CROSS ROAD 「悪党の事情~邂逅~」

カリン

第1話

 女は、奇妙な身形をしていた。


 都市ではまず見かけない、袖の広い白衣しらぎぬの装束、爪先を覆う緋色のはかま。そして、極めつけは顔の覆布だ。

 頭からすっぽり被った薄絹。宵闇の薄暗さの中、辛うじてわかるのは輪郭くらいのもの、顔立ちや表情は窺い知れない。


 いわゆる巫女という風情だった。

 背筋の伸びた背は薄く、なめらかな白衣の肩は細い。いかにも頼りないその姿は、こうした交渉を担うには貫禄不足が否めない。


 それでも権威ちからはあるらしく、粗末な集落の会館の、戸口に押しかけた男を三人、小柄なその背に従えている。人里離れた僻地には、こうした土着の信仰が、根強く残る傾向がある。


 憎々しげに睨めつける三人の屈強な護衛から、陣頭で受け応える覆布の巫女へと、赤髪の男は目を戻す。


「あんたらのお宝の回収指示が、中央から出ている。悪いことは言わねえから、今の内に出しときな。素直に出せば、引きあげてやる」


「宝など──」

「しらばっくれても無駄だって。調べはもうついている」

「どうか、このままお引きとりください。私どもに譲渡の意思はございません。いくらお金を積まれても、お譲りできる物ではないと、何度も申しあげているはずです」


 凛とした落ち着いた口振りながら、声は高く澄んでいる。

 年はまだ若いらしい。


「仰せに従い、税はきちんと納めております。そうすれば自由にしてよいと、暮らしは保証して下さると、遣いの方が仰いました。ですから力を尽くして働き、こうして日々の賄いまでも税に当ててきたのです。ですから、あの宝珠だけは──」

「おいおい、待てよ。それを俺に泣きつかれてもな」


 指で紫煙をくゆらせて、赤髪の男は苦笑いした。

「俺に言っても、そっちはどうにもならねえからさ。ま、運が悪かったと思って諦めな。相手が国じゃ勝てっこねえよ。あんたらも命は惜しいだろう?」

「お持ちになっても、なんの役にも立たないものです。けれど、私どもには掛け替えのない──」

「そりゃあ、お宝だもんな。誰だって欲しがる」

「……そうした意味で申しあげたのではありません。あれは宝飾品ではないのです。むしろ、もっと実用的な──」


 嘆願を繰り返す巫女の背後で、ボロ布をまとった三人が、刺すような視線を向けている。櫛さえ入れない伸び放題の蓬髪。前髪から覗く視線は鋭い。

 警戒するのも無理はない。黒い帽子に黒眼鏡、黒い上下に黒い革靴、と全身黒ずくめの相手がいるのだ。


 窓辺の古いストーブで、赤々と火が焚かれていた。

 がらんと広い集会所の板の間。上がりがまちの下段には、藁で作った草履がいくつか、隅の方に寄せてある。

 責め立てず、昂ぶらず、巫女の口調は穏やかだ。だが、首を縦には、決して振らない。


「ふーん。あくまでも渡さねえ気?」

 辟易として赤髪は遮り、向かいの巫女を鋭く見据えた。


「反逆の意思あり、か」


 一同、愕然と息を呑んだ。「──な、何を根拠に」


「あんたらの宝には、望みを叶える力があるんだろ? であろうとも」

「い、いいえ! いいえ! 私どもは──」

 あわてて巫女が首を振った。「いいえ! いいえ、違います! 私どもは決してそのような──」

「お宝を引き渡すよう、再三、勧告があったはずだな。だが、あんたらはそれを拒んで、人里離れた辺鄙な樹海に、徒党を組んで引きこもっている。これじゃ仕方がねえだろう。何か企んでいると見なされても」

