ケイオス前日
七つの対神学園の生徒達が、遠くのシティに来る術は主に一つ。機関車である。故にこの時期この期間のみ、機関車は台車の数を増やす。だがそれでも、乗車率八〇パーセントは下らない。
そんなギュウギュウ詰めの車内からようやく解放されて、
「先輩、やっぱり私が押しましょうか。気になってしまいます」
「いいのですよ。これはぺルシスの仕事ですから」
元対神学園・ラグナロク五年、アンドロシウス。
今年の春まで学園最強の七人、
現在は車椅子での生活で、パートナーである男の
そして、今回は是非ともケイオスを見たいということで、空虚も一緒になって連れて来た次第である。
「でもやっぱり人が多いですね、シティは。同じ東の大陸とは思えないくらい」
「人口も最大の都市ですから。それより先輩、早くホテルに向かってしまいましょう」
「フフ、そうですね。ではぺルシス、お願いします」
「イエス、マイレディ」
アンドロシウスとは何度か一緒になったことのある空虚だったが、ぺルシスとここまで近くなったのは初めてだった。彼は集会のとき以外はいつもアンドロシウスの後ろにいる紳士だったが、彼が他の人と会話することは、滅多になかったのである。
故に今この瞬間、初めて彼の声を聞いたような気がした。
「のぉのぉ! 空虚! アイスだぞ、アイス! 買うだろう!? 買うべきだろう!? な! な!」
「主、
「わかったわかった、後でな。まずはホテルに向かうぞ」
ケイオス開催期間はおよそ一週間。その間に学生達が取れるホテルはそれぞれ決まっている。
空虚達がチェックインしたのは、シティでも最高の五つ星ホテル。一部屋が三人でも持て余すくらいに広い。もっともケイオス参加者に用意されるホテルの部屋は、これの倍大きいらしいが。
戦は部屋に入ると速攻ベッドに飛び込み、そのフワフワ具合の中に溺れる。
「天、わしにもくれぇ」
「自分のお金で払ってくださいね。私は出しませんので」
「そんなこと言わないで出してくれぇ。わしはもう今月の小遣いを使い切った」
「まだ今月半分もあるんですよ? もっと無駄遣いをなくしてください」
「うぅ……」
結局、戦はアイスを取れない。だが優しい天の計らいで、一口だけ食べさせてもらった。その光景は少し、犬に餌付けしているようである。
そんな二人を置いて、空虚は一人自分達の部屋から二つ上の階の部屋にいった。今回参加が決まったラグナロク代表、ミーリ・ウートガルドに会うためだ。
先日から何度も電話しているのだが、まったく出てくれない。もしかしてもう部屋にいるのではないかと思って行ってみたが、残念ながらまだ誰も部屋にはいなかった。
後輩で彼の弟子である
その途中、階段で空虚はオルアと会う。結局電話は繋がらず、生徒証をしまった。
「ウツロ、来てたのか」
「あぁ、今来たところだ。アンドロシウス先輩も来ているぞ?」
「あぁ、先輩とはさっき会った。元気そうで何よりだ」
「どうだ調子は。一番近くて明後日試合になるが」
「トーナメントは回戦ごとに組む相手を決めるから、明後日になるかはわからないが。だが問題ない。明後日でも充分に戦える」
「そうか。それはいいことを聞いた」
「ウツロ、おまえが聞きたいのは、ミーリ・ウートガルドの居場所じゃないのか?」
「こ、コラ! リエン!」
図星だった。リエンと話していれば少しは紛れるかと思ったが、そうでもなかった。まさかたった二ヶ月会わないだけで、こうなるとは思っていなかった。
実際二学期が始まったら会えると思っていた節はあるし、会えないとなると心配でたまらなかった。今もそうである。
そこを今一瞬で見抜かれたことが、相当に恥ずかしかった。
「おまえは何も聞いていないのか……?」
「あぁ。一体どこで何をやっているのやら。対抗戦が始まってしまうまえに、言っておきたいことがあったんだが」
「それって……こ、告白か?」
今度はリエンが頬を紅潮させる。
少し前のことになるが、吸血鬼ブラドの討伐メンバー選抜戦で二人は戦い、リエンが勝利した。そのときの賭けで、空虚はリエンよりも先にミーリに告白することになっていたのである。
もっともこの賭けは、修学旅行でリエンがミーリに話の流れから好意を伝えた時点で、成立していないのだが。リエンはそこを思って、赤面していた。
「な、何を言う。安心しろ、ウツロ。おまえが告白するまで、私は待つ。そもそもいつ、おまえは告白するんだ」
「それは……だな」
いつかミーリをその手で守ったとき。そう本人と約束した。ミーリには、聞いてほしい話があるとしか言っていないが。そしてその約束は、まだ果たせていなかった。
もっとも、学園最強であるミーリを守れるとなれば、果たしていつになるのやらわかったものではないが。
「と、とにかくいつかはちゃんとする。それまで待ってほしい……約束をしてしまったんだ、ミーリと」
「……まぁ、構わない。だが、在学中には頼むぞ。私も告白したい。そして願わくば、学生の特権を使ってイチャイチャしたい」
「そ、それは私も同じだ!」
