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prologue

 平成二十二年、突然そのウイルスは日本中で猛威を振るった。


 心理化学型崩心ウイルスーー通称MiRV。

 感染症MeTHsを引き起こす病原体だ。


 日常生活の中にいる感染者には、ほとんど症状がないこの病気。純粋な致死率もゼロであり、むしろ通常の生活を送っていれば発症することも稀である。


 だがこのウイルスは、そんな要因を吹き飛ばすほどの危険性、残虐性を秘めている。



 このウイルスの発症条件は、感染者が他人の死、それも自然死ではなく人為的な、いわゆる『殺し』と言われるものを目撃することだ。


 あくまで、人間を、殺した、ときだけである。病院で病死を看取ったときや、家畜を殺したときには発症しないことがわかっている。


 また、これは何故だかわかっていないが、映像越しの殺人や小説、絵などの描写、死刑執行などの業務上の死では極端に発症する確率が低いとされている。ただし、あまりにも過激だった場合は、その確率は増加する。



 崩心ウイルスの名のごとく、このウイルスを発症したものは自我を失う。


 それだけではない。心が人間から離れていくのと同調するように、身体もヒトではない方向にどんどん変化してしまう。


 ウイルスが、人を作り替えてしまうのだ。


 人を殺し、屠る怪物へ。



 このウイルスには、まだ謎が多い。多くの仮説が立てられているが、どの説もまだ確証は得られていない。


 だが、その中で一つ高い信憑性を持つ説がある。


 その説は、感染症の正式名称の由来になっているものだ。



 MeTHs

 正式病名、Mental Transcendence Human syndrome


 邦語病名『心理化学性人間超越症候群』



 死から逃れたい、という全ての人間が持っているだろう願い


 このウイルスは生物を超越させるという形でそれを成就させるのだ。



 心理化学事件特別処理隊は、MeTHs発症者を処理するために創立された機関だ。


 処理とは、言わずもがな殺戮である。


 有効な治療法の見つかっていないこのウイルスに、ほぼ全ての日本人が感染している。


 殺人によって生まれた怪物は、新たな殺人を起こす。それが引き金となってまた新たな怪物が生まれる。



 感染者の精神は崩壊するが、その肉体は逆に強固に変化する。時間の経過に従って、際限なく。


 例えば、発症したばかりの患者はほぼ人間と同じくらいの強度だ。拳銃で容易に撃ち抜ける。


 だが、二十分経過した発症者はそうはいかない。小型重機の砲撃ほどの衝撃がなければ息の根は止められないという。


 四年前に初めて確認された発症者は、二週間成長し続けた。暴走するそれと、その同類を駆除するために、まだ市民が残っている大阪に原子爆弾が落とされた。日本第二位の大都市だった場所は、現在は巨大な柵で覆われた立ち入り禁止区として封鎖されている。



 そのような事態を防ぐため、心化隊員にはかなりの特権が与えられている。


 強力な武具の所持、使用。


 緊急時のみの、あらゆる場所への立ち入り。


 そして、業務執行上のあらゆる障害の排除。



 人を生かすため人を殺す心化隊。


 彼らが怪物退治のヒーローだと呼ばれる日は永遠に来ないだろう。


 なぜなら、MiRVに感染する条件は健常な日本人であること。


 そして、心化隊に入隊するのに必要な唯一の資格が、精神異常であることなのだから。



 神の恵み、悪魔の鉄槌と呼ばれるこのウイルス。


 その発生は、二人の狂った天才によるものだった。

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