【非日常】宮雨才史【真性怪異ヴァンパイア:三】

 今日は楽しいクリスマス。

 と子供のようなことを言って見たりはするものの、実際はただの平日だ。

 サンタクロースからのプレゼントは中学に入った頃には既に貰えなくなっていたりして、台所を預かるうちの母親は別に季節のイベントに合わせたディナーを作ってみようとかいう洒落っ気の持ち合わせもない訳で、聖夜を感じさせるようなあれやこれやは俺の家には存在しない。テレビのコマーシャルがおめでたそうに流してる、遠い世界のイベントだ。デートする彼女もいないしな!

 そもそも平日ということは、まだまだ学校もある訳で、本当にやることは変わらない。

 憂鬱な気分で朝起きて、朝メシ食って、坂道をえっちらおっちら登って授業を受ける。

 飽きる程度に繰り返した、ただの日常の一頁。


 強いて違いを見つけるとなら、クラスメイトが一人だけ、休んでいたと言うことだろうか。


                    ◇


「あれ、飛倉おやすみ?」


 一限目が始まる前のスキマ時間、目にした事実をかがし相手に聞いてみた。

「んー、どしたんだろね。風邪でも引いたのかな?」

「風邪ねえ……そんな風には見えなかったけど」


 人の(……って言葉使っていいのかな俺ら)体調なんてものは簡単に崩れ揺れ動くものだけど、それでも昨日に元気な顔を見せてた奴が突然休むレベルになんてのは、ちょっと急すぎやしないかと思い。

 風邪以外の理由で急に体調を崩す理由、そいつで思い浮かぶのは、


「まさか二日酔い……」


 呟く。

 暴飲暴食祟るだろうしそういうこともあるだろう。

 というかあの狂乱の宴で後に何かが響かない、そっちの方が不思議な訳で。


 ……その不思議、ちょっと俺の周りに多すぎないか。


 なお、まおりさんは当然のように例外とする。


「クソジャリそういうことはもうちょっと場所を選んで口にしやがれ」


 そう考えていた頭を、突然後ろから掴まれた。


「にゃ、ぬわ、雅弾先生!?」


 雅弾灰弓がだん・はいゆみ。うちのクラスの担任教師。

 担当科目は現代国語。性格は大雑把で適当で暴言的と、教職にあるまじきキャラクター。

 しかし授業自体は解りやすいので、減点式ならアウトだが加点式ならそこそこ合格。

 ついでに年齢は四捨五入の四捨して三十路で当然未婚のそんな人間。


「あたたたた耳引っ張らないでくださいせんせ、いたたたた」

「こちらも教師なんでさー、生徒が未成年飲酒とかやってるの見かけたらお説教と反省文要求せなならんのだよ。リカイってるかこのヤロー」

「いたたたた解りました解りました」


 答える。

 痛みの叫びをあげながら。


「だけど指導とか面倒だから聞かなかったことにすんので以後アタシ以外に聞かれないように気をつけろクソジャリ」

「うたたたたそうしますそうします離してください」


 最後に一発、とばかりにびぃん、と引っ張って、やっと痛みから解放された。

 耳を引っ張られるの、人間だった時と感覚が違うんでかなり苦手なんだよな……。


「つーか多分クリスマスとかその辺で浮かれやがってんなガキ共めコンチクショウ。

 ああっ刀黄とうき(俺注:雅弾先生の弟。そこそこ年齢が離れていてイケメンらしい)っ、今年のクリスマスプレゼントはお姉ちゃんだよっってやろうとしたら出張だとかそんな酷いことがこの世にあるかよあぁん刀黄ぃ、お姉ちゃんの思いはいつになったら届くのカナーっ!」


「また出たね雅弾先生の悪い癖……」

「婚期に飢えるどころか近親に飢えてるからコメントに困るんだよね……」

「この人教職にしておいて本当に大丈夫? 悪い大人の見本じゃない?」

「理想的な反面教師だな」


 クラスのあちこちから聞こえるひそひそ声。


「前々から思っていたけど、雅弾先生って宮雨と芸風似てるよね」

「どういうことじゃ鮎川ぁ!」

「まって先生キレるのそこですか!?」


 俺のツッコミも届かず、先生は鮎川の方へすっ飛んでいく。

 それはそれとして離れてくれたので、俺はかがしとの話を再開。


「剣月さんがアルコール抜いてくれたし、二日酔いはないんじゃないかなあ」

「まあまおりさんのことだしなあ……その辺抜かるとは確かに思わんか。

 ……むしろ休んだの剣月のせいじゃね? あの後聖夜テンションで盛り上がりすぎて、ついつい立てないぐらいに吸っちゃったとか」


「――へぇっ!」

「ひぃっ」


 振り返る。

 またいつの間にか背後に剣月が立っていた。というか無音で怖い!


「ちぎりのお休みは私のせいだって言いたいのかしら。宮雨くんのえっちー」

「えっちー」

「だからなんでかがしさんまで乗って来るんですかね!?

 ってかそのネタ前も聞いた気がするんですけど!?」

「だって宮雨エロ猫だし?」

「ぐおおおうやめろよ俺に人格攻撃ー。で、本当に違うのまおりさん?」


 正直妄想とそういう本だけで済ませている俺と比べて、実際にそういうことができる相手がいる剣月の方がエロス濃度は高い気がする。というかそうでないとこの世の理不尽。


「残念だけど違うわね。あの後挨拶もせずに帰っていっちゃった。

 記念に一緒に大人の階段を登ろうと思っていたのに」

「まおりさん数日前には年齢に見合った楽しみ方をするつもりとか言ってませんでしたか」


 俺だって登りたいわ大人の階段。


「最近知ったのだけど、この国の女の子は十六歳から結婚とか出来るらしいわねっ?」

「え、待って、そういう問題なの?」


 未成年の頃には親の同意が必要です! です!

 てかこの国って表現してるけど、まおりさん結局アナタどこの国の人なの!?


 それはそうと。


「剣月が原因でもないってことは、まさか本当にただの風邪……?」


 冬場は体調崩しやすいし、おかしなことではないのだろう。


「しかし吸血鬼が風邪引いた、ねえ」


 呟く。

 吸血鬼だろうと人蛇だろうと、所詮は変異した人間にすぎないのだから、急に免疫強化健全健康、お腹出して寝てもピンピンしてます、みたいな生き物にはなりはしないと、知識の上では解っているが。

 幻想の住人ならざる事は、やっぱり少しもどかしい。


「もしそうだとしたら、お見舞いとか行っといた方がいいんかね」


 何とは無しに呟いたそれに、


「私が行くわ」


 心なしか強い声で、剣月まおりはそう返した。


                    ◇


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