第107話

 メルグロイは脱出艇の搭乗口前でうーむとうなった。

 まさか、こんなに早くジェシカと再会することになるとは。

 スタン弾の装填された銃をジェシカに突きつけ、億劫な声を出した。

「いちおう見張りなんでね。機内に戻っちゃくれないか?」

 それから、近付きすぎないよう距離をとった。この女は確実にどこかで訓練を受けたはずだ。あまりに近いと銃が意味を成さなくなる。俺より体術が強かったりしたらやだなあ。

 ジェシカはまっすぐに目を合わせてきた。

「行かせて」

 軽口すら無しか、とメルグロイは首をかしげる。余裕が無いのか?

 だが視線を合わせてみると、彼女の目からは焦りが感じられない。

 ただただ、真摯さが目の奥に読み取れるだけ。変だな……俺みたいな奴には慈悲とかそういうものは期待できない、というのは同類なら分かりそうなもんだが……

「お願いされても、駄目だ」

「わたしは行かなければならないの、黙って行かせて」

「それじゃなおさら駄目だ。理由も無く行かせられない」

「じゃあ、言えば行かせてくれるの?」

 まっすぐ見つめられ、メルグロイはたまらず視線を逸らした。なんなんだ、よく分からなくなってきた。今までの俺なら、ここでニッコリ笑って『ああ』と嘘をつけた。だけど今はどうだ? この女を行かせてやった方が良いんじゃないのかと思い始めている。俺は変わったのか? ブリッジ前の、この女を助けてしまった時に。

 しばらく考え、溜息をついてから言った。

「……あんた、いったいどこに行こうとしてるんだ」

 すると、彼女は簡潔に答えた。

「好きな人の所へ」

 それがあまりにもあっさりとしていて、メルグロイは呆気にとられてしまった。

 直球過ぎる。

 だがいつも軽口で言葉をこねくり回すのが日常になっていただけに、そして大人同士はそういうものだと認識していただけに、新鮮だった。

「…………好きな人の所、か」

「うん、そう」

 ジェシカはそこで、はにかんだように笑った。

 それが仮面を外した素顔なんじゃないかと思えるほど魅力的で。

 メルグロイは、まあいいか、という気持ちになった。エミリー、人の恋は邪魔しない方が、良いよな……?

 きっとエミリーが隣にいたなら、こう言うだろう。

 つべこべ言わずにさっさと行かせてあげなさいよ、と。

 何だかおかしくなった。

 本当にエミリーが傍にいるみたいだ。

 いや……いるのか。

 そうか、彼女は歌になったんだ。

 歌になって、俺の中で息づいているんだな。

 メルグロイは銃を下ろした。

「大人も……たまには、衝動に突き動かされることがあっても、良いかもしれないな……」

 そういうのは中学生や高校生の特権だと思っていたが。だが、俺達も別に、権利を失ったわけじゃないんだよな。羞恥心とか恐れとか、そういうのが肥大してしまっただけで。

 そうしたら、ジェシカは銃を指差した。

「それ貸して」

「マジかよ……」

 メルグロイは銃を手の平に乗せて、見詰める。

 それを差し出し、ジェシカが銃を掴む。

 メルグロイは銃を離す前に尋ねた。

「一つだけ、質問良いか? 俺は……地球へ行きたいんだ。あんた……何か考えがあるのか?」

「わたしに任せるのが、地球へ行く唯一の方法よ」

 メルグロイは肩を竦め、銃から手を離した。灰色の回答だが、まあ、いいか。単に突き進んでいるだけじゃなけりゃあいいな……

 ジェシカは手を振ると、ゲートへ向かっていった。

 ゲートの向こう側には、出撃したはずの黒く大きな機体が戻ってくるのが見えた。



 ジェシカは【黒炎】に飛び移るとコックピットを開けた。

 中から出てきたのは【ファイアーブランド・パラディン】のメンバー。

 だがシゼリオではなかった。

 シゼリオの所在を尋ねてみたが、知らないという。

 とにかくそのパイロットは脱出艇へ向かわせた。

 ジェシカはしばらくぶりに【黒炎】の座席へ腰を下ろした。

 オートモードは既に解除され、再始動可能になっている。

 操縦桿を握る。

 パイロットとしての感覚が開放される。

 操縦桿を握る手から全身へ、血液が活性化していくように力が漲っていく。

 始動する前に三秒間だけ目を閉じ、心を無にする。

 そして瞼を開き、自分にゴーサインを出した。

「もう、後には退けない……行くよ、わたし……!」

 始動。

 オーバーパワーのエンジンを搭載しているため、初動で揺れる。

 しかしその揺れが、以前乗った時より格段に小さくなっていた。

 以前乗った時は、電志くんもまだまだね、と思ったものだが。

 こうした乗り心地にまで気を遣えるようになったのかと感心した。

「まるでホシさんが設計したみたい」

 ふっと笑みが零れる。

 七星は昔からこういうところまで気を配る設計をしていたのだ。

 すぐに向きを変更。

 目指すのはブリッジだ。

 それまでにやっておくこともある。

 地球艦隊とのコンタクトである。

 通信はすぐに繋がった。

 わたしが説得役になるから攻撃をやめてほしいと伝える。

 通信に出た女性はしばらくお待ち下さいと言った後、いったん切った。

 ジェシカは機体の状態や兵装を確認していく。

 問題なし。

 それから外の景色を束の間楽しんだ。

【黒炎】は機体外部に取り付けたカメラで広範囲の映像を取り込んでいる。

 コックピットの中にいながら宇宙をいっぱいに感じることができた。

 大きく映る旗艦【グローリー】。

 それに続く【アイギス】艦隊。

 その前面に展開している戦闘機部隊。

 ぐるりと目を移せば星の海の中で不自然にキラキラ光る一団……地球艦隊。

 全てが綺麗だった。

 だが一時、心を洗われても、目の前と向き合わなければならない。

 ブリッジ前に到着。

 望遠で見ると、ブリッジ内もよく見えた。

 七星の姿を捉える。

 地球艦隊から通信があった。

『分かった、やってみろ』が回答だった。

 ジェシカは深呼吸し、【アイギス】艦隊との通信を始めた。

 通信の画面に七星が映る。

 もう後には退けない……ジェシカは顔をこわばらせる。

 こんな形で対峙したくなかった。

 悲しみを胸の奥に押しやって。

 第一声を放った。

「ホシさん……もう、終わりにしましょう」

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