第39話:厄介ごと強制排除

その後、どういうわけか俺はアリアとマリーより小一時間ほどよくわからないが、とりあえず理不尽な説教のようなものを受けた。内容自体は8割ほど聞き流していたので殆ど覚えていないが鈍感をどうかしろとのことらしい。

いや、別に俺だって人の心の機微には疎いがある程度はわかる。実際に十二将勢からの好意くらいはわかっているのだが、それを言ったら殴られた。マリーからも殴られた。


「はぁ....改めてユートがアレだということがわかった。わかってしまったな....」


「そうですね...」


どういうわけか諦め気味に呟く魔王と姫。本来ゲームならば攫い攫われの関係だというのに仲が良いことで。

実際に人種は今魔人種と獣人種と敵対関係にあるのだ。少しはこの仲の良さを見習ってほしいものだ。


「さて、んじゃ飯でも食べに行くか」


かれこれ昼時も過ぎている時刻だ。いつもならば優雅にランチ後のティータイムか訓練兼ねた食後の乱闘タイムかだったのだが、思いの外いろいろなことに時間を食ってしまっていたらしい。感覚から1時過ぎ〜2時頃だろう。

ちなみに下の食堂で食べている者は昼間から飲んだくれてる奴、女将を口説こうとする奴、そして物騒な格好で待ち人を待つ奴らとまあどれもろくでもない奴らだ。


「ん?今下に行っても大丈夫なのか?」


「無論だ。待たれるのもいいけど、たまには自分たちから行っても面白いだろ?」


よく考えてみると2度目の旅が始まってからこれまでトラブルというのはどれもあちらからやってきた。半ば俺のせい感も否めないが、たまにはこちらからトラブルを与えに行ってもいい頃合いだろう。


「もちろん、やるからにはとことんやってやろう。アリア、お前にも働いてもらうからな」


殺しまではしないが、服をひんむいてまで折れなかったその心意気に敬意を表して、社会的に殺してやる。

ちょうど対帝国戦の前だ、面白い景気付けにはなるだろう。


「さて、じゃあ作戦を説明しよう....」





カリエント帝国の騎士に2種類いるのは説明したと思う。

あえて名付けるとしたら魔法軽視派と魔法脅威認定派なのだが、今回相手にするのは元からの魔法脅威認定派1人、それに先ほどぶちのめされて魔法脅威認定派へと考え方が変わったであろう魔法軽視派4人だ。

騎士は通常、三人一組スリーマンセルの部隊を組んで見回りや偵察などの様々な任務を行う。今回はおそらく騎士達の独断故に4人、そしてもう1人という数になったのだろう。

たまたまだろうが、俺が最も理想としている4人1組フォーマンセルをしているのは少々癪なのだが....それだけ潰せるということなら構わんだろう。


「さて....行きますか」


そう最後に短く気合いを入れる。

格好はすっかりお馴染みになった『看板娘verボーイッシュだけど基本的には静か』だが、今回はそれにプラスして少し大仰なローブ、金属製のそれっぽい杖にいくつもの指輪に腕輪と感覚的には枢機卿か賢者あたりの格好をしている。


「マリーだけじゃなく、どうして私も....」


そううんざりした感じでアリアが呟く。

アリアの格好は俺の格好をより女性寄りにしたもので、頭からすっぽりと覆うローブにローブの上からそれっぽいティアラ、指には威厳を象徴するひときわ大きなルビーの指輪をはめている。


「よくお似合いだとおもいますよ?」


そういうマリーはマリーでアリアと同じような格好をしている。違うとこといえばティアラの色と指にその崇高さを表すサファイアがはめられていることくらいだろう。


俺を中心にしてみるといかにも賢者と賢者に付き従う者か宗教の上の方に見えるだろう。

正直あまり好かんのだが、今回はそれが狙いなので仕方がない。この作戦を名付けるとするならば「街中で魔法使っても違和感ない格好でやろう」作戦だ。ちなみにやろう、には殺ろうとか演ろうとかがかかってる。


