番外6:追悼の二人

 その『事件』を被害者の兄が知ったのは、彼女の遺体が見つかってすぐの事だった。真夜中の……少なくとも零時は回っていた。今日もギリギリまで詰めた慣れない仕事に精を出し、クタクタで帰宅しながらも夕食を自分で用意していた時に、未だにガラケーである携帯電話に連絡が来たのだ。

 普段であれば、メール用の短いメロディが鳴る仕様なのに、珍しくお気に入りの懐メロが流れ出したことにまず驚いた。電話をかけてくる人物など限られている。親しい年上の幼馴染でさえ、連絡はメールでしかしない。電話代が半端ではないほどの負担なのだ、貧乏新社会人には。

 だから、多分これは文明の利器には意地でも頼るまいと考えている節のある妹以外の家族からのモノだと思ったのだ。昔から続く『風習』が嫌になって、先に都会に出た彼を追うような形で上京したのだが、そんなことを正直に話すような性格ではなかった。

 ……この時も、いつものようにくだらない『儀式』についての話を熱っぽく始めるに違いない。そう考えていたし、取らない方がいいかとも思った。だが、『虫の知らせ』のような感覚があり、自然に通話ボタンを押していた。

「はい、もしもし。母さん? 僕は疲れてて……」

 あまり長話はしたくない、色んな理由で。だがしかし、そんな『甘え』を許してくれるような用件ではなかった。『訃報』を聞いた時はガラケーの電池パックが外れる落とし方をした。が、そんな事などどうでもいい。そのガラケーには、他でもないなくなった人物――『妹』が身を守るお守りだと言って渡した、彼の生まれ年の五円玉がつけてある。

 ――嘘、夢、いや母さんがボケた?

 そうとしか思えないし、思いたくもない。……シスコンと呼ばれるほどではないが、それなりに『兄』として可愛がっていた『妹』が、何者かに『殺された』なんて。

 ――そうだ、こんな時こそ、電話しなきゃ。

 残っていた理性が、同じく『妹』を知る人物のスマートフォンの電話番号にコールする。相手は五分ほどしてから眠そうな声で、いつもの調子で言った。

「……安眠妨害で訴えるぞ?」

 『彼』が『探偵』でよかった、と感謝したくなった。……それは誰に対してなのかは自分でも解らないのだけれど。



「この度は、本当にご愁傷様です――」

 そんなごく普通の弔いの言葉も、今の明の耳にはやけに薄っぺらく流れていく。実はこれほどまでに自分はあの生意気としか思えな『かった』、自分より幼馴染を『兄貴だったら良かったのに』などと言うのが腹立たし『かった』、『妹』が大事だったなんて思いもしなかった。それほどまでに心の隙間は大きく、徐々に広がっていく。

 ――誰か、これを止めてはくれないだろうか?

 葬式はもう終わったが、この『村』の『慣習』として、弔問はその後だった。妹の死を嘆いている人間は自分と、もう一人しかいないのではないかと思えてくるような、あまりにも味気ない葬式だった。

 参加したのは妹と『かなり』親しい『友達』と関係者が片手で数えられるだけ。その『友達』の数自体もたったの一人だけ。しかも彼女は泣きもしなかった。……もう一人、大事な人間がいないのだが、彼女はこの『村』での立場上難しいことは想像できた。だが、『理解する事』と『納得する事』は当然ながらイコールではない。

 明はただ、遺影の中で微笑むいかにも強気な表情のセーラー服姿の少女――妹の顔を見つめる。ただそれだけで、涙があふれて止まらない。兄妹仲は、知り合いの少女探偵に比べればはるかに良好だが、一般的にどうなのかは考えて見た事もない。強いて言えばそんな仲だった。

「……明」

 そう声をかけてきたのは、多分この世で自分と同じくらい、いや、それ以上に『妹』――山瀬まみの死を嘆いてくれているであろう幼馴染だった。彼は泣いてはいないが、『男』である以上、化粧など出来るわけがないし、そういうタイプでもない。……『現在は』泣いていない、つまり少し前まではともに泣いていた男はマグカップを手にしていた。らしくないにも程がある。簡単に作れるとはいえ、温かいココアを持つ彼は、本当に『らしくない』。とてもではないが年下の少女からしょっちゅう「ダメ人間が!」と言われている人間には見えない。

