第17話:リューター大洞窟⑤
結局その日、相当疲れていたらしいリグリットは迷宮にあるまじき眠りの深さで約5、6時間眠っていた。
まあ、かく言う俺も分厚く隠蔽もできる結界を三重に張り、ついでに敵意感知の薄い結界、一定以上近づくものへの迎撃スキル、壁の構築などして持ち込んだ布団で寝ていたのだから人のことは言えないだろう。
いや本当、スキルとか魔法は素晴らしいと思います。
と、まあある意味一緒に寝てしまったのだが、案の定リグリットは真っ赤になっていた。
正直弄り倒したかったのだが、早めに合流しないと色々とまずいので、特に何もなかったから安心しろ、と納得させ先に進むこととなった。
そして現在、更に1階層進んだ所で周囲の環境というか空気がガラリと変わった。
「ようやく最終階層か....」
迷宮はそのどれもがテーマのようなものこそあるものの独自の環境になっている。
だが、迷宮全てには共通する階層というものが存在し、それが今いる最終階層、俗に言うボス部屋だ。
最終階層は少し進むと扉を隔てて開けた場所にその迷宮のボスが存在している。
そのボスを倒すと背後にある小さな部屋へ入る事ができ、そこには宝箱と転移石がある、というものだ。
残念ながら隔てている扉が特殊で何がいるかはわからないが、たぶん楽勝だろう。
「リグリット、あと少しでボス部屋だけど...たぶんまだ来てないから休憩だな」
もうなんというか休憩ばかりな気もするがそれは仕方がないと思う。
迷宮とは下層に行くほど魔物の出現頻度が減っていくしリグリットでは倒せないような魔物は俺がシスルスとか魔法とかで瞬殺しているのだから。
それでも、リグリットはある意味なスパルタ指導で急成長しているのは確かなのでこの転移も今思えば結果オーライな気もしてくる。
と、まあこんな感じなのであとはあまり気を張る必要はなかった。
「そういえばさ、リグリットはいつから暗殺者に?その調合の腕があれば他の仕事も出来たと思うんだけど」
そういう事なのでなんとなく雑談を始める事にした。
「.....どこからが暗殺者かはわからないけど、6つの時に初めて人を殺した」
「理由を聞いても?」
「よくある貧困からだ。生憎と親には早々に捨てられてね、盗みがバレたから殺した」
はっ、と自虐気味にリグリットが笑う。
確かにこの世界においてリグリットのような事はよくある事だ。
日本とは比べ物にならないほどの文化レベルの低さ、強盗や暴行、殺人などの犯罪が我が物顔で闊歩する程だ。
だがリグリットのような孤児の殆どは早くに死んだり騙されて奴隷になったりするのが殆どだ。
そういう点から考えてリグリットは素質があったのだろう。人殺しの素質が。
「少なくとも30人以上は殺した。まああれだな、私の手はとっくに血みどろって事だ」
再び自虐気味に笑う。
だがその目は決して笑ってはいなかった。
「30人か.....なあ、リグリットは俺の事どう思う?」
「なっ....あーうん、あれだな。お前はいい奴だよ。皆に好かれ皆を助け、そうだな....正義の味方?」
正義の味方、多分リグリットは何気無く自分と比べてそんなことを言ったんだろうが、俺にはその言葉が胸に突き刺さった。
「もし、リグリットが自分と比べて俺の事を正義と言っているならそれは違う。それだったら....よほどリグリットの方が正義だよ」
「は?私は30人以上も殺したんだぞ?それのどこが正義だよ、馬鹿にしてんのか?」
「.....確かに30人とはいえ殺していたら正義じゃなかったな」
ハハハと笑いながらそう返す。
だがリグリットは何かに引っかかったらしく、どこか訝しげな表情を浮かべた。
「30人とはいえって.....30人も、だろ普通。なに、お前は100人ぐらい殺ってんの?」
自然と口調が苛立たしく不快げにリグリットがそう言う。が、次の俺の言葉を聞いた瞬間、その顔が青ざめた。
「10万人だよ。約10万人」
「...........は?」
「俺は少なくとも10万人近い人間をこの手で殺してる。実力差がありすぎてほぼ虐殺に近い形でね」
それは前回の転移での話。
十二将の皆と戦場を駆け、なんの固有スキルも特殊な武器もない一般兵を何万人も殺し、今で言う『黒の刃』のような団体をいくつも壊滅させた。
その全てが武装をしていた、なんて言い訳は通じないほど一方的に殲滅した。
黒かった髪や服を真っ赤に染め上げ、周囲にはいくつもの死屍累々の山を築き上げた。
そんな俺に着いた称号が『魔王』というわけだ。
「その時はまあいろいろ理由はあったんだが......端的に言えば俺の為に殺した」
人殺しの理由は誰かの為でなくその全てが自分の為、というのが俺の持論であり信念のようなものだ。
「快楽とか仕事とかじゃなくて、ただ自分を守る為に、自分が守ると決めた考えを他者へ押し付ける為に殺した......どうだ、正義の味方なんてものじゃないだろ?」
「........」
ただの自己保身と醜いエゴの押し付け。
そんなのならばよほど仕事として殺していたリグリットの方がまともで救いようがある。
「それじゃあ....」
「ん?」
「それじゃあお前は、ユートはどうやって心の平穏を保ったんだ....?私は暗殺者としてただひたすら心を殺した。それでもたまに苦しくなる時がある....のに、どうやって」