「なんでもいいだろ着れれば。それよりアリアもマリーも頼むぞ?」


「任せておけ。合わせればいいんだろ?それくらいならば造作もない」


「大丈夫です。皇族の行事にも似たようなものがありますので」


今回の作戦の要はアリアとマリーだ。俺は一見主役だが実際は脇役も脇役。どちらかといえば盛り上げ役に過ぎない。

そのためこの格好は強いて言うならば威嚇のような役割であり、強く人目を惹くために着ているのだ。目的がなければこんな重苦しい服は絶対に着ない。

唯一、一度だけ昔に魔王を印象付けるためにいろいろと着たことはあったが...正直今はそれ以上にめんどくさい。


「はぁ....いつまでもぐちぐちは言ってられんな」


確認したところそろそろ騎士諸君が良い具合に苛立ってきたところである。それもそのはずでこのような宿において部屋にこもるのなんてのは冒険者の新参者ニュービーかそういう目的で使うくらいのことで一般の客は着替えるなりしたら降りてくる。


俺は2人に目配せし、ゆっくりと魔力を練る。

少し試したいことも兼ねるのでいつもよりもじっくりと、丁寧に魔力を練り続け、10秒ほど経ったあたりでようやく1つの簡単な魔方陣に飽和するまで魔力が練りこまれた。

あと少しでも魔力を込めれば許容量キャパシティオーバーで魔力暴走を起こすか魔方陣が崩れる。


それを今度は徐々に引き伸ばしていく。

丁度PCで拡大するように意志の力で魔方陣自体を引き伸ばしていき、最終的には宿全体を覆うほどの大きさにし、地へと設置する。相当高位な、それこそ魔王や天然ものの勇者程のものならば気づきかねないが、基本的に不活性状態なので問題はない。