「……智也」

 葬式が終わるとほぼ同時に、みんなが示し合せたかのように山瀬家の狭い仏間から出て行った。そもそも葬式に来た人物だって十五人もいればいい方だ。智也はそんな事実から明の心情を悟ったのだろう。普段は腹が立つ『幼馴染』という関係だが、こういう時には非常にありがたい人物だ。

「……葬式の前に会ったオッサンを覚えてるか?」

「……うん。あの都会から来たっていう、フリーライターでしょ? 『御子』の謎を追う的な感じで来たんだろうね」

「あぁ。……これは俺なりの提案なんだが、まみの仇を取ってやらないか?」

「仇……?」

「あのオッサンから、現在の村の状況は大体聴いた。今代の『御子』がおかしいんだよ。今までにない傾向だ」

 智也は自分の分のココアを口元に運ぶ。湯気が上がっていたのに、その色が薄くなっている。東北では神無月――十月でも寒い日はかなり寒いのだ。

「……これまでの情報と俺の推理力で、まみの、俺らの『妹』の無念を晴らしてやる気はねぇか?」

「和也さんもいないのに?」

「アイツの専門は……知ってるだろ? 医学じゃこの『村』のオカルトには対処不可能だ。なにせほぼ真逆なんだからな。……協力してくれ!」

「智也……」

 俺様で、ナルシストで、自己中心的で、Sで、家事が大の苦手で……何よりも『プライド』が大事で。そんな智也が年下の幼馴染兼掃除人に過ぎない自分に頭を下げている。これだけでも、彼にしてみれば『屈辱』以外の何でもない。『拷問』というのが相応しい。……明は自分が恥ずかしくなった。彼女が智也を『兄貴にしたい』と言うのも、至極真っ当だ。

「僕からお願いします。『安藤智也探偵』、貴方にこの『事件』の解決をお願いしてもいいですか?」

 


 『村』の名は『神憑き村』というのが正式だ。東北にある、人口百数十名程度の、本当に小さな村。しかしそんな場所にこそ『迷信』が蔓延したりする。この村では毎月一度、『神落とし』と呼ばれる『儀式』が行われる。それを執り行うのが『神社の娘』であり、『御子』と呼ばれる『巫女』だ。今代のその名は『かんな』というらしい。亡くなった明の妹とは同い年の同学年、近隣にある高校は一ヶ所しかないので同じ高校に通っている。

 智也が言うには、都会から来たというフリーライターの言う事がこれまでのモノとは微妙なズレを感じさせたらしい。智也はこの村を蛇蝎のごとく嫌い、この村を出るためだけに都会の大学へ進学を決めた。村では大学には行かなくても大丈夫だと考える者も多く、智也も例に漏れず苦労したことを覚えている。勉強は得意でも、学費を支払う『親』が進学を快く思わなければ通えない。

「まみ、お前の仇は必ず俺たちが討ってやる! だからよ、安心して眠れ。そんで『気が向いたら』でいい、だから、明の夢枕に立ってくれ!」

「……まみ、僕も頑張るから。夢枕でも、呪いでもいいんだ。頼むから、もう一度だけでいいんだ、いつものように『笑って』くれよ……」

 二人は故人の遺影に手を合わせる。明の両親はまみは可愛がっていたものの、都会の大学に進学し、いつまで経っても帰らない明に嫌気がさしているようだ。だから、この『儀式』は見つからぬよう注意した。

「行こうぜ」

 智也が心底名残惜しそうにまみの遺影を見つめる。その事に、やはり明は安心した。



「それで……『今までにない傾向』って?」

「なんでもあのオッサン曰く、『儀式の時には甘い匂いがした』なんていう話だ。『儀式』ならばシャーマニズムなんかではあり得るが、この村のモノとは性質が違うだろ?」

「えっ? 何それ?」

「だから引っかかるんだよ。……まずはそのフリーライターが嘘をついてるんじゃねぇかとも思ったが、ただの売れないライターが嘘をつくメリットなんかないだろ? だから、気になる。それに『甘い匂い』は怪しい要素しかない」

