【日常】鮎川羽龍【ペットの話】
今日も今日とて、午前が終わって午後が来る。
本日午前最後の授業である現代国語は山月記。有名な短編小説の授業は
そして午前の授業の終わりといえば、生徒待望昼休みの時間である。
基本的には適当に登校がてらにその辺のコンビニで買ってきたお弁当を食べて、その後やることもないので午後の授業が始まるまで机でのんだりと仮眠を取るのがぼくの普段のスケジュールだが、
「どっこいしょっと」
それを最近邪魔する奴らがここにいる。
「――今日も来るんだね宮雨」
「おーう、勿論かがしさんや委員長も手ぇ洗ってから来るってさー」
この前の食堂大爆発事件以降、宮雨たちは集まって弁当を食べることに俄かにはまりだしたらしい。一人で食べるよりみんなの方が楽しいよねとは
◇
「そーいやさー
適当にお弁当の時間も進んできたあたり。今日も重箱をつつきながら二段目に入った名賀さんが、ぼくの名前を呼んできた。他の二人じゃなくてぼくが名指しされるような興味引くこと、最近どっかでしたっけなぁと記憶を探りに入ったところで、
「今度ワンちゃん触りに行ってもいいかなあ?」
投げつけられた爆弾に、ご飯を吐き出しかけそうになった。
まだ覚えてたのかあの夜のことをと思い出しながら、横目で委員長の方を見る。
焼肉を口からはみ出させたその顔は語る。
――どどどどうしましょう鮎川くん、と。
「え、なになに犬飼ってんの鮎川? なんかキャラ的に意外なんだけど」
「どうしてそこでいきなり食いついて来るのかな宮雨。
……あのね名賀さん。この前も言ったけど、あれは親戚の旅行中に預かってたものだから」
「えー。でもこの前の週末にも散歩させてたの見たよ私」
また見られてたのかと自分のルート選択にショックを受ける。
しかし最近は隣町での殺人事件とか色々物騒なのに普通に夜出歩いてるんだなと自分の事を棚に上げて心配をしてみたりもしよう。まあ好き好んで体長七メートルの人蛇だとか、体高一メートル近い狼を引き連れたのとかを襲うような奴もそうはいないだろうか。うん。
「ダメなものはダメだよ、名賀さん」
「そんな言い方してあんなことやこんなことを独り占めするつもりだなー?」
「な、名賀さんあんなことやこんなことって」
「ほっぺたぺろぺろ舐めさせたり!」
「わふんっ」
「投げたボールを取ってきたところをいい子いい子とナデナデしたり!」
「きゃいんっ」
「待てで思いっきり焦らした後にがっつく姿を見て優越感を抱いてみたり!」
「わんにゃー!」
名賀さんの語るペットの扱いに、どうしてだかダメージを受けている委員長。
聞いたところによると人間はとても可愛いものを見ると心にショックを受けるらしい。
宮雨曰くそれを「萌え」と言う。現代の若人たちはその萌えにとても弱いと聞くのだが、彼女もそれが心に突き刺さったのだろうか。ぼくにはよくわからないけれど。
「あああ鮎川くん鮎川くん鮎川くん鮎川くんっ!」
「はいはい、落ち着こうね委員長、どうどう」
顔を真っ赤にしてこっちの方を熱く見つめる委員長。
下顎を撫でてみると、委員長は急に体をびくんっと跳ねさせて、そのまま机に倒れこむ。
「わんにゃー」
「うっわ糖度高いなあ」
「これがイケメンにだけ許されるナデポか……」
「あの、一体何を言ってるのかなそこのお二人さん」
◇
「それにしてもペットかー。俺も結構憧れるんだけど無理なんだよなあ」
委員長が回復した後、宮雨がウインナーを齧りながらひとりごちた。
「無理ですか? マンション住まいとか?」
「いーや宮雨普通の一軒家だったはずだけど。どしたん?」
「金と時間の余裕がない」
「あー……」
とても現実的かつ生々しい理由で、教室の角っこに漂う世知辛オーラ。
オカルトの病の時代ではあるけれど、ぼくたちが生きているのは残念な事に現実社会だ。その辺の問題は、一般市民にはやっぱり如何ともしがたいわけで。
「うちの親普通のサラリーマンだし弟いるし、この上ペットの餌とか世話とか多分無理だろうなーって思うわけですよ残念ながら」
「んじゃーさー、宮雨もしも飼うなら何がいい訳? 犬? 猫?」
「猫が犬とか猫とか飼うって色々アレじゃん? ビジュアル的に」
言われてみてイメージする。
猫耳がついた少年と戯れる犬とか猫とか。
