第20話 ウソツキ 2/2


 公園に着く。三十分ほど特に何もなく時間が過ぎる。その時、俺と凛子のスマホが鳴った。ラインのグループへの一斉送信。

「氷雨だ! あいつは駅ビルだったな。行くぞっ!」

 俺たちは駆け出す。駅の近くなら、俺たちのポイントは駅ビル前の立体駐車場。そこからなら繁華街は目の前だ。ゲーセン、カラオケ、ショッピングモールに雑貨屋やカフェ。クラスの奴らが集まりそうな場所はいくらでもある。

 その上で人目につかない場所。

「凛子。恐らく敵が出るなら駅の反対側だ」

「確かに。北側ならがくっと人通りが減るしな。でも裏に生徒が行きそうな場所ってあるか? あっちには病院くらいしかないぞ」

「少し遠いが川向こうにボーリング場がある。そうじゃなくても下宿や実家に帰る奴らもいるだろう。太一に提案してみる」

 ラインを送る。北側に氷雨を移動させて、太一とテルを繁華街側に来させれば時間のロスも少ない。

「私たちはどうする?」

「待機だ。例え北側が怪しくても確証はない。加えてパペットの射程距離の広さだ。ここで繁華街側に出現されたら後手後手だ。今は動く時じゃない」

「せめて私もチャームが使えたらな。キーマンが将一人ってのがじれったいよ」

 しばらく待っていると三人が配置についたとの連絡が入る。氷雨からは精霊の気配をロストしたとの連絡が入ったがこれは仕方ない。元々、召喚前の精霊の気配を、精霊魔法初心者のみなが掴める事自体が難しい。それに街を移動しているであろう精霊を三人で探すという作戦そのものがかなり無理やりだ。

 考えてみる。傀儡人形は、精霊魔法の中でもかなり射程距離の長い精霊だ。

 術者から離れても機能するだけの耐久性。熟練した者が使えば半径5キロメートルはいけるだろう。召喚が無意識だろうが意図的だろうがそこは変わらない。

 そうなると例え術者が北の端にいても、南の繁華街まで傀儡人形を発動できる。そこがやっかいだ。本来なら精霊魔法対峙のセオリーは術者の制圧だ。だが今回はそうもいかないらしい。

 いよいよその時が来た。

「テルが捕まえた。場所は駅の構内。どうするんだ?」

「突撃だ。お前は改札付近で陽動にかかれ。残りの三人が駅周辺から風紀委員を引っぺがす。ここからは独立遊撃スタンドアローンでどれだけ連携できるかだ。頼むぞ!」

「任せろ」

 改札を抜け、辺りを見渡す。ベンチに、見た事のあるモブの姿!

 精霊は、何処だ? エーテル探知魔法を展開する。視界の隅に、この場から離れようとするエーテルを纏った者の姿。

「待てっ!」

 追いかける。だが、速い。人の姿をした傀儡人形が線路を飛び越えた。次の瞬間、ホームに列車がなだれ込む。

「くそっ」

 あれだ。あれが今回の敵だ。だが列車はスローモーションのようにゆっくりとホームに身体を沈める。逃したか、だが、北側には氷雨。

標的ターゲット北へ。探知で追尾せよ』

 ラインを送ろうと思いながら追いかける。だが友だちが少ない俺は、走りながらラインを送るなどと言う高等テクニックを使えない。打つなら止まる。追いかけるなら追いかけるだけ。