 智也は山瀬家の狭い明の部屋をゆっくりと歩く。もうすでに深夜になり、明の両親ももうとうに眠っている時刻だ。それ以前にこの村は夜が短く朝が長い。

「……その『甘い匂い』について訊きたいんだけど?」

「それなら和也に聞いたことがあるんだよ。『ベラドンナ』だ」

「どこかで名前は聞いたことがあるような気がするけど……それって?」

 智也は自らココアを淹れ直した。この村の神無月は寒い。沸騰したての湯をポットに入れておいたのだが、それもいつまで保たれるだろう。彼の手にあるマグカップの中から白い湯気が上がる。

「有名な毒薬だからな。 イタリア語で『美しい貴婦人』辺りの意味の言葉の毒薬だ。香りは甘く、外見もそこらの雑草とあまり変わらない案外普通の花だ。注意しないとお前も気づかないうちにあの世ゆきだ」

「僕はそんな雑草なんて飲まないけど?」

「口からだけじゃなく、網膜から入っただけでも危険なんだ。そもそも『美しい貴婦人』の意味の由来は、目にその滴たらすと瞳孔が緩み、涙で目が潤んで見える。しかも致死量は一グラムの十分の一だ」

「……それはどこまで本当?」

 智也のことはよく知っているつもりだが、こんな時にまでは嘘はつかないだろう、とは思う。しかし、そんな威力のある毒薬がこの田舎村に存在するなど考えただけでも恐ろしい。

「全部本当だ」

 智也がココアを一口飲んで、盛大に熱がった。

「……つまり、原因はそのベラドンナにあるかもしれないという事?」 

  「ベラドンナの『毒』としての恐ろしさは致死量の少なさはもちろん、網膜から入ることも危険要因でもある。が、真骨頂は幻覚作用による錯乱だ。自分で自分が何をしているのか解らなくなるそうだ、和也曰くな。しかもあのオッサンはその通りの体験をしている。村の人間の言ったことならば信憑性は薄いが、第三者ならば話は逆だ」

「それじゃあ、ベラドンナで幻覚を見たか錯乱した人が、間違ってまみを殺した? ……じゃあ、容疑者は百人を超えるじゃないか!?」

 明は絶望的な気分になった。そんな不確定な要素しかないのでは、犯人を見つけるなど至難の業だ。いくら智也が優秀な探偵だとしても。

「……まぁ待て。お前はもう一つ、俺の言ったことを忘れている」

「え?」

「『御子』だ、もちろん」

 これまでの『儀式』は、この村を出るまで両親によって強制的に参加させられていた。智也も同じく。その自分たち二人が参加した『儀式』は、ただゆっくりと神に祈りをささげ、巫女が毎度ロるだけだ。たしか最後に明が参加した時の巫女の名は『えにし』だったはずだ。

「……今代の御子は『かんな』だと、村の連中が口をそろえて言ったらしい。オッサンからしてみれば外部の人間だし、村ぐるみでだましてしまえばそれまでだ。……だが、俺らは違うだろ?」

「うん、僕たちはえにしをよく知ってるよ。『神威』の一人娘で、その前に生まれたらしい子供はすぐに殺されたとか……」

「んなことはこの際どうでもいい。問題はその『えにし』がどうして『かんな』とかいう小娘に変わったんだって事だ! えにしはどう見てもまだ二十二で通っていた。生憎美人ではなかったが」

「いや、それこそどうでもいいよ……」

 ついいつものノリでツッコミを入れてしまう。この村では気心の知れた仲はやはりこの智也と、もうこの世にいない妹のまみだけだったのだと実感する。

 ――まみ、僕ら『兄貴たち』が必ずお前の無念を晴らしてやるから!

「……ついでに告白しておくが、俺は親から勘当された身だ。学費も自力で払ったし、その辺の詳しい事情は手紙でお前にも知らせたから知ってるよな?」

「あ、うん。確か初めての探偵の仕事の時に破格の給料をもらったって……」

「そこでお前の家を調べさせてもらいたい。いや、厳密に言えば庭だ」

「どうして?」

 しかし智也は明の話を無視して、残っているココアを一気に飲み干した。あれからそれほど時間は経っていないはずなのに、すでに冷めてしまったらしい。

 智也は山瀬家に常備されている救急箱からオキシドールと自分の鞄からアトマイザーを取り出してスプレーにした。その行動だけで明には智也がやろうとしている事の大体の見当はついた。昔から科学的な実験が好きな男だったのだ、智也は。