「他用には供しないとお約束します。訳あって今は祀っていますが、本来あれは、大地を寿ぐ儀式に使う媒介なのです。ですから──」

「なんの道具だか知らねえが、そんなことはどうでもいい。重要なのは、それが点だ」

「そんな──」

「痛くもねえ腹探られたくはなかったら、さっさと大人しく引き渡せ。その方が利口ってもんだぜ」

「──ふざけるな!」


 ついにたまりかねた荒い語調で、男が顔を振りあげた。

「黙って聞いてりゃ何様のつもりだ。そんな理不尽聞いたことがねえ。そんな取ってつけたようなくだらねえ理由で──」

「まー、たいがい世の中ってのは」

 赤髪は土間に灰を落とす。

「理不尽にできてるもんだけどな。わりを食う奴は、どこにでもいる。今回はたまたま、あんたらだった、ってだけの話」

「御託はいいから、さっさと出て行け! さもなくば、力づくで叩き出すぞ!」


「皆殺しにしていい、って言われてんだけどな俺」


 ぎくり、と一同が凍りついた。


「言っとくけど、冗談なんかじゃ全くねえから」


 鉄の古いストーブで、赤々と火が焚かれていた。

 木立をさらった冬の風が、夜の窓をガタガタ叩く。絶句で見つめる一同に、赤髪は視線をめぐらせる。

「ま、掃討許可も出ちゃいるが、いきなりそれじゃ、あんまりだろう? だから穏便に済ますとしようや。高々石ころ一つのことで、そこまでするほどのことでもねえしよ。ほら、さっさと取ってこいよ。こっちも暇じゃねえんだからさ」


 覆布の巫女が、ためらいがちに身じろいだ。

 裾から覗く白い素足は、だが、やはり根が生えたように動かない。


「どうした。行けよ。とろとろやってて、死人が出たって知らねえぞ」

 巫女がうなだれ、首を振った。「……で、できません」

「玉砕する気か?」


 ぎくり、と薄い肩がすくみあがる。


 だが、足はそれでも動かない。赤髪は肩で振りかえり、館内に視線をめぐらせた。「だったら、やっぱり家捜しか」

「お願いします! あれは、時を紡ぐための大切な──」


 すがりついた手が打ち払われて、白い覆布がひるがえる。

「こっちもこれが仕事でね。落とせば、信用問題だ」


 転がった巫女を抱き起こした一人が、憎々しげに睨めつけた。

「一体俺たちが何をした! 濡れ衣もいいところだ!」


「そーだよ? 明らかに濡れ衣だ」


 一同、面食らって見返した。


「あんたらは何も企んじゃいないし、見たとこ、その気もないらしい。武器の類いを蓄えているようでもないしな」

「だったら、どうして──」

「説明は、したはずだがな。世の中、理不尽も起こりうると」


 煙草の灰を土間に落として、赤髪は巫女に目を向ける。

「いいんだな? 次のあんたの一言で、この村、消えちまうかも知んねーぞ?」


 鉄の古いストーブで、火が轟々と燃えていた。

 開け放ったままの引き戸の向こうで、夜闇に集落が沈んでいる。わが身を抱いた覆布の巫女は、顔をそむけて首を振る。「な、なんと言われても、あの宝珠だけは──」

「そっか。あんたは巫女さんだから、祈って神サマに許してもらうか。どんな大罪犯そうが、たちどころに許してくれるんだもんなー? あんたに都合よく無制限に」

「──そ、そんなことは」

「これから何人死んじまおうが、そいつはすべて、あんたが招いた災厄だ」


 覆布の巫女は耳をふさぎ、呪詛を追い払うように首を振る。「さしあげることはできないけれど、できることなら、なんでもします。ですから、どうか村の者には──」


「時間切れ、っと」


 腕の時計に目を落とし、赤髪は吸いさしを指で弾いた。

 上がりがまちを土足で踏み越し、つかつか窓辺のストーブに近づく。


「な、何をなさるつもりなの!」

 取りすがった巫女を払いのけ、赤髪は肩越しに一瞥をくれた。


「あんたは民の命より、大事なお宝をんだろう」


 赤々と焚かれたストーブを、手加減なしに蹴り飛ばした。

 壁に激突、横倒しになったその炉から、ゆっくり炎が這ずり出る。

 赤い触手が床を舐め、みるみるカーテンに燃え移った。それは滑るように天井へ向かい、めらめら布地を舐め尽くす。


 ボッと不吉な音を立て、一気に炎が燃え立った。

 赤い波をうねらせて、たちまち壁板を舐めていく。


「さすが木造、回りが速いな」

 薄く笑って、赤髪は眺めた。「おあつらえ向きに、空気も乾燥している、と」


「──つ、月読つくよみ! 早く外へ!」

 巫女の肩をひっかかえ、護衛が外へと転げ出た。


 残る二人も、咳き込みながらその背に続く。注意深くその様をながめて、赤髪の男は目をすがめる。


「ここじゃあ、ない、ってわけだ」


 後を追って、おもむろに踏み出し、あらかた火炎に包まれた粗末な集会所を後にした。

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