第76話 小心王 ポッキー尾形 2/2
翌日。
予定通り幽助と螢子、俺と氷雨で予算委員会の会議に出席する。
一年生、二年生、三年生の男女たち。朝礼などでは見慣れてはいたが、こうして一つの教室に入っていると、またいつもとは違って見えるな。
見渡していると気付いた。仕方ない、仕方ないんだ…。だって今回の話のタイトルにもなってるんだもん。「ポ」の付くやつが、こっちをガン見していた。
目が合うと、「ポ」の付く人は気持ち悪い薄ら笑いを浮かべて近づいてくる。
「あれ、あれえ、偶然ですねえ! 碓氷氷雨のカレシさんじゃないですかあ!」
う、ウゼえ。方針変えてきやがった! カレシの俺と仲良くする、みたいな浅い思惑が透けて見える。
「ポッキーか。お前も文化祭委員か?」
「そうです! いやあ、余、まさかとは思ったんですけどね! まさかほんとにカレシさんと碓氷氷雨とはっ! 偶然って、あるんですねえ!」
「うん、うん、あのさあ、もういいから落ち着けよ。なんか俺、すごい今泣きたいんだよね」
情けなさすぎて逆に笑えてくるとか、ほんとにある感情なんだな。
「カレシさんと碓氷氷雨は学級委員長でしょ! って事は残りのお二人は文化祭委員? よっ、ご学友! お二人とも利発なお顔立ちしてますもんねえ!」
分かった。今気付いた。こいつ、緊張し過ぎて氷雨に話しかけられないんだ。
あぁ、恋って人をこうしちゃうのか。俺も気を付けよう。
「おい、ポッキー」
「はい!」
氷雨が話しかけるが、ポッキーは微妙に斜めを向いている。たまにこういう大人いるな。
「意識し過ぎだ。こっちまでしんどくなる。言いたくはないが、別に私は貴様みたいなやつは嫌いじゃない。いいから落ち着いて普通に喋れ」
氷雨、冷静だな。まあ、めっちゃ鬱陶しいが、悪いやつじゃないのは分かる。氷雨はそこを汲んでいるのだろう。
「んっ! うぅん! ロードっと! うん、もう大丈夫だ! それで氷雨は、目薬はなにつかってんの!」
「呼び捨てだし、質問もショボいな」螢子が思わずツッコむ。
「スマイル40だ」
「え、マジで! 余はロート派なんだけど、使い心地どう!」
「広げるんだ、その話…」螢子泣く。
「あぁ、涙が出てくる…」幽助泣く。
なんか、ヤベえ。だんだん可愛くなってきた。
「ポッキー、こっち来い。俺と氷雨のあいだに座れ」
「か、カレシさん! いいんですか!」
「ああ、いいよいいよ。遠慮しないで来な。それからリラックスね」
なんか俺、滅茶滅茶優しくなってるな。
「それじゃあ失礼してっ、と! カレシさん、今さらですがお名前は!」
「麻生将だ。前も言ったが、実家は餃子屋さんをしている」
「ステキなお名前ですねえ! 『あ』と『そう』のあいだにちっさい『ぬ』を入れたいくらいですよ!」
「いや、何でだ!」
何はともあれ会議が始まる。
三年の生徒会長と、二年の副生徒会長が場を仕切る。それぞれ二人いる書記と会計の四人が議事録や庶務を担当している。
最初は穏やかに始まった会議だったが、議論が白熱するにつれて、各クラスの代表たちが己の利権を声高に叫び、紛糾状態だ。
今教室は、国会の本会議くらいヤジと罵声が飛び交っている。
「我がクラスの…」「我々3-Eは…」「それを言うなら我らも…」
我って言い過ぎだろ。なんかあるよな、そういう謎の常識みたいなの。
その時、副生徒会長が立ち上がり、声を大にする。
「静粛にっ!」
場が静まり返る。ほう、エーテルの展開なしで、ここまでの圧か。俺は副会長を見る。
少しきつそうな顔立ちに、すっ、と透き通るような瞳が、クワバタオハラのクワバタみたいなメガネの奥で力を宿す。ちなみにクワバタの下の名前はりえだ。黒のショートポニーテールを後ろで結んでいるが、ポニーテールの中ほどから先にかけてはワインレッド。昔の相川七瀬みたいな髪色だ。生徒会の人間がその色はどうなんだろうと思うが、所詮はファンタジーコメディだからそう言う事もあるだろう。制服を着こなすその体は絶頂期のパリスヒルトンを思わせる。出るとこは出て、締まったところは人間か疑うレベルだ。声はシリアスな時の声優の水橋かおり、身長はシシドカフカ、匂いは小学校の同級生の黒田さんだ。
うむ、まあもう、これでいいや。
話を戻そう。その副会長の一声で、教室は沈黙に包まれている。
「私たちは人間だ。獣ではない。ならば尊重し合い、敬意をもって発言しろ。子どもの我儘など聞きたくない。その上で、意見があるなら発言を許可する」
切れ味抜群だな。ギャグの入り込む余地がない。浮かれ気分のモブたちが黙り込み、もはや会議って言うか通夜だ。
俺は手を上げる。
「女、本筋とは関係ないが、お前に言いたい事がある」
「いいだろう。言ってみろ」副会長が頷く。
