ケムの流刑地
ケィンベルによると、もうここは既に一本峠に入っていて、レクテルナルの丘陵に入るのに、通常の天候なら一日内の距離にあるのだという。
それでも三人は、二晩を木立ちの影で過ごさねばならなかった。化け物の群れを見ることはもうなくなったが、一度、よく育った木の幹ほどの大きさの足跡が、レクテルナルの方へ続いているのを見つけた。数はわからなかった。
あの化け物もレクテルナルを越えたのだろうか、とミジンコは思った。そして何処へ行ったのだろうと。
妖怪の群れについては、二人の騎士は何も知らなかった。「ミジンコ殿。それより、青ヒヨコの群れは私も見たかったですなあ。ケルンルナにあのような話を聞くまで私は全く知りませんでした。可愛い雛は、もう青い花の谷へ着いたのでしょうかな」
翌日の午前中、レクテルナルへの上りにちょうど差しかかる所で、ケクックが追いついた。顔も姿もほとんど見えないほど雪は激しかった。ケクックの、兜に収まりきらない髭が氷柱のようになって垂れ下がっていた。
「ともかく、無事再会できてよかったですじゃ。レクテルナルも雪で埋もれてはおらん」
「もう一人来ているのは誰だ? ミーミケクか? ケルンルナはどうした」
「いえ違います。これは関所の騎兵隊長レシテルです。我々の許可が下りた時、彼も付き従うことになったのです」
男は鋼の甲冑をずっぷりとかぶり全く顔も見えなかった。ミジンコは何となく心安くなかった。もしや王あるいは近臣の誰かが見張りに付けたのではあるまい、との思いも頭をよぎった。ともかく、最年長のケクックがレクテルナルの前に追いついてくれたのは有り難かった。ミーミケクとケルンルナは、馬がまたすぐに弱って遅れているということだった。
レクテルナルの道は狭く、絶壁の下は両側とも深い峡谷だった。幸い、行く手を遮るほどの積雪はなかった。しかし足は膝の下までが雪に埋もれてしまい、吹き付けてくる峠の吹雪は凄まじかった。ここへ来るともう馬は荷馬としての役割しか果たしていなかったが、二頭がすぐに力尽きてしまった。
「通例なら、二日でこの急峻な峠は終わり、その後間もなく町に入りますが、この風雪ではちょっとどれくらい掛かるか見当がつきませんわ。途中で雪かき、は勘弁してもらいたいですがな。まあ、少なくとも倍は掛かると見ておけばよろしいでしょう」
ケクックが昼食の時そう言ってから、その日はもう喋る者はなかった。休む時は、風を凌ぐ物もないので、馬も一緒になって円陣を組むように丸くなるしかなかった。食事は干し肉と水のみだった。
レクテルナルへ入って二日目、何事もなく一行は進んでいたが、この吹雪の中にいるということ自体が、常に敵の攻撃に見舞われていると言ってよいほどだった。
「しかし、どうやらもう半ばも過ぎているようですぞ。皆の衆よ、ちょうど今歩いておるこの下あたりが、ケムの流刑地になります。そして隔たったあちらの絶壁を見なさい。動いて崖から踏み外すな!」
一同が一度歩みを止めて、ケクックに言われたよう吹雪の中目を凝らして見ると、遥か隔たって孤立する断崖の中ほどに、確かに幾つもの穴が見えた。
「あの穴にはちゃんと格子が付いていました。つまり、あの断崖が牢屋になっとったんです。囚人は毎日風に晒され、遥か足の下に地上の森とここを通って行く旅人を眺めて残りの一生を過ごす運命だったのです。しかしやがて囚人は、随分の者が牢獄から流れ落ちて、まだ取り残されている囚人はもうほとんどいないと聞きます。今では皆、骨になって彷徨っておるとか……。あの三十年前の中原大火の乱で捕らわれた反逆者どもです」
ケクックの語りを聞きながら、一行はまたゆっくり歩き出していた。流刑地はやがて後方に遠ざかっていった。
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