想像の中の宮雨の視線はいやらしく、動物たちを舐め回すように見つめていて、
「……ケモナー?」
「だからケモナーと獣耳フェチを一緒にすんな俺はどっちかってーと後者だっつーの」
「どっちかというと?」
「すいません完全後者です言葉尻に揚げ足取らないでください鮎川さん」
「へえー、頭になにかオプション付いてる子の方がいいんだ宮雨ー」
「何を怒ってるのかわかりませんが急に睨んでくるのは止めてくださいかがしさん!」
「あ、鮎川くんは獣な女の子とか好きですかっ!?」
「うんうん、ちょっと落ち着こうか委員長」
そもそも獣率何%のつもりで言ってるのか。委員長の狼姿の場合一〇〇%だけどひょっとして慣れれば調節とかできるんだろうか。今度あいつに聞いてみよう。
「話戻すけど、ペットにするなら兎かな、ラビットぴょんぴょん。寂しいと死んじゃうってあたりが庇護欲そそる生態だぜ」
「あれ俗説だけどね」
「いきなり夢を壊すのやめろよ鮎川ー。そのぐらい流石に解ってるけどさー。アイドルの公称体重とかを嘘だとわかっても信じてやるみたいな心持ちで行こうぜなあー」
「ごめん、芸能人とかあんまり興味ないからその例えよく解んない」
「もー、鮎川はもー。
それはそれとしておいて、やっぱ甘えてくるペットっていいと思うんだよ。家に帰ったら誰かが出迎えてくれるという喜びというか? 一人じゃないっていう安心感ってか?」
「はあ」
言われ、ぼくの家の居候のことを思い出す。
あの人魚姫は基本的に水槽の中かパソコンの前かどっちかが定位置だ。ぼくを迎えに出てくるときは大抵頼んだ買い物を期待している時ぐらいで、可愛げがあるかというと正直あんまりというのが実感だったり。そもそも車椅子の相手にそんな頻繁に動けというのも酷なのかもしれないけれど。
一方、あんまり気乗りがしてないぼくと違って、委員長は何か感じるものがあったようで、両手をぐっと握りしめ、
「そうですよね! いいですよねお出迎えシチュエーション! 憧れですよね!」
「おお、解ってくれるか委員長! フフフ実際に試すときは裸にエプロンとかオススメだぜ、きっと相手はイチコロだ! 主にそのおっぱいに」
「エプロンですか? ……ちょっとそれは難しいかなあ」
唇に指を当てて考え込む委員長。
その隣で宮雨は名賀さんの蛇体に絡まれていて、
「ぎーにゃーダメかがしさんそれはダメお腹がシェイプアップされてボンキュッボンボディになっちゃう俺えええええええ!」
「セクハラ発言はやめろって何度も言ってるよねこのエロ猫がぁぁぁ!」
うん。南無。
◇
「――へえっ! 今日も面白そうな話してるのね!」
宮雨が解放された後。
今日もまたもや
「剣月さんは何かペットとか飼ってるんですか?」
「そうね……可愛い子猫ちゃんを一匹かしら」
猫。割と無難な答えが返ってきた。
剣月まおりは吸血鬼だ。それも私生活が謎に満ちていて色々と大げさな噂が山ほど囁かれているキャラクターだ。ペットとして飼っているのが蝙蝠だとか狼だとか、下手をしたら二足歩行の羊だとか、そんなものが出てきたとしても不思議じゃないような扱いをされているクラスメイトだ。だから無難な答えはむしろ意外になる部類で。
「ほうほう。猫ちゃんですか。ちょっと可愛いとこ語ってみたりしてみない?」
「んーっ、顎の下とか撫でてあげると、切なく甘い鳴き声をあげてくれるわね」
「ふむふむ」
「ちょっとお預けしてみたときの物欲しそうな目線とか、思わず食べちゃいたくなるわ」
「んっ?」
「力を入れすぎて痛くしちゃった時に潤んだ目でこっちを見上げてくるのは胸に来るし」
「ウェイト、」
「この前もベッドの上で可愛い姿をたっぷり見せてもらっちゃったわっ」
「ってそれ、タチネコ的な意味でのネコじゃねーか!」
「そうよ?」
全く恥じ入るそぶりなくしれっと言ってのける剣月さん。
ふと視線を遠くに向けると、飛倉さんが頬を押さえていやんいやんとくねくねしてた。
すごいなーカップルのノロケ話ー。
「というかベッドの上でってアナタたちそこまで関係すすんじゃってるんです? インモラルでR18な世界なんです?」
「あら、人の閨事情を聞こうだなんてエッチね宮雨くん」
「宮雨のエッチー」
「えっちー」
「不潔です」
「ちょ、まってかがしはともかくなんで鮎川と委員長まで追撃してくる訳!?
