第5話 亀裂①

入学してから一か月が経過した。

健一は常に不機嫌な顔をするようになっていた。


キャプテンが決まった次の日からの練習は、それまでとは比べ物にならないほど厳しくなった。

監督の機嫌の悪い日は特に最悪だった。俺らに何か恨みでもあるのかというほど、きついトレーニングに、きつい指導。それでも練習の中心は女子で、男子がミスをするとさらに怒られていた。

完全に鬼と化していた。

しかし、原因はそれではない。


今日も健一は不機嫌そうな顔をしながら、体育館へ向かっていた。

すると、声をかけてきたのは同じクラスの野球部だ。

「なあ、吉本!今から部活か?いいよなお前らは、あの女子たちとずっと一緒なんだろ?うらやましいなあー」

どうやら、バドミントン部の女子は学校でも人気があるらしい。

「勝山さんは男勝りだけど巨乳だし、藤田さんは可愛らしい顔してるし、岸谷さんもモデルみたいでいいよなー。あ、あとは蔭内さん!彼女他県からきてんだろ?たまに出てくる方言がたまんねえ!」

蔭内とは、このバドミントン部唯一の他県からの入部者だ。高校ではそう珍しいことではないが、方言をしゃべりだすスポーツ美少女ということで評判は高い。野球部のハイエナたちが、精一杯髪をセットして狙っていた。

蔭内の実力はダブルスに特化していた。動きのスムーズさとレシーブ力が高く、岸谷のパートナー、つまりはエースダブルスに選ばれたのである。

「そんな可愛いか?男にしか見えねえよ。」

健一は少し強がった。最初はハーレムとか思っていたが。

「それに、意外と性格悪いかもよ?」

にやりと笑って返した。

通りすがりの野球部員Aは「そんなわけないじゃん。あんな天使なのに」とか言ってとっとと行ってしまった。


練習着に着替え、体育館に入ると、女子が楽しそうに喋りながらストレッチを始めていた。

コートは張られていなかった。

「またかよ」

健一は舌打ちと共に小さくつぶやいた。

遅れて小川君も登場。そして同じ反応だった。

二人で目を合わせたあと、仕方なくコートの準備をする。二人でコート4面を立てるのは、なかなかに時間がかかる。

しかし、女子はそれが当たり前のようにストレッチをしながら喋っている。

悪気があるのかは分からない。手伝ってくれと言ったら手伝うのかもしれない。しかし、今の男子にはそんなことを言う権力はない。

完全に尻に敷かれていた。


と、その時、体育館の扉が開き、監督が入ってきた。

女子はやばいという顔をする。やっぱり悪気はあったようだ。

男子2人はまるで神様が現れたかのように明るい表情になった。

いつもは練習が始まってしばらくしてからしか来ない監督が、この日は練習前に来たのだ。

しかも今日は大分不機嫌そうな顔をしている。これは雷がおちるなと、健一は少し女子に同情した。


監督は体育館での光景を見た後、さらに不機嫌そうな顔になり怒鳴った。

「お前ら、なんで女子に手伝わせようとしないんだ!!!」


なぜか男子に雷が落ちた。

なぜ俺たちが、という表情の健一と小川。

そういえば監督はあまり女子には怒らない。完全に贔屓されていた。

結局は、全員で準備をする。ということになったが、この件は男子が悪いという結果になった。

そのため、男子と女子との仲は完全に悪化。今後一年間、業務連絡や応援以外で、女子と関わることは格段に減った。


健一の心の中に、どす黒い感情が芽生え始めていた。

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