「そこ」ではない世界の物語集

ジュウジロウ

メタフィクション系ショートショート、全6編

小説の登場人物として致命的な、とんでもない「呪い」に苦しむキャラクターたちは……。

「恐るべき呪い」

 なぜこんなことになったのか、わからなかった。

 彼らにわかっているのは、自分たちが呪われた存在であるということ。

 そして、それらの呪いは、この世界の住人にとってはまさに忌むべきもの。この上なく恐ろしくおぞましい、身の毛もよだつような呪いだということだった。



「畜生」

 と、ムタチが呟いた。

「どこのどいつか知らんが俺たちにこんな呪いをかけやがった野郎め許さねえ」

 ムタチがギリリと拳を握り締めると、テンが言った。

それでも・・・・おまえはまだましだ・・・・・・・・・

 テンは深い溜め息を吐き出す。

俺なんか・・・・すべての台詞に傍点が付いてしまうんだぞ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鬱陶しくてかなわない・・・・・・・・・・ムタチは台詞に一切句・・・・・・・・・・読点が入らないだけだろう・・・・・・・・・・・・。『畜生・・みたいな短い台詞なら・・・・・・・・・・違和感なくて読者にも気付かれないだろうし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だから・・・おまえは無理して長台詞喋ろうとせずに・・・・・・・・・・・・・・・・・・一言ずつぽつりぽつり・・・・・・・・・・喋っていくようなキャラ目指せば・・・・・・・・・・・・・・・なんとか通用するレベルなんだよ・・・・・・・・・・・・・・・

「しかしテンの台詞は鬱陶しくてもまだ読みやすい」

「うん、そうそう」

 と、ムタチに同意したのはヒィラである。

「あたしなんか、かんじもかたかなもしゃべれないんだよ? ちょっとよみにくいなんてれべるじゃなくて、せりふのいみをよみとるだけでもたいへんだよ。こんなあたしにいわせれば、てんなんかそうとうぜいたく。かんじもかたかなもじゆうにつかえて、くとうてんだっていくらでもいれられるんだもん。ちょっとうえによけいなものがついてるだけじゃない」

いや・・しかしだな・・・・・なんかこれ・・・・・まるでいつも重要なこと・・・・・・・・・・・喋ってるみたいで・・・・・・・・・・すごく恥ずかしいんだ・・・・・・・・・・実際はたいしたこと言ってるわけでも・・・・・・・・・・・・・・・・・ないのにさ・・・・・……。それに・・・もとから台詞全部に点が打ってあると・・・・・・・・・・・・・・・・・いざ何かを強調したいってとき・・・・・・・・・・・・・・特定の言葉に傍点を付ける方法は・・・・・・・・・・・・・・・もう使えないしさ・・・・・・・・これはこれで不便だよ・・・・・・・・・・

 すると、横で聞いていたタカンが言った。

「矢っ張りテンさんは台詞が読めるだけ増しだと思います。私等、漢字変換出来る言葉は斯うして全て漢字に直されて仕舞うのですから。而も振り仮名が付か無い所が困り物。読み難いのは勿論の事、屡々、果たして読者が此の台詞を読めるのかと、何時も不安に思いつつ喋らなければ為りません」

「ふん、おまえも贅沢ぜいたくだねえ」

 ケッ、というように口を鳴らしたのは、ルビィである。

「タカンなんか、言葉ことばえらびさえすりゃ、あたまのいいキャラとして普通ふつうはなすことだってできそうじゃないか。ムタチもな、おまえらはまだ、不自然ふしぜんじゃない台詞せりふ模索もさくしようがあるってことよ。ヒィラもまあ、ぎりぎり通用つうようしないこともないだろう。ムタチとおなじで、ひとひとつの台詞せりふみじかくして、みやすくすりゃあな」

そういえば・・・・・ルビィは・・・・上に余計なもの付いてる・・・・・・・・・・・仲間だな・・・・お互い苦労する・・・・・・・……」

「いやあルビィの台詞はある意味一番読みやすいぞ片仮名漢字句読点全部自由に使えてしかも振り仮名まで付けられるんだから贅沢なのはお前のほうだ見ろ俺の台詞の読みにくさを」

「そりゃみやすいのはみやすいだろうけど、小説しょうせつとしてはめちゃくちゃ不自然ふしぜんだっつーの! ども漫画まんがとか幼児用ようじよう絵本えほんじゃねえんだよ! わたし場合ばあいはどうやって違和感いわかんすくないしゃべかた模索もさくしろってんだ。漢字かんじ一切いっさい使つかわずにはなすか、ぎゃくに、漢字かんじ使つかうなら仮名がながなきゃめないようなむずかしい漢字かんじしか使つかわずはなせってのか? 無理むりだよ!」