続いて【記憶】により先程の魔方陣の反転コピーを生成、それを先程設置した魔方陣に重ねるようにして配置する。

つまり現在、【湖畔の水鳥】には2種類の性質が逆になった魔方陣が仕掛けられている状態だ。


「よし....実験開始」


その合図とともに俺らはゆっくりと階段を降りる。

わざと足音を立ててやっているので騎士たちは気づいたようだが、その姿に唖然としている。

他の客も、女将ですらその手が止まっており、俺たちは注目を一身に....三身に集める。


「「我、災厄を担いし、始原の災いなる者」」


間髪入れずにアリアとマリーが声高に詠唱を開始する。

するとさすがに騎士たちは気づいたのか勢いよく席を立ち上がった。


「捕えよ!」


リーダー格と思しき騎士が大声を発する。

それに応じるようにして騎士たちはこちらへと駆けてくる。


「「もたらされた火は災いの種火。箱に収まれし災厄は溢れんばかりに世を呪う。全ては光り輝く主人の願い」」


その間も着々と大仰な詠唱が行われていく。

そのうち1人の騎士、新たに加わった魔法脅威認定派の騎士が膝をついた。これはあまりにも詠唱が長いからであろう。

一般的に魔法は詠唱句が長いほど多くの意味を持ち、強力であるとの考えがある。半ば魔法の脅威を知っている故に思わず膝を屈してしまったのだろう。

だが残りの騎士たちは構わず突っ込む。


そこで、ようやく俺の出番だ。


「無礼である!」


一言、激烈とまではいかないもののかなりの魔力と意思を込めて放った言霊は向かってくる騎士たちを躊躇させた。

さすがは騎士、精神面では他の追随を許さない。

だが、確実に2つ目の恐怖の楔は打ち込まれた。

後は、2人に合わせるだけだ。


「「開け箱よ!この世全ての災厄と希望という名の絶望をここに!」」


締めのタイミングで設置した魔方陣を発動させる。

すると建物内部は眩いばかりの白銀に包まれ、同時に空気が重くなったのではと思うほどどっしりとした感覚が爆発的に宿屋内部へと広がった。

すると騎士達だけがまるで衝撃を受けたようにばたりとその場に倒れ伏した。


「撤収!」


諸々の衝撃の余韻が残ってる間に俺らはさっさと2階へと駆け上がり、すぐさまローブを脱ぎ去り装飾品をしまう。

普段着に着替えたらすぐに隠密のスキルを発動させて窓から飛び降り、路地裏から人混みに紛れる。

ちなみに【湖畔の水鳥】は先払い制なので問題はない。

人混みの流れに乗って程なく、休憩できそうなスペースがあったのでそこへと移動し、念のために薄く結界を張っておく。


「よし、計画は成功。実験結果もきちんと判明したし...ただなぜに『災厄の箱パンドラ』?」


ふと疑問に思ったことを口にする。

災厄の箱パンドラ』とは先程アリア達が詠唱していた魔法のことだ。これは俺が少し前に使った『死神の鎌グリムリーパー』と同じ禁呪の1つ。

死神の鎌グリムリーパー』のように即死ではないが、代わりに多数を標的に災厄呪いをかけることができる。いわば広範囲状態異常攻撃にあたるものだ。

効果は様々、簡単に言ってしまえば災厄呪いをかけられた人物は数秒後なのか数年後なのかは術者次第だが継続してその身に不幸が訪れる。

抽象的な表現なのは災厄呪いは込める魔力や思念によって変質するためである。


そしてこれはお伽話に登場する有名な禁呪でもある。

物語自体はよくある悪い魔女が勇者に討伐されて死ぬ瞬間に呪いをかけた、と言うものだ。

その際に死にゆく魔女が自身と勇者を巻き込んで行使したのが『災厄の箱パンドラ』である。

お伽話はこの呪いせいで人は幸せになるために努力しないと不幸になりますよ、と締められている。


そして、この魔法は今世において俺しか使えない。

理由は単純、これを行使するには俺が所有している魔書を媒体に使わなければいけないからだ。俺のスキルを持ってしてもコピーどころか理解すらできなかった。

一応、劣化版としての『災いの壺パンドラ』はそれなりの腕であれば誰にでも使えるのだが、先ほどの詠唱句は『災厄の箱パンドラ』そのものであった。


「ふむ...強いて言うならばただ言いたかっただけだ。元魔王たる私も使えない、しかも禁呪となると心躍るだろ?」


わからないでもなかった。


「あっ、じゃあ私から身質問いいですか?あの時ユート様がなさったことは何なのですか?初めて見ましたが....」


「それは私も思った。何故わざわざ相反する魔方陣を重ねる必要があったのか、どうして閃光が現れて騎士だけが倒れたのか。何故だ?」


「ふふ...よくぞ聞いてくれた。あれが今回行った実験における成果。名付けるなら...そう!魔方陣の対消滅による飽和魔力の放出だ!」


ドヤァ!とセルフで効果音をつける。

その光景に若干アリア達は引いているのだが、正直聞いて欲しかったので俺はこれで満足だ。


「....で?ユート。その詳しい部分はどういうこといだ?」


「そうだな....簡単に言えば対消滅という現象を起こして大量に魔力を放出させること。あの時騎士だけが倒れたのは騎士が使っていた結界のペンダントに放出した魔力で送られているルートを通じて術者本人に魔力を送り込んだため、急激に魔力が入り込んできたことによるいわば中毒現象だ」


「全然簡単じゃないです....」


「あーユート。長くてもいいから普通に説明してくれ」


「へいへい。じゃあ最初に言っておこう。これはかなり画期的だぞ?」


再び若干のドヤ顔をかましつつ説明に入る。


「まず前提知識として、対消滅について説明しよう。これはまあ、簡単に言えばある物質とそこ反対の性質を持つ物質とをぶつけると消滅する代わりに莫大なエネルギーを生む、という一種の化学現象だ」


実際には1gの物質と1gの反物質とを反応させると180兆ジュールになる。これは総重量約5tの広島型原子爆弾を2つ落としても足りないくらいだろう。それくらいの話になる。


ただ、ここは剣と魔法の世界だ。


「この法則は魔法にも一部通じる部分があってな。魔法の場合は元々がエネルギー体のようなものだから2つの魔法と(便宜上)反魔法を反応されると、その魔法に込められた魔力が全て放出されるんだ。それを今回は魔方陣でやってみた」


