ナニゴコロナシノ トドノツマリハ
牧野 ヒデミ
第1話 新人さん
「さあ、どうぞおあがんなさい。」
手の平にちょこんと、お
「どうも。」と一口。
ラプサンスーチョンは、きりっとした味わいで、素焼きの茶壷が空になると、お婆さんは紫色の花柄のスラッとした
側にあったお菓子の包み紙を取り出して、鉛筆で書いては消し、しばらく考え込むと笑い出し、
「確か、、、、、。橋を渡ると階段があって。」
と、独り言をくり返すと、僕に
「まだあるから行ってみなさい。」
そう話すと、お婆さんは、柔らかい笑顔で、手を叩いた。
一 新人さん
超高層ビルの3階から地下2階のメトロへ。
乗り継ぎ乗り継ぎで地上へ出ると、
あっちこっちと方向指示をして、インド綿の巻スカートが印象的だった。
鉄橋を渡る2両編成の単線は、岸壁に反響して、山に叫びながらトンネルへ入る。
窓から眺めた、水量の少ない上流は、潤いを感じられず、
駅に着くと、ロータリーにバスが一台停まっていて、
「
と伝えると、運転手は大笑いをして、
「私の所にどうぞ。」
と、僕を呼んだ。
運転席の脇のレバーを上げると、運転席に立たされた。そして、バスに乗り込んでくる乗客の運賃を確かめさせられ、回数券も僕に販売する様に、と渡された。
乗客はどんどん乗り込み車内は大混雑。訳も判らず僕も大忙しだ。
目一杯乗り込むと、バスはようやく発車した。
運転席からは、町の様子が良く見える。
映画館が多いのか、町には所々に映画の看板が貼ってあり、次に標識も数多く並んでいる。
お茶屋に、ホテル、レストランと、とにかく看板が多い。
歩道も車道も細く建物も隙間なく建てられ、サイズも小さい。
初めて運転席に立たされて、次々と現れる看板と、妙にゆるやかなカーブも多くバスも揺れて、僕は少し、目が回ってきた。
「新人の運転手さん?」
運転席の後ろの一番前の乗客さんが、僕に話し掛けてきた。
「はっはい、いえ、違いますが、、、、 えーと、、、旅行です。」
では、何故運転席にいるのかと、不思議そうに僕を見ていたが、
にっこり笑うと、
「今の時期が、この町は一番賑やかだから。ちょうど、そこの並びにある最中が有名なのよ。」
見ると
「
買い求めるお客さんが次々に店に入って長い列を作っていた。
運転手さん越しに、信号待ちをしている間、しばらく列を眺めていたが、
ふと、今朝地下鉄へ向かう3階から地下2階までの長いエスカレーターを思い出した。
銀色の
僕は子供の頃、下りエスカレーターを一人で乗る事が出来ず、
いつも母親に手を繋いで貰わないと、下へ降りる事が出来なかった。
甘えているのかと、ある日、母親は、さっさと降りて行ってしまう。
「早く来なさい。」
下の階で笑って呼んでいるのだが、あまりの恐怖感で、足を踏み出す事が出来ない。
あのスライド間隔。
あのリズム。
もし、段の間に足が乗ってしまったら?