誤解だこれはただの好奇心といいますか!」
狼狽える宮雨を見ながら、剣月さんはくすりと微笑んで、
「そこまではやってないわよ。血の交換だけ。本当に大事なものは、最後の最後までとっておかなきゃ、ね?」
「おおー、アダルティー……」
それに、
「私たちはまだ学生ですもの。年代に合った楽しみ方をしなくちゃ、ね?」
◇
「で、そんな会話があったわけだよ」
帰宅後。珍しく玄関に出迎えに来ていた
「へえ。鮎川くんが外の話をするなんて珍しいじゃないか。ひょっとしてアレかい? 正式にペットを飼いたいからボクをノせてここで許可を取ろうとかそういうことかい?」
「いや別に特に深い意味はないけど」
「あらそうかい残念だ。自分の住処の中に明確な自分以下の存在を作っておくというのは人間にとっての解りやすい精神安定法の一つだしね、鮎川くんもまさかそんなものに頼らないといけないぐらいに社会生活で疲れていたのかと心配していたが、くくっ、杞憂だったようだね」
「ペットの話でよくそこまで悪意的に考えられるね、憂里」
「くくく、憂里本家というのはそういう場所だったからね。まあ育ち的に人間不信になるのも仕方ない少女の戯言だと思って聞き流してくれよ鮎川くん」
そう言われたところで、そもそもぼくは憂里の実家のことを詳しく知らない訳なのだが。
解っているのはせいぜいが相当なお嬢様だったのであろうということぐらいで、時々披露する無意味に深い知識、たまに見せる役不足に優雅な身振り、それらが本来の育ちの良さを本当に無駄に表現している。
それがどうしてぼくの家なんかで高等遊民になっているんだか。
「どうでもいいけどさっきまでの話を総括したら、鮎川くんはボクに毎日出迎えてほしいってことになるのかい? それも裸エプロンで」
「何故そういう話になるのかな」
「買ってきてくれるというのならボクを毎晩着せ替え人形にしてくれたっていいんだぜ? 自分から着替えるのは面倒だからごめんだけど」
「人の話を聞こうよ憂里」
ため息をついて、ぼくは巫山戯た冗談をいう憂里の車椅子を押していく。
リビングに続くドアを横に開いたところで、ふと思い出したように憂里が言った。
「ああそうだ、言い忘れていたけど電話があったよ――彼からね」
「――そう。内容は」
「そろそろ非日常がやってくる時期だろうから、用心しておきなよってさ」
「本っ当。どの口で言うかなあ、あの男は」
もう一度ため息をついて嫌な顔をするぼくを見て、憂里は犯しそうにまた嗤う。
不吉な予言。非日常の到来。あいつがそうと言うのなら、多分そいつは絶対だ。
嫌だなあと思う。面倒だなと思う。来てほしくないと心底願ってみているつもりだけど、
「――偽物だよなあ」
どうせ逃げられはしないのだと、既にぼくは諦めているんだから。
明日も今日と似たような一日でありますようにと、祈るぐらいが精一杯で。
叶いはしないと、心のうちでは解っているのに。
◇
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