「でもねえ、どくしゃにはしんせつなほうだよ、るびぃのせりふ」

「だから親切しんせつとかそういう問題もんだいじゃ……」

待てルビィ・・・・・俺とおまえは・・・・・・もうなるべく喋らないように・・・・・・・・・・・・・したほうがいい・・・・・・・

「は? なんでだよ、なにってんだ?」

シャラップ・・・・・!! ……ほら・・聞こえないか・・・・・・? 『こいつらの台詞に・・・・・・・・点とか振り仮名とか付けるの・・・・・・・・・・・・・思った以上に面倒くせえ・・・・・・・・・・・!!』という・・・作者の心の叫びが・・・・・・・・……」

「うっ……。た、たしかに……」

 テンとルビィは、顔を見合わせて口をつぐみ、おのおの口元を手の平で覆った。

「比較的読み易い台詞を話せる御二人に黙られて仕舞っても、他の者が困るんですがねえ」

 タカンは眉を八の字に曲げて二人を見た。

「私やムタチやヒィラの台詞は読み辛いので、貴方達以上に余り話さ無い方が良いと思うんですよ。……そうだ、ハナル、貴方も話したら如何です?」


   *   *   *   *   *


「う……けど……」


   *   *   *   *   *


 ハナルはあからさまに顔をしかめた。

「遠慮為さらず」


   *   *   *   *   *


「いや……だってこれ、話しにくいよ。僕が話したら、必ず両隣が三行空いて、なんか場面転換のときに使うこんな記号(*)が入っちゃうんだよ? 小説的な不自然さっていうことなら、僕の呪いが一番たち悪いと思う。……っていうか、なんか、いつも僕だけ別の場所にいるみたいでさ、この呪い無性に寂しいよ!」


   *   *   *   *   *


「贅沢言うなそれだけまともに喋れるってのにおまえは恵まれてるだろ台詞だけ見ればこの中でいちばん違和感なく喋ってるのはおまえじゃないか」

「まあ、せりふだけみればねえ。でも、しょうせつでいみもなくばめんてんかんっぽくなるっていうのは、やっぱりこまるんじゃないかなあ……」

「其れ為ら、ハナルの場合は、一々場面が変わって然るべき登場の仕方をすれば良いんですよ。即ち、常に鍵括弧一つ分の台詞だけで登場するんです。台詞に続く描写とかは一切無しで、鍵括弧一つ話す度に場面が変わるんです」


   *   *   *   *   *


「そ、そんな、使いどころの難しすぎるキャラクター……」


   *   *   *   *   *


「三行空くと余白がもったいないな行数の無駄だ」


   *   *   *   *   *


「気にしてること言うなよ! くそっ、やっぱり僕の呪いは最悪だ……」


   *   *   *   *   *


「普通に喋れることのありがたさを知らない馬鹿者め俺からしてみればハナルの呪いなんてうらやましいくらいだ俺の呪いこそ最凶最悪だ」

「いーやっ、あたしののろいのほうがひどいもん。かんじつかえないと、いまむたちがいったさいきょうさいあくとかいうかんじあそびもできないんだから。さいあくなのはあたしののろいだよ!」

「いいや俺の呪いだ!」

まーまー・・・・よせって二人とも・・・・・・・・そんな・・・呪いのひどさで勝負したって・・・・・・・・・・・・・しかたないだろ・・・・・・・

「そうだよなあ……。どれがマシ、とかいう問題もんだいじゃねえよなあ。みやすく、小説的しょうせつてき違和感いわかんのない台詞せりふしゃべることは、小説しょうせつ登場人物とうじょうじんぶつとしての最低条件さいていじょうけんなんだから」

「ルビィさんの言う通りですね。呪いから解き放たれ、真面な台詞表記を手に入れたいと言う願いは皆同じです。此処は皆で協力して、此の忌まわしい呪いを如何にかしようじゃ在りませんか」

「のろいをとくって、ぐたいてきにはどうすればいいんだろう……」

「呪いというからには何か魔王とか呪術師とか悪魔とかその手のものが俺たちにこんな呪いをかけたんだろうそいつを見つけて倒せば呪いが解けるかもしれない」

「つまり、これから魔王退治まおうたいじ冒険ぼうけんかけるってことだな。よおし!」

俺たちが戦おうとしてる相手は・・・・・・・・・・・・・・とてつもなく大きな敵って気がするよ・・・・・・・・・・・・・・・・・だとしたら・・・・・長い旅になるだろうな・・・・・・・・・・……。けど・・この呪いから解放されるなら・・・・・・・・・・・・・……」


   *   *   *   *   *


「ああ、どんな苦難にだって耐えてみせる!」


   *   *   *   *   *


「ぜったいかんじをしゃべれるようになってやるぞー」

「屡々辞書が必要に為る様なキャラは返上しませんとね」

もう・・無駄に注目を浴びる・・・・・・・・・鬱陶しい傍点なんざ・・・・・・・・・ごめんだ・・・・!」

不要ふよう仮名がなともおさらばしてやるぜ!」

「よしその意気だそれじゃあみんな出発するぞ冒険の旅へ!」



 というわけで、意気込む六人なのであるが、いかんせん、書くのも読むのもこんなに疲れる台詞を話す登場人物たちの物語など、これ以上長々と続けられるわけがない。




 -完-

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