魔方陣とは魔法を発動するための方陣である。

故にその正体は魔法構築するために魔力の通り道を示したものであり、極論砂に描いてもきちんとしてれば機能する。

まあ、普通の使い方は大規模な儀式で使用したり装備等に刻印したりと様々なのだが、今回はその使い方に真っ向から喧嘩を売ってみた。


「俺がさっき作った魔方陣は2つ。1つは認識阻害の結界を作るための魔方陣。もう1つがその性質を全くの逆にした発動してもほぼ意味をなさない魔方陣。どちらにも相当量の魔力を織り込んでみた」


「ふむ、そこまではわかっている。だがユートはただそれらを発動させただけで閃光か騎士をピンポイントで昏倒させる魔法は使っていないだろう?」


「ああ。俺があの時やったのは2つの魔方陣を時間差で発動させただけだ」


「時間差?どういうことだ?」


ちなみにこの時マリーはすでについてきているフリをしているので先ほどからうんうんと頷いたりしている。

たぶん皇族の意地というやつだろう。


「あの時外は平穏そのものだっただろ?時間差ってのはつまり一瞬結界を構築させたのちに対消滅を起こす。対消滅が起きると2つの魔方陣に蓄えられていた魔力が互いに干渉しあいながら空中に散布される。その際に濃い魔力は普通に視認できる原理と同じであの場一帯全てに非常に濃い魔力が漂うとしたら?」


「....つまり閃光は光ったのではなく魔力が可視化されたために閃光と勘違いした、ということか」


魔力とは本来無色透明無味無臭だとは以前言った。

だが、最初この世界に召喚される際に足元に出現して有色の魔方陣と同じように、何故か魔方陣のみ純粋な魔力によって作ろうとも色が付く。

そして俺は魔質の変化に伴い、魔方陣、つまり魔力は髪の色と同じ白銀に変化したのだ。そのため、あの場では白銀の閃光が迸ったように感じられた。


「まあ実際に閃光と同じ効果があるからそれで問題ない。そしてそれらは一瞬張った結界により外へは漏れない。それで騎士が倒れた理由だけど、中毒だ。或いは酔ったとも言える」


魔力とは不思議なもので自身で生成したものはいくら多くともなんともない。それどころか恩恵すら存在する。

だが他者の魔力、自然の魔力はきちんとした手順を踏んでから取り入れないと少量ならまだしも多量だと今回の騎士のように昏倒する可能性が出てくる。


そしてもう一つ。あの首にかけていた魔法道具についてだ。

実は騎士達が倒れた理由の半分は魔法道具のせいだ。

ここでもまた魔力の話が出てくるのだが、魔力とは使い続けるほどにその総量を増していく。だが騎士といえばまず戦いのエリートではあるものの実際の戦争では馬に乗っての騎馬突撃が主なので身体強化すら使うのは珍しい。

故にあの騎士達の魔力総量は少なめであり、それを補うためにあの魔法道具には周囲から魔力を吸収する性質がある。

それ自体に問題はない。普通の空間に漂う魔力は少ないため気休め程度にしかならないからだ。


だが、今回はどうだっただろう?


「つまり、あの魔法道具は莫大な魔力の処理に追いつかず片っ端から吸収。それにより騎士達はぶっ倒れた、ということか....また恐ろしいことをしでかすな....」


「そうでもないだろ。魔力自体は撤収時に回収してきたし外にも漏れてない。あの宿はどうなるかはわからないが...たぶん残った魔力に幼精霊とかが集まってくる可能性があるからプラスだろうな。ほら、俺の魔力ってどういうわけか精霊引き寄せるじゃん?」


「そうだったな....エレメンタリアもそう言ってたか。ドラキュリアは血が美味しいと言っていたが...今更ながらどんな身体しているのやら」


「呼びました?」


「「ん?」」


ふと背後から声がかかった。

同時にふわっと甘い、金木犀のような匂いが漂ってくる。

視界の端に映るのは金糸のように滑らかで風に流れる金髪。

透き通る声はどこか人間離れしており、歴代の歌姫をしのぐだろう。


それはまさに"精霊の女王"に相応しかった。


美しく、それでいて懐かしい声に俺は振り向こうと....した瞬間、俺を襲ったのは前からではなく背後からの衝撃であった。


「おう...今度は背後からか...」

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