第40話 魔王の使者

(ライト君、<刀撃ロボパラ>で地下迷宮に潜ってほしいの?)


 時が止まったモノクロ色の世界で、薄桜色の衣を纏まとった少女<常世岐姫命とこよきひめのみこと>が妙な依頼をしてきた。

 思念波のようなものが伝わってくる。


(え? それが命を助けた見返りですか?)


 ライトは驚きを隠せなかった。

 あまりにも意外な依頼だったからだ。


(そうです。私と一緒に行ってほしいのです。もうひとつサービスして、エリィちゃんも取り戻してあげますよ)


(え?)


 あまりにもライトに都合がいい話に、逆に少し警戒する。


(私は身体を持たない神霊なので、この世に干渉するためには憑代よりしろが必要なのです)


(それって、エリィは大丈夫なんですか?)


 ライトの顔が少し曇る。


(それはもちろん、大丈夫ですよ。何も無ければ彼女の意識はそのままです)


 微笑みながら<常世岐姫命>は断言した。 

 

(なら、いいけど)


 ライトは不安に思ったが、拒否する選択肢もなかった。


(では、契約成立ですね)


(……はい。それでお願いします)


 まるで悪魔との契約に応じてしまったかのような居心地悪さをライトは感じた。




     †




(この辺りでいいのかな? <常世岐姫命>さま?)


 ライトはSSSRトリプルエスレアクラスのボトムドール<くれない>で地下迷宮を降りていった。


 この機体はネットゲー<刀撃ロボパラ>に一機しかないもので、最難度イベント<スケルトン中華ロボ>討伐戦で生き残った僅かなプレーヤーがガチャを引いた時に、天文学的確率で出る超レアで希少なものであった。

 その名の通り真紅に輝く機体に白銀の双眸、背中に聖槍<光神ルーの槍>を装備している。


(そうです。岩陰に隠れて、ここで待っていて下さい)


 コクピットの前方座席にいるエリィの姿をした<常世岐姫命>はそう答えた。

 

 そこは地下迷宮の最深部に広がる約1キロ四方の巨大な空間<ジオフロント>だった。

 その中心には緑色の淡い光の魔方陣が描かれていた。

 ライトはしばらく指示に従って岩陰に潜んでいた。


(いまさらですが、あなたはい一体、何者なんですか?)


 ライトは暇つぶしの気持ちで疑問をぶつけてみた。


(そうですね。私は古き神です。常世とこよ、常夜に住んでいる女神です。常世とは死後の世界、黄泉の国、海の彼方の『ニライカナイ』、『竜宮城』、妖精たちの住む『常若とこわかの国』、時が止まった永遠の楽園とも呼ばれている。どれもが正解で、どれもが間違っているとも言えます)


(その女神さまが何故、僕の力が必要なのですか?)


 それが一番の疑問だった。


(私のような常世の住人の神霊は、基本的にはこの世に干渉は出来ません。このあなた方の星は、最も古き神、大地母神<ガイア>によって治められています。彼女の定めた法が絶対なのです。そこでこの星の住人の中で今回の任務に最も相応しいのが、あなた、ライト君なのです)


(大変な任務ということですよね。それは喜んでいいことなんでしょか?)


(そうですね。でも、ライト君は<刀撃ロボパラ>では最強プレーヤーのひとりですよね?)


 <常世岐姫命>はライトの自尊心をくすぐる。

 桜色の瞳が妖しくまたたく。


(確かに僕は現実の世界では憐れなものですが、<刀撃ロボパラ>では最強に近いです。紅の閃光ライトニングクリムゾンと呼ばれています。デタラメ和製英語ですが『Flash of Red《フラッシュ オブ レッド》』が正しいんでしょうが、この呼び名の方が気に入ってます) 


 ライトは誇らしげに語った。

 現実の世界では足の不自由な障害者だが、ネットゲーの世界では皆に頼られその力を賞賛される。

 それがライトがこのネットゲームにのめり込んだ原因なのだが、それは他のプレーヤーにも同じことが言えた。


 ネット小説投稿サイトで流行している『異世界転生小説』もこれに似ている。

 現実の世界ではいじめられっこであったり、ニートや派遣社員だが、ネットゲームの中では最強の主人公になれる。

 『異世界転生小説』に皆がはまるのも、同じような理由なのかもしれない。


(<常世岐姫命>さま、僕の任務はどういうものなのでしょうか?)


 自尊心を巧みにくすぐられ、すかっり<常世岐姫命>の術中にはまってしまってるライトであった。


(そうですね。その転位魔方陣は<刀撃ロボパラ>の『火星ステージ』に繋がっています。そこにあるゲームエンジン<TOKOYO DRIVE>をあなたに破壊して欲しいのです)


(ゲームエンジン<TOKOYO DRIVE>?)


 ライトは思わず訊き返した。


(それこそが諸悪の根源なのです)


(一体、それは何なのですか?)


 ライトは身を乗り出すぐらい興味をそそられた。


(そうですね。話せば長くなりますが、あなたに語っておきましょう)


 <常世岐姫命>は高くて低い声で歌うように言った。  

 この後、現実世界の存亡に関わるような陰謀をライトは知ることになるのだが、そんなことなど知らずに平和に暮らしていた方が彼には幸せだったかもしれない。

 そういう意味では<常世岐姫命>はライトにとって魔王デーモンの使者だったのかもしれない。

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