 どちらも中途半端なまま、ただ標的の背を追いかける。

 一分くれ。ほんと、本気、一瞬ちょうだい。

 仕方ない。立ち止まる。

 よし、送信完了。当然標的は見失う。

 駅を出ようとする。改札が鳴る。

「すいません、お客さん。通り抜けだけは出来ないんですよ」駅員が言う。

「そんな事を言っている場合ではない。こうしている今にも妻が出産しそうなのだ」

「お前高校生だろ」

「お前こそドラマの14歳の母とか知らんのか。あれなんか中坊だ。今の若者は性的に乱れてるんだぞ」

「ネタが微妙に古いわ」

「じゃあ今は何が流行ってるんだ?」

「え、いや、あれだよ、真田丸とか…」

「それなら俺も見てる。草刈正雄、超絶カッコいいよな」

「やっぱそう思うか! お前、若いのに良い奴だな。良し、通っていいぞ。奥さんによろしくな! あと金八先生も面白いぞ」

「武田鉄矢が好きじゃない。友よ、また会おう」

「グッドラック!」

 いかん。完全に時間とページ数を無駄にした。

 それよりどうなった? 氷雨に電話をかける。コールが鳴っている間に気付く。最初から電話すれば良かったのではないか。敵から何もされてないのに後手後手だ。

「氷雨。敵が来たら足止めだ。お前は陽動をしなくていい。凛子が空気読めるやつだったら代わりに引き受けてくれるだろう。一分でいい、釘づけにしてくれ」

「分かった」

 走りながら一心してエーテルを練る。

「心の間隙を突け、サキュバス!」

 亜空間からちなみちゃんが現れる。現れた瞬間におっぱいを揉む。たまらんな、この感触。考える。ここで全てを投げ出してちなみちゃんと一戦交えてしまおうか。どうなってしまうのだろう、どうなってしまうのだろう。俺は冷静に敵の後を追いたいのに、もう一人の俺自身が完全におっぱいにやられている。もっと揉みたい。このマシュマロに溺れたい。

 一瞬のおふざけのつもりだったのに俺ののぶタンはお遊びを真に受けて本気の力こぶである。


「ダーリン! 遅いぞ、何をやっていた」

「汝、いと小さき人の子よ。私は全てを許そう」

「大いなる父か! いかん、ダーリンの魂が抜けている。悪霊退散っ!」

 バシィっ!

「超痛いっ!」

「気付いたか」

「お、俺は一体…」

「分からんがゴッド化してたぞ」

「助かった。状況は?」

 俺はいつの間にか付いていたティッシュの欠片を指からはがしながら周りを見る。

 なんだ、これは?

 傀儡人形は、両手両足を打ち抜かれ、胸に青い炎の刃が突き刺さっている。そして同じ青色の炎の格子が人形を包んでいる。

「おい! なんだこれは! これは精霊魔法なんて物じゃない。神格魔法の類だぞ!」

「我が家に伝わる碓氷の青き焔だ。不動明王の加護。悪いがこの事は内密にしてくれ」

「ああ。だがとにかく、これで魅了がかけられる。ちなみちゃん」

 氷雨が結界を解く。ちなみちゃんが嫌そうに傀儡人形の口に唇を重ねる。

 魅了完了。

「パペットよ。お前の主の所まで俺たちを案内しろ」

「御意」

 今のうちにみなにラインを送る。

 そして、着いた先は、テルの姉が入院する病院だった。


「テル。お前、最初から知っていたな」

「うん。ごめん。パペットは僕の家の得意の精霊魔法なんだ。お姉ちゃんはもちろん、僕もちょっとだけ使えるんだ」

「だけど、パペットはテルの事も攻撃していたよな」太一が尋ねる。

「それは無意識召喚の弊害だろう。愛する者ほど傷つけたくなる。ましてテルの姉は重い病気を患っている。自分が死ぬかもしれないという不安から、精霊を制御する事が出来なくなったのだろうな。想いの力とは、それだけ強いものだ」俺は解説する。

「まあいいじゃん。手術が成功すればこの問題も解決。いやー、みなさんお疲れ様でした。という訳で私はバイト行くね」凛子が立ち去る。

「俺たちも帰るか」

「そうだな」

 四人で病院を出る。

「ここからなら家も近い。私はここで失礼する」氷雨が言う。

「送るか?」

「今日はいい。それじゃまた明日」

 氷雨を見送り、男三人で歩く。

「何か引っかかるな」俺は呟く。問題は無事解決した。テルの姉のエーテル制御の腕輪も新しいやつにしてもらった。だが何故だ。何かを見落としているような、苛立ちを感じる。

