。

 多くの霊力を溜め込め、復活を狙えるどこかの地下。その霊力の中には、何故かミーリの霊力。一体いつ、ミーリの霊力を回収したのか。それも、ティアが感知できるほどの霊力を。

「まさか――!」

 スカーレットに、剣撃が襲い掛かる。背後から撃たれた一撃を槍で受けると薙ぎ払い、弾き飛ばした。

「誰だ」

「ここの人間か。少し話を聞かせてもらおう」

「待て、私達は――」

 容赦なく、剣撃が襲い掛かる。スカーレットは槍で受けると再び弾き飛ばしたが、それは相手も計算のうちだった。

「“龍魔爪ドラゴニック・ディスト”!!!」

 橙と黄色の混じった破壊光線が、スカーレットを襲う。だがスカーレットはその一撃を貫き、自身の霊力を上昇させた。

「“雷の投擲ガエ・ボルガ”!!!」

 赤い閃光が轟き光る。その一撃はその施設中を駆け巡り、入り口で巨人の死体を見て戸惑っていた人々をも吹き飛ばし、灰に変えた。

 だが剣を持った相手は死ななかった。とっさに自身の最大技を放ち、ダメージを軽量化させたのである。だがその一撃に霊力の大半を使ってしまい、そのまま力尽きた。

「どうやらここの人間ではないようだが……こいつは一体……」

「あなた! なんてことしてくれるんですの?! 入り口が塞がってしまったではありませんか!」

 アリスの言う通り、通ってきた道がスカーレットの一撃で崩壊し、天井から崩れてしまっていた。天然の岩の部分がまだ崩れてない分脱出は可能だが、相当に時間がかかるだろう。

 だが今は、この場所について何か知っていそうな彼女から何か聞くことだ。

「すまないが、勝者の権利を使わさせてもらおう。この施設について、どこまで知っている? 知っている範囲のことを、すべて話してもらおうか」

「貴様達こそ、何者だ……何をしにここに来た……」

「ここに、アンデルスが開発中の対神兵器があると踏んで、乗り込んできた。あわよくば破壊をと思ってみたが、兵器どころか何もない。唯一あったのは、この水晶……」

 スカーレットは感知する。今目の前にいる彼女の霊力が、水晶からも感じられる。数千数万の中にあるためかすかにだが、たしかに霊力を感じ取った。

「おまえ、名前をなんという?」

「目的が同じなら名乗るとでも思ったか? 安易な考えだ」

「そうか? 私は、スカーレット・アッシュベルだ」

「?!」

 彼女は――ディアナ・クロスは驚愕した。何せ初めて、母の姿を見たのだから。

 自分と質が同じでも、色がまったく違う長髪。スラリと高い背丈。モデルのようなプロポーション。緋色の槍を持つその姿は、まさに圧巻。想像していた母親像とは、まるでかけ離れた存在だった。

「さて、これでおまえも名乗ってくれるな? あぁ、サインはよしてくれ。表舞台に出るつもりは、これっぽっちもないんだ」

「……ディア。ディア・ケットだ」

「そうか。ではディア、おまえは回復し次第目当ての兵器を探せ。私はこの水晶を破壊する」

「カッコいいこと言ってるけど、無理よスカーレット。この水晶、霊力のすべてを吸収するみたい。今さっきのあなたとディアの戦いで生じた霊力も、ペロリと平らげちゃったわ」

「なら、霊力なしで破壊するまでだ」

 だが、今の戦闘で生じた霊力をもう吸収したのか? 大食漢なのは見事だが、これではこの神が復活するだけの霊力など、途方もない……?!

 スカーレットは気付く――いや、推測したと言った方が近いか。ここがどこで、どうやって霊力を吸収しているのか。そしてその手段も、成就するのがいつなのかも、察することができた。

 すぐにでも外へ出て、ミーリに伝えなければならない。

「“拠点移動ユニット・テレポート”……?」

 転移の霊術が使えない。いや、発動を掻き消された。水晶が、発動に必要な霊力を吸い取ってしまったのだ。

 だがおかしい。今さっきまで、ここまでの吸収力はなかったはずだ。よく見てみると、水晶を固定している機会が起動していた。それが霊力の吸収を強くしたのは間違いない。しかし誰が……?

「スカーレット・アッシュベル、まさかあなたがここに来られるとは思いませんでしたよ」

 不意に聞こえた、この場にいないはずの老人の声。だが塞がれた入り口のところを見てみると、そこにはたしかに老人がいた。対神学園・アンデルス学園長、クリス・ハンスだ。

「その声はクリスの小僧か? 随分と老けたじゃないか」

「あなたはお変わりないようで。昔のようにお美しい」

「貴様とは付き合わんぞ? 今は弟子を育てるので忙しい故な」

「それは残念。ですが私も、あなたとそのような関係になるつもりはありませんよ。あなたにはここで、死んでいただく」

 塞がれた入り口をこじ開けて出てきた、数台の人型ロボット。その胸には背後の巨大水晶と同じ色の石が埋め込まれていて、怪しく光っていた。

「その石は霊力を吸い、後ろの水晶に送り込みます。あなたほどの霊力ならきっと彼女も再起動できるでしょう」

「再起動? 小僧、何を企んでいる!」

「すべてはこの世界から、憎き神々を葬りさるために……!」

 アリスとティア、もう一人も戦闘態勢に入る。だがスカーレットは槍を構え、三人を制止した。

「おまえ達は戦うな。霊力を持っていかれては、このあとミーリの役に立てん。スキを見てここを抜け出せ! ティア、ディアを連れて行け! ここを出たら、あとは自分の脚で歩けるだろう。ディア! おまえはこのことを滅神者スレイヤーの頑固にでも教えてやれ! いいか、的確に確実に伝えるんだぞ!」

「あ、あぁ」

「うぅ!」

 ティアはその背に翼を生やし、ディアナの襟をくわえる。そしてスカーレットが槍を引いたのを見計らって、勢いよく飛び上がった。

「“雷の投擲”!!!」

 緋色の閃光が光る。だがその光も、攻撃力を削がれ吸収されてしまう。だがそれは大きなスキで、ティア達はクリスの真横を通り過ぎて通過していった。

 だがクリスも逃がしはしない。ステッキを持ち上げて追撃しようとする。だがその腕をスカーレットは斬り落とし、さらに微塵に斬り刻んだ。

「やらせはせんぞ、小僧」

「おのれ……!」

 さて、ここまではいいが……アンデルスの対神兵器か。槍だけでどこまで戦えるか……おもしろい。

「存分に、戦おうではないか!」

 スカーレットと槍が舞う。緋色の光を宿しながら戦うスカーレットの感情は今、戦いとはまるで別の方向にあった。

 あの彼女、ディアに一言言っておきたかった。母親を舐めるなよ、と。

 大きくなったな、ディアナ。


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