「……」

「……あった?」

 山瀬家の庭は狭い。正直に言えば、この小さな村で最も狭い庭ではないかとも思う。それほどまでに山瀬家は貧乏だった。だが、母親はガーデニングが趣味で季節の花や好みの樹木を植えるのが好きだった。

「……ここだな」

 智也は片手にアトマイザー、もう片手にハンドライトを持ち、地面にオキシドールを吹きかけていた。オキシドールは血液に反応し、化学変化を起こす。具体的には血の出ている傷口を消毒する際にかけると白い泡が出るように。その応用がこの行動というわけである。

「本当にあったんだ……」

 山瀬家は貧乏ゆえに神に縋る事が多かった。必然と信心深くなり、神社でも必ず『儀式』の際にいは顔を出すのが山瀬家の面々だった。そんな明の両親が神社の言う事をきかないわけなどない。……それが例え、法に触れることであったとしても。

「すげぇ腐敗臭だな……。いくら女でも死体とは付き合いたくねーわ」

「……っつ!」

 「当たり前だよ」とツッコミを入れたかったのだが、あまりの悪臭に耐えかねて、吐きそうになる。よく智也は涼しい顔で軽口など叩けるものだ。その智也と言えば、腐敗した死体の歯型を入念に調べている。

「……えにしと歯形と言うか、銀歯が一致だ。あの前歯の特徴的なヤツ、奥の虫歯の治療の際に入れたモノ、山形に削った後のある八重歯。見事に一致だ」

「……それじゃあ、このひとが、『えにし』?」

「間違いない。彼女は何らかの事情があって意図的に殺され、その死を村ぐるみで隠蔽したんだ。主犯は……ほぼ間違いなく神社だろうな。『神威』は相変わらずイカレてる」

 そして智也は遺留品と思しき守り刀を見つけた。刃先は錆びてはいるが、切れないこともないだろう。いくら脅されていたとしても、流石は明の家系。祟りが恐ろしくてビビったのだろうと智也は思う。

 ――ん? 待てよ。

 この村はオカルトじみた古い風習が今なお残っている。家系や血筋に拘るのもまたそういったところから来ている。ならば、当然『アレ』もあるはずだ。

「……明、見つけたぜ。犯人がな」

「……本当に?」

「こんな村、とっとと滅んでしまえばいいのに」

 そう智也はどこか諦めたような、悲しみに満ちた声で呟いた。もちろん、妹を永遠に喪った明はそれ以上だが。



 翌朝、『あの』安藤智也が帰省したという事実で村中が湧いた。もちろん、悪い意味で、である。

「……相変わらずの嫌われっぷりだね」

「慣れてんよ。つーか、こんな田舎者どもと一緒にすんじゃねぇよ!」

 村を歩く明と智也はそんな事を言い合う。明は小声なのだが、智也はわざと大声で喧嘩を売るように堂々と歩く。それがこの閑静な田舎村には似つかわしくない。

「実家には顔を出さなくていいの?」

「何度も言わせんなよ。俺は勘当されたっつっただろ? 第一帰りたくもねーし!」

 こうして二人が早足で向っている先は、先日『儀式』を終えたという神社だ。当主兼『神威』は見慣れない若者二人組を見て怪訝そうな顔をした。

「かんなに何か用かね? 娘は疲れて眠っている」

「相変わらず傲慢な男だな。そんなんだから奥さんにも逃げられんだよ!」

「……なんだと? それは聞き捨てならないな」

「いや、聞き捨てていいぜ? どうせ俺が用のあるのはあんたじゃねぇし」

 智也は村の象徴でもある神社の境内を和図と土足で入っていく。昔からの迷路のような造りだが、シミの特徴を覚えておけば迷うことはない。いくつかの広い客間を通り過ぎたところで、昨日のフリーライターが眠っているところを見かけたが、放っておくことにした。世の中には知らない方がいい事もあるのだ。