「んー....強いて言うならば生来の性質だな。リグリットは生きていく上で仕方がなく暗殺者になったが俺は違う。さっき自分の為、とは言ったが、正直この道以外にも道がたくさんあったんだ」
それはもう無数にあった。
俺の持っているスキルを使えば生産系はどれもトップクラスになれたし日本の知識を使えば研究者でも教育者でも文化レベルを大きくあげる事もできた。
だが。
「俺はあえて血塗りの道を選んだ。理由はわからないけどたぶん、俺は殺しが大丈夫な人だったんだろう。リグリットが殺した時に痛める心が俺にはない。俺が初めて人を殺した時の感想を教えてやろうか?あっけないな、だ」
初めては襲ってきた盗賊の下っ端の1人だった。
まだ若いこともあってか血気盛んに突っ込んできたから、すれ違いざまに首元へ刃を滑らした。
たったその一撃で、剣術なんて高尚なものでもないただの一撃でその盗賊は首から血を吹き出して倒れた。
「なんて言うかな....きか....じゃなくてゴーレムのようなものだよ。こいつらは俺のことを王なんて呼ぶけど俺的には王ってよりあの熊と同じ暴君なんだよ」
そう言いながら腰のシスルスを撫でる。
本当俺の経験的にも何故どうしてシスルスや十二将、アリサとかに懐かれているのかはわからない。
「まああれだ、つまり俺は平穏を保つ機能が心にはないんだよ。すまんな参考になれなくて」
リグリットを脅した時のように今でこそ心が痛むことがあってもそれは所謂引っかき傷程度で心が乱れることもなく、ましてや揺れない心の平穏を保つ必要はなかった。
そうハハハと笑って返すと今度は何故かリグリットがどこか納得したようなすっきりしたような表情をした。
「どした?」
「....いや、なんというかユートが慕われる理由がわかった気がする」
そこは普通、気味悪がられるか引かれるか、だと思ったのだが何故この反応かもう謎でしかない。
というか。
「リグリット....いつの間にお前呼びじゃなくなったんだ?いや、別にいいんだけどさ」
「.....気にするな。ただお前についていけば生きていけると判断してのことだから。特に深い理由はないから。ないからな!?」
「お、おう....そうがっつくn...」
「ユート!」
俺の言葉を遮ったのはリグリットではなかった。
どうやら駄弁っている間に抜かれたらしく、脱兎のごとく、というよりも闘牛のごとく突っ込んできた。
相手は言うまでもなくアリアだ。
「はい、ストーップ!」
「ふぎゃ!?....ユート....痛いんだが....」
何時ぞやの繰り返しは正直勘弁して欲しかったので咄嗟に目の前に結界を張ってみたら案の定突っ込んできた。
とりあえずアリアをそのまま放っておいて奥を見やると丁寧に腰を折りこちらへと礼をするハピア、すげえ笑顔でアリアのように走ってくるクラーリ、俺が昔教えた敬礼(旧日本海軍式)をするフィア、と勢ぞろいしていた。
「合流できてよかったよかった、クラーリも元気してたか?」
「もちのろん!」
こう元気がいいのはこっちも元気を貰えるのでいいものだ。
目の前まで来たクラーリの頭を撫でつつ改めて皆と合流する。
パッと見た感じどうやらハピアもクラーリも怪我等はなく、毒などのバッドステータス系も受けていない。
あ、アリアとフィアは心配するだけ無駄だ。
「そんじゃまあ、さっそくボス攻略と行こうか」
何はともあれ今は再開を喜ぶよりここから脱出することに重きをおく必要がある。
シスルスの言った通り聖剣持ちが来る。
そうなると勇者をこの時期に単独行動させるとは考えにくいのでおそらく団体様だろう。
そんな連中に会えばめんどくさいことになるの間違いなしだし、騎士達も来るということはリグリットも危ない。
そのためとっとと退散するのが吉、ということだ。
「今回戦うのは俺とアリアとフィアだけな。さすがにハピア達には早いし....まあ、よく見て勉強していてくれ。見稽古だ」
「了解した。フォーメーションは?」
「フィアが前衛、アリアが後衛で支援も兼任してくれ。俺は遊撃を務めよう。あーあと、全力で殲滅してみようか」
「.....いいのか?」
「無論だ。ちょっと急いで逃げなきゃならなくなってな。あぁ、一応連携はするぞ?1人で虐殺なんてのは意味がないからな」
一応今回は全力で殲滅するとはいえ連携を見せる3人に目的もある。
戦闘スタイルこそ違うがそれでも3人の連携というのは同じ条件のため、参考程度にはなるだろう。
「シスルス」
「はい」
シスルスを喚び、刀とする。
正直な所、俺はスキルによって多種多様な武器を使いこなす事もできるが残念ながら3人に渡すようの武器と副武装としてのサバイバルナイフ数本くらいしか持っていないため、実演とかはできない。
まあ、これから先もどうせ長いのだから別にいいだろう。
いつでも教える事ができるし仲間が増えるたびにその道のエキスパートが集まる事になる。
今ここで焦って勇者達と対面なんてしたらシャレにもならん。
「ハピア達にはそのうち皆からの英才教育でも受けてもらうさ。さてと、じゃあ行こうか」
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