運転席の階段を降りる為に出す一歩と、動いている階段を降りる一歩のタイミングが、どうも掴めない、、。
いつまでも降りる事が出来ず、泣叫んでいると、後ろから来た女性が
「はい。」
と言って僕の手を握り、一緒にエスカレーターに乗って、降りてくれた。
恐怖心を取り除いてくれた、あの時のほっとした瞬間は、
何故かまだ、今だに残っている。
僕が
あの老人に出逢ったからだった。
偶然にも僕の近所の家に越して来て、引っ越し先から荷物を積んでいる途中、階段から足を滑らせ、箱を落としてしまったのだ。
箱からは、いくつかの本や雑誌が入っていて、かなり古そうな書物もあった。
ばら撒かれた本を手に取ろうと体を起こしたが、
「バカヤロー!」
と、駆けこんで来た、仕事先の先輩に怒鳴られて、
慌てた弾みで仰向けに転び手をくじく。
そこへ、ちょうど背後からお婆さんが現れたのだ。
「誠に申し訳ありません。」
「、、、、本当にすいません。」
必死になって謝っている先輩の顔が青ざめている。
僕も手先にだんだんと感覚が無くなっていった。
お婆さんは、本を手に取り、ゆっくりと箱の中身を確かめると、
「大丈夫ですよ。これは不要品だから、そちらで処分して頂ければ、助かりますので。」
お婆さんは先輩の顔を見上げ、僕達に心配しないようにと話すと、
僕の手を握って
「大丈夫ですよ。」
と笑っていた。
.
.
.
「次ぎは、
ビーッとブザーが鳴り、バスは坂に入るとギヤチェンジをして、重い車体は
「ゴガガガガッ、ゴガガガガッ」
と音を立てゆっくりと登っていった。
登り切ると、ちょっとした広場になっていて、
新たに乗客が数名乗って来たのだが、一人目の人は、フェルトの大きな帽子を被った髪の長い男の人で、三m程の大きなバックを抱えていた。
僕をちらりと見ると、後方の席に腰を下ろした、、、。
二人目の人は、痩せた背の高い女性で、小さなビーズのがま口財布から小銭を出すと、小銭を僕に渡し、
「ありますか?」
と僕の手を掴むと、小銭を乗せた僕の手の平で一つづつ数え、
「ありますね。」
とうなずくと、先に乗ったフェルト帽の男の人の隣に腰掛けた、、、、。
その後には、髪を結った女の子達が数名乗り込んで、楽しそうに話しながら、皆でかたまっている。
次ぎには老人の夫婦が一組。
二人並んで横に座ると、小さく折り畳んだ地図を取り出して、ペンで印を付けている。
きっと観光旅行に来たのだろう。
続いて、ベージュ色のジャケットを着た女性が、カゴを抱えて乗り込もうと足をかけた時、、、、、、ボワッと物凄い勢いで強風が吹きこみ、しゃがみ込んでしまった。
「乗りますか?」
「あ、、、、、乗ります、、、。
猫を連れているものですから、重くて。」
カゴの中には、白地に茶色のぶち。
カゴが小さいのか、猫が太っているのか、
「すいません、どうも。」
軽くおじぎをして、入り口近くの席に座った。
猫はカゴの中であばれ、女性は平然と抱えているが、猫は落ち着きなく動くので、その女性は足が何度も座席からはみ出しては、足を床に着き、座席に座る体勢を整えるのに、とても時間がかかっている、、、、、。
次ぎに黒いジャケットを着た男の人が、咳ばらいをしながら、乗って来た。
強風で、髪が片側に寄り、急いでいるらしく何度も時計を見ては、ジャケットを叩く。
乱れ髪が気になるのか、髪を何度もかき上げるが、さらに髪は、横になびいてしまった。
「凄い風だったねぇ。」
と一言話すと、準備万端といった感じで、僕を強い眼差しで見つめると、
乗車入り口の段に片足を降ろし、小銭を下から手を延ばす様に入れた。
僕は、小さくうなずくと、男の人は、咳き込みながら、奥の席に着いた。
バスは、次ぎへと発車したが、
つり
壁の間をくぐり抜けて走って行くので、さっきの強風が嘘の様な静けさだ。
壁には絵皿が埋め込まれ、
そばの梅の枝も、すました様子だ。
外で庭の手入れをしている人や、自転車に乗った子供を見かけると、
運転席の右上に貼ってある路線図を見つけ、
「
を探すが、どこにも見当たらない。
運転手さんに