 そうして辿り着いた奥の間には、老人が控えていた。『大儀式』の支度の手伝いらしい。智也はその人物の着ている着物に注目した。……やはり『一致する』。

「……アンタがまみを殺したんだな?」

「……はて? 一体何の事やら?」

「アンタみたいなジジイ相手には長話よりも結論から言った方が早いと思ったんだが、流石に端折り過ぎか」

「……」

 明は黙って智也の手腕に注目している。そして、妹に、まみに語り掛ける。

 ――見てて、まみ。『僕たち』がお前の仇を取ってやるから。

「今代の御子は『かんな』というらしいな?」

「はい、それが何か? ……安藤の不良息子」

「俺が知っている御子は『えにし』だったはずだが?」

「……」

 途端に老人は黙り込んだ。この事実だけで明にはすぐに彼がまみ殺しの実行犯だと解った。昨日確認した『証拠』は、今も彼が身に着けている。

「『えにし』は殺されたんだ。誰にかって? もちろん『神威』にだ。アイツは昔から神社のこととなるとおかしくなるからな。……それはある意味アンタもだが」

「……」

「今代の御子『かんな』は、『えにし』と同様に『神威』の実の娘ではないんだろ? ……なにせ『神威』の妻はちょうど二十五年前、つまり俺が生まれる前に死んでいるんだからな!」

「……えにしの遺骸は、どこだ?」

「やっと認める気になったのか? それなら教えてやってもいい」

「とんだ罰当たりが! 人の娘を何だと思っている!」

「その言葉はそっくりそのままお返しすんぜ! まみの仇が!」

「……『菊田』さん、貴方の家の『家紋』、守り刀にちゃんと彫られていましたよ?」

 明が決定的な証拠を告げる。彼が現在来ている着物にも、ちゃんと守り刀のモノと同じ特殊な菊の『家紋』が染め抜かれていた。

「……えにしの仇を、取ってやりたかった。かんなを少しでも苦しめてやりたかった。親しい娘が死ねば、あの小娘かて涙の一つくらいは見せるだろうと……」

「だが実際には一滴も流さなかった。『巫女』が聞いて呆れるな。なんて無慈悲なんだ。……アンタもそうだがな」 智也が冷静にそう告げると、老人は急に弁解しだした。

「私の殺しは聖戦だ! えにしの……私の娘の仇を討つためだ! 『神威』は私から幼い娘を奪っていきながら、山瀬家の者に殺させた! 復讐して何が悪い!」

「ふざけんなよ!? 怨む相手が間違ってる! やるなら『神威』をやれ!」

「『神威』がいなくなれば、この村はどうなる!? 滅ぶしかないのだぞ?」

「あぁ、こんなどうしようもない村、とっとと滅んだ方が世の中のためだ!」

「……」

 明は目の前で老人に手を上げる智也を眺めていた。いつもならば止めに入っているところだが、とてもではないがそんな事はできない。大事だった妹の仇。そんな相手に情けをかけるほど、明も甘くはない。

 そんな時、静かな少女の声がした。男三人は気配を感じないその細い少女を見ると、動きを止めた。彼女ならば、一体どうするのだろうか。

「……まみのお兄さん?」

「そう、山瀬明」

「この度はご愁傷様」

 それはまるで機械のように無機質な声だった。全く感情がこもっていない声。哀しみも怒りも何もない、ただあるのは『無』のみ。智也は勢いで彼女を殴ろうとするが、老人が縦になって止めた。少女は振り返りもせずに去ってゆく。

 ――これが、かんな?

 少女は老人に対して礼の一つも言わなかった。それがこの村を象徴していた。



 結局犯人は見つけたものの、ここには警察もないし、『組織』の管轄からも外れているため、犯人は野放しのままだ。智也は激しく憤り、もう二度とこの村には戻るものかというものの、明には同じことはできそうもない。……妹は、まみはこの村の墓に入ったのだから。

「……これが大西のやり方か」

 ――これが、大西隆のやり方?

 最も身近でも、日ごろは大事だと気づけないモノを無慈悲に、冷酷に奪い去っていく。それも狡猾に。寒気がした。

「……待てよ、まさか大西の狙いは……あの男は……!?」

 突然の智也の独り事も耳に入らない。ただ、何か大事なことらしいという事だけは察しがついた。

「明、俺は一足先に東京に戻る! 小娘が心配だ! お前はどうする?」

「……え?」

 明にはどうすればいいのか判断が出来なかった。

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