「普通のナンと、バターナン、どっちが好きだ?」
「質問下手なやつ、ここにもいた!」螢子ツッコむ。
「本当に本筋と関係ないな。バターナンだ」
「答えちゃったよ…」氷雨が呟く。
「じゃあバターナンの中でも、アーモンドが入ってるやつと入ってないやつ、どっちが好きだ?」
「まだ行くんかいっ!」幽助ツッコむ。
「合わせるカレーによる。パラクパニールなどには普通のナン、チキンマサラなどのカレーにはアーモンド入りがお勧めだ」
「それは何故だ?」
「油分と辛さ、歯応えの違いだな。お前、なかなか勘の良い質問をするな。私は二年の副会長、
「麻生将だ。世界中にある全ての白いおパンティーを全部集めるのが俺の夢だ」
「オルタネイティブ計画より困難じゃないですか!」ポッキー、本邦初ツッコミ。
「それで、お前の話はそれだけか?」副会長言う。
「いや、聞いてくれ。この前、ウシの四つの胃袋の名前なんだっけと思って焼肉のサイトに行ったんだ。そしたら想像以上にグロい画像が出てきて気分が悪くなってしまったのだ。なんなら俺、進撃の巨人でもちょっと無理だな」
「案外ナイーブなんだな。ちなみにそれはミノか、ハチノスか、それとも…。あれ、四つ目がギアラで、三つ目なんだっけ?」
「センマイであるっ!」突如、ポッキーが吠える。
「そうだった。で、麻生将、以上か?」
「以上だ」
「ダーリン、何で発言したんだ…」
なんやかんやで会議も終わり、俺と氷雨、ポッキーは渡り廊下から下の景色を眺める。
中庭には、ダンスレッスンなのか、スポーツウェアで踊る学生の群れ。耳を澄ませば、居残りで文化祭準備をする生徒たちの笑い声。
「ポッキー。貴様のクラスは何をやるんだ?」
「うちですか? うちは射的ですね! コルクの弾で人形とかたおすやつ!」
「ふうん。銃の扱いなら私にも多少の心得がある。当日は遊びに行くかもしれないな」
「ええ! カレシさんと一緒にぜひどうぞっ!」
今ふと思ったんだが、たぶんポッキーは昨日、初めて俺が氷雨の恋人であることを知ったはずだ。そして俺をカレシさんと呼び、文化祭では一緒に来いという。
それって、どんな気持ちだ?
「おいポッキー?」
「はい!」
「悪いことは言わん。氷雨は諦めろ。お前は悪いやつじゃない。だから忠告する。俺は氷雨を離すつもりはない。もっと辛くなる前に別の恋を見つけろ」
そう言うと、ポッキーは作り笑いを消し、俺に正対する。
「麻生将! それは余には聞けぬ相談だ! 余は碓氷氷雨に恋をした! 劣情ではなく、余の物にしたいと思っている! 正直に言えば、今の余に勝ち目などないだろう! だがっ! 勝てぬから引くのか? 困難や障害が道を塞ぐなど、当然の事! 余にとって生きるとは、己を貫く事っ! 負け戦おおいに結構! 己に勝てぬと地に膝をつく時、余の疾走は終わるのだっ!」
演説が終わる。ポッキーは、にかっ、と笑いを浮かべ氷雨を見つめる。
氷雨は一度視線を落とし、そしてポッキーを見つめる。
「小心王、ポッキー尾形。貴様の覚悟は受け取った。やればできるではないか。正直、少し見違えたぞ。だが、私は、この身尽き果てるまでダーリンを、将を愛し続けると己に誓った。例えダーリンが誰とキスしようと、キスした相手をまた家に呼んで二人で飯を食おうとも、私には将しかいない。将の盾は私だっ! 将の剣は私だっ! 誰にも渡さんっ!」
氷雨が吠える。太陽が、沈もうとしている。
その夕日をポッキーは眺め、スキンヘッドの頭を、ぱしっと叩いた。
「碓氷氷雨! 惚れた女が、そなたで良かった!」
ポッキーの背中が遠ざかる。
影が、細く伸びる。
秋の空気はこんなにも人を切なくさせるんだ。
「氷雨」
「はい?」
「知ってたんだな」
「知っていたのだ」
「悪かった」
「私が誰かとキスをしていたらどう思う?」
「………」
「目の前にいる誰かじゃなくて、いつも私のことを一番に考えてよ…」
キスをした。こんなキスは、ズルいと思う。
抱きしめた氷雨の背が、細く震えている。
自分の物だと思っていたのか? 氷雨は俺を裏切らないと思っていたのか?
目の前にいる凛子が愛おしかった。目の前にいる麗美も愛おしかった。
氷雨がいなければ、付き合っていたかもしれない相手。
そうやっていつも、俺は氷雨を傷つけてきた。
唇を離す。
「氷雨」
「はい?」
「将来、遠い未来に、もし、その時まだお前が傍にいてくれるなら、結婚しよう」
「………、はい…」
安心が欲しかった。俺の揺れやすさも、氷雨の一途さも、全部、全部包み込むような安心が。
氷雨は俺の肩に触れ、声を上げて泣いた。
俺たちは若くて、弱くて、その弱さを、若さのせいにしている。
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