「洋洋村の停留所は、どの辺りになるんでしょうか?」
と聞いても、
「あーはい。うん、うん。」
運転に忙しくはっきりとした返事が返ってこない。
前方を見ると進んで行く道幅は、かなり狭くなってきて、対向車線から走ってくる車とすれ違う時は真剣だ。
2台3台と軽トラック、乗用車が通り過ぎ、前から同じ路線バスが向かってくると、運転手さんはかなりスピードを落としてきた。
車の列が続く混み合った車道の中、ちょうどバスは運転席同士で停まった。
向かって走って来た対向車線側の運転手さんは、窓を開けると、
「誰そ
と、笑う。
こちらの運転手さんは、首を横に振って
「後で参りますよ。
と、慣れた様子で、お互い挨拶を交わすと、向いのバスは狭い道を走り抜けて行った。
運転手さんは、息を溜めると今度は溜め息をつきとバックミラーを見つめ、右、左と辺りを確認した。
「
誰に話しているのか、バスを走らせた。
駅から出発してもう一、二時間は経っただろうか。もっとだろうか。
ゆるやかなカーブ道も変わらず、ポツン、ポツンと建物が見える。随分と遠くへ来たように感じられるが、いくつか停留所も過ぎて、ずっと立っているのも、かなり疲れて来た。
緑も多くなり今度は前方から、大木なのか、三m位の太い丸太の様な物を4人で運んでいる人達が現れた。
バスが近付くと、止まり、じっとして通り過ぎるのを待つ。
皆、がっちりとした靴を履いて、サポーターを巻き、さらに長いヒモで編み上げて、 肩から丸太まで、くるっと布で一周して巻き、腰締も太い。
先頭を歩いている人と、ドア超しに目が合い、一瞬だが、
何処かでの記憶が、、、、、。
あれっと考えているうちに終点に着いた。
乗客は残り少なかったが、運転席の後ろで、一番前に乗っていた
「ご苦労様。新人さんよね。やっぱり。ご苦労様ね。ふふふ。」
バスを降りた。
最後の乗客も降りて、静かになると、
「
運転手さんは、日報を取り出して連絡事項に記入している。
このまま立っているのも辛かったが、とりあえず、
「いいの?じゃあ君は、新人さんになりまぁすかぁ。」
肩を2、3回すと、バスのエンジンを素早く掛け、Uターンして、今走って来た道へ、戻って行く。
「あれっ、まさか?」
バスの座席に着かなかったのが、まずかったのか、洋洋村を間違えているのでは?
しかし、今までの運転手さんのハンドルさばきから、間違えているとも思えない。心を落ち着かせ、右手でバスのポールを掴み、前のめりになって、フロントガラスから辺りを見渡した。
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深山の
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板を数枚重ねて作った立て看板。
その先に野球ボールサイズのガラス玉が転がっている。
マラソンなのか、急いでいるのか、スーツ姿ではち巻きをした男性が小走りしていた。
後方からだんだんとその男性にバスが近付いて行くと、背中には
「天 籟 歌 鳥 聴」
と書かれたゼッケンを付け、脇目も振らず走っている。
道路から少し離れた草むらの中に土管が横たわっていて、木製の
一つ、二つと大体、十体の土管が置いてあり、その周辺がほあっと柔らかな
本当に同じ道なのだろうか?
さっき通って来た道とは、どうも違うのでは無いかと、僕は不安になってきた。
運転手さんに尋ねようとした時、グーンとバスのスピードが落ちてきて、
「ほら、あの駐車場の先に民家があるでしょう。あのお宅の前で停まります。
お疲れさまでしたね。
これどうぞ。
お疲れさまと、運転手さんは、
運転席の横から、箱を取り出しその中に収めてあった
小さな
「そちらの
運転席のレバーを上げ、僕を降ろした。
「
運転手さんは考え込みながらバスのドアを閉めると、(
まだ、僕に何か言いたそうに話しているが、
と合図すると、
バスを出した。
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