「太一。俺は何かが引っかかる。このもやもやを何とかしてくれ」

「いつから気になってた?」

「それが分からん。パペットはテルの姉のもの。そしてそれは無意識。そこまではいい」

「ああ」

 考える。

「考えながら喋るぞ。まず、テルをカツアゲしていたトムとジェリーが襲われた。これもいい。姉として当然と言えるだろう。だが、その次がテルだ」

「自分でさっき言っただろう。心の不安が身内を襲わせる結果になったんだ」

「ならばひとまず置いておこう。それと同時にゲーセンに寄ったモブが攻撃された。これはどうなのだ?」

「無意識召喚なら、標的や手加減が出来ない事もあるだろう。現にその後、テルの友だちであるお前が襲われている」

「そしてパペットは言った。守りたい、愛してる、俺を許さない。おかしくないか?」

「何が?」

「そうか。いや、やはりおかしい。無意識と、意識が混在している」

「お前の気がかりはそこか?」

「まず俺を許さないという理由は何だ? 今まではめぐ美の召喚だと思っていたから納得できたのだ。だがその実はテルの姉。ここだ。ここに明らかに意識が働いている。テルの姉に俺を許さない理由がない。見方によっては俺たちを攪乱しているようにも捉えられるな」

「ちょっと待ってよ。もう終わった話を蒸し返してどうするのさ。将くんに迷惑をかけた事は弟として謝るよ。だけど、これ以上責めないでよ」テルが下から俺を見つめる。

「そうではない。疑問なのだ。疑問? そうかっ!」

「どうした?」

 俺が襲われた時、あの日、まず悲鳴を聞いた。テルの声だった。倒れている人影に走り寄るとそれはテルの姿。そして地が揺れ、攻撃される。そして伏したテルに走り寄るとそれは傀儡人形だった。倒れた傀儡人形は言う、俺を許さないと。

「なるほどな」

「何が分かった?」

「傀儡人形は、二体いた」

「ちょっと待って。それって、どういう事?」テルが聞く。

「そもそもキーとなる対象、テルは姉の事が嫌いじゃない。そして姉もテルの事が嫌いじゃない。だが、姉はテルも含めた俺たちクラスの連中を攻撃している」

「何故?」

「手加減が出来ないからだ。そう、思わされていた。実際は違う。姉のパペットはトムとジェリーの時、俺を襲った時、そして今日、氷雨が捕えた時、その三回しかない。トムとジェリーには報復、俺の時はテルの企みを隠すため、そして今日もテルを庇うためだった。考えれば簡単な事だった。俺が襲われた時、地に伏すテルの姿をしたパペットがいた。近づこうとすると地鳴りと襲撃。ここだ。何故そこに地に伏すパペットがいるのに後から地鳴りが起こる? 答えは、伏したパペットがテルの召喚によるものだったからだ」

「バレちゃったか」

 テルが、頭の包帯を解く。その下は、ケガのないまっさらな皮膚だった。

「つまり、テル襲撃とゲーセン帰りの奴らを襲ったのは、テル本人という事か?」太一が距離をとる。

「警戒しないでよ。それにゲーセンの人にはただ話をしただけだよ。奇人を困らせようって」

「お前…」

「将くん。えへへ、千円返してね」

「お前には敵わんな」

「ちなみに、何かみんな誤解してたけど、お姉ちゃんは肺炎にかかってるだけなんだよ」

「はあ? そうなのか?」

「とにかく、お姉ちゃんは僕を守りたくて、僕はお姉ちゃんを守りたかった。将くん、もうちょっとお利口にしようね。僕は氷雨さんのファンだから、そのカレシにもちゃんとして欲しいんだ」

「氷雨の事、好きだったのか?」

「そうじゃないよ。でも、女は顔でしょ」

「ゲスの極みだっ!」

 こうして今回の襲撃事件は幕を下ろした。

 三人で帰る夜の街。

 俺の頭にはずっと、ゲスの極み乙女のパラレルスペックが流れていた。

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