「なら、早めに告白してしまうことだな」
余裕を見せつけられている空虚と、実は余裕などないのに見せつけているリエン。二人の戦いはケイオスよりも早く、開戦していた。
そんな女の戦いなど知らないが、今ホテルにまた、ミーリに好意を寄せる女子が到着する。オルア・ファブニルだ。
これが今回泊まるホテル……? 大きいなぁ……こんな建物、どうやって建てたんだろ。
元は三〇〇年前に生きていた聖女。昔とは比べ物にならない建築技術に、オルアは感心していた。さらにいえば、昔はホテルなんてものもない。だから修学旅行に行った際は、初のホテルにちょっと感動したりもしていたわけである。
そんなオルアも無事にチェックインを済ませて、自分の部屋に行く。そこはアンドロシウスの部屋の隣で、行くと部屋の前でアンドロシウスと対面した。
「アンドロシウス先輩!」
「ファブニルさん、お久し振りです」
「お久し振りです! 来てたんですね! どうですか、調子は」
「えぇ、だいぶよくなりました。ファブニルさんは……絶好調みたいですね」
「はい。なんだったらミーリくんの代わりに、僕が出ようかなってくらいです」
「まぁ」
オルアの成長はこのところ好調だった。夏休みにミーリの師匠の下で修業してから、その後の自主トレーニングでメキメキと力を付けていた。もし神様討伐が可能だったなら、彼女が何体討伐したかわからない。
そんなオルアですら、今年の代表には選ばれなかった。元々学園最強の呼び声高いミーリは当然だが、リエンが選ばれたのは、オルア以上の成長が見られたからに違いない。神霊武装を一つ獲得したことといい、リエンの成長もまた、計り知れないものであった。
アンドロシウスはオルアを自分の部屋に入れる。パートナーのぺルシスが客が来るのをわかっていたかのように、お茶を入れていた。初めてのぺルシスに、オルアもまたちょっと緊張する。
「ファブニルさんは、たしかミョルニル出身でしたね。今回出場されるのはお友達ですか?」
「僕のことをすっごく気にかけてくれて……二人とも、とてもいい先輩でした。最初、あぁこんな先輩になりたいなぁって思ったくらいで」
「フフ、じゃあファブニルさんとしては、先輩も応援したいわけですか」
「えぇまぁ。でも今僕はラグナロクの生徒ですから、先輩達もそうですけど、ミーリくんとリエンのことを応援しますよ」
「そう。ただ、ウートガルドくんは……来るかどうかわからないですけどね」
そう、ミーリは来るかどうかわからない。それは、今まだ到着していないからというのもあったが、何より助長しているのが前回――去年の結果である。
ミーリは代表の一角に選ばれたものの、だるい、眠たい、面倒くさいの三重苦を理由にしてすっぽかし、その年の開催地にすら来なかったのである。そして結局不戦敗。ロンゴミアントもケイオスにまったく興味が無くて、一緒に寝ていたのだそう。
そのことはあとで学園長に怒られるかと思えば笑って済まされ、不問。他の生徒達も文句を言ったのだが、相手が学園最強では敵うはずもなく、結果一週間後には、誰も何も言わなくなったのだった。
ただやはり、学園最強として学園を背負って戦ってほしいし、学園に多くいるミーリファンとしても、彼の活躍を見たいところ。だから今年は、ミーリの出場をみんな心待ちにしていた。
「去年は本当、ウートガルドくんのファンの子が泣きだしちゃって、大変でした。リエン達風紀委員が、一番頑張ったときだったでしょう」
「今年は来ますかね、ミーリくん」
「さぁ。でも、彼も色々背負ってるみたいですから。だから私は、また彼が出なくても、何も言いません。表に出たくない人だって、いるんだから」
「……そうですね」
その頃、九年前までは最高位貴族、ウートガルド家のもので、今となっては三柱スカーレットの家である森の中の城。
スカーレットの一番弟子、エリエステル・マインが、壊れたTVを叩いていた。
「おっかしいわねぇ……さっきまで点いてたのに」
「電波の繋がりが悪いからって、お嬢が何度も叩くからですよ」
洗濯を終えたエリエステルのパートナー、リール・マナが座る。その隣でもう一人のパートナー、ルイド・アンガスがリンゴを食べていた。
「師匠のことだから、どうせ捨てられてたのを拾ってきたんでしょうけど。さすがにこれは……」
ルイドがスクッと立ち上がり、そしてTVの前に出る。そして大きく振りかぶり、若干斜めに手刀を繰り出した。
すると、TVが正常に動き出した。
「おぉ! ありがとね! ルイド!」
寡黙な仕事人、ルイドはまた座る。そんなルイドのことが、リールはちょっと好きであった。
「さてさて、どうなってるかなぁ」
ケイオスの舞台、
「あぁ! また壊れたぁぁっ!!」
「……何事ですか」
「さぁ」
「何か壊れたようですよ」
一二人誰一人として、TVが壊れたんだと察することができたのはいなかった。
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