第25話 両親は居ず、娘はもう居ない

 俺は天涯孤独で、両親は居ない。

 そんな俺を拾ってくれたのは隣家に住む幼馴染の父親、鹿野マサムネだった。

 だから俺は自分を拾ってくれた小父さんには心の底から感謝していたのだと思う。

 でも今は、小父さんに対する恩義も薄らいだ。

 その情念はまるで小父さんの頭髪の様相を呈するが如く、薄らいでいた。

「エロハゲが卑しい目付きで女性を舐め回しやがって先生も生徒も学校も迷惑してるだろうが」


 西暦2015年6月25日。

 俺は言い淀むことなくハゲのセクハラを指摘すれば。

 小父さんは「してやられた」と一笑している。

 何を勘違いすればそこで笑えるのか、逆に嗤ってしまう。


 この日、俺含む常士学園の三年生達は受験前の進路相談を受けていた。

 俺の保護者はこのエロゲーハ―なもんで、立ち会っているが。

 エロハゲは学園に着くなり目尻を下げて卑しい態度で学校を闊歩している。

 どうせ俺の進路なんてどうでもいいんだろ。


 俺の進路先はどこでも良かった。

 出来れば実家から近い大学、または職場を希望している。

 進路先なんてどこでも良い、――ここに娘の姿がない限り。

「……――」


 ヒイロ、マリー、チルル、モモノ……彼女達の夢幻を見なくなってどれくらい経った。

 彼是もう二年は経ってしまったのかな。

「実は、彼はある事情から心ここに在らずの状態になってしまった、とでも言いましょうか」

 小父さんが何か言ってる。

 進路相談中だと言うのに、俺は娘達に想いを馳せ、妄念に取り憑かれていた。

 担任は俺を「火疋は成績はいいんだから」叱咤激励しているようだけど。

 西暦2013年4月2日のあの日、彼女達を失った喪失感は俺をただ虚脱させる。

 もう、涙も流し過ぎて零れてくれない程で。

 モモノやエンプレスが俺に前言していたことは真実だった。


 ならば、彼女達と共に暮らしていたあの世界は一体何処にあるんだ。

 また彼女達に逢えたりしないものか。

 現状の俺は余りにも見窄らしい。

 

 それから駸駸しんしんと時は経ち、気付けば町には雪が降り注いでいた。

 ヒイロやマリーはこの雪景色に、何を想うのだろうか。

 チルルは雪に爛々と目を輝かせ、モモノは。

(……何か煙っぽいな)

 西暦2016年1月1日、隣家から火の手が上がった模様です。

「ドゥワ――――ッ! も、燃えてる、萌えてるぁッ――!!」

「ミオ、元気になったようだな」

「何冷静に俺の心配なんかしてるんだよっ、お前家が燃えてるんだよッ!」

 鹿野カノン、幼馴染にして悪友のこいつも、男であれば本当に可愛げがない。

 自分の家が轟々と燃え盛っているのに、気に掛けることが俺の様子って何だ。


「こう言うのを、萌え萌えキュン、って言うんだったか」

 貴方は自分の家が燃えてたとしたら、悲鳴を上げず何をする?

 カノンみたく壊れかけのレイディオの様に、『キュン死に』必死なのか。

 そう言えばカノンの瞳はレイプ目だ。

「なぁミオ、一緒にやってくれよ」

「あぁ、それはいいが少し離れないか」

 火の勢いは増している、黒煙を吸って一酸化炭素中毒になりたくねぇよ。

「せーの、「萌え萌えキュン」」

 元日だと言うのに、俺は幼馴染と燃焼する家宅の前でキュン死にしました。


 その後カノンは事情聴取のため、警察に連行され、頑なに黙秘しているらしい。

 一体何が遭ったと俺も小父さんも気が動転している。

 そして雪解け水の季節、春が訪れた。

 その頃にはもう進学する大学も決まっていて、後は卒業式を……でもな。

 やっぱり、娘達が居ない日々なんて、俺からすれば意味が無い。

 

 俺の人生に意味なんて最早――無い。


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