第100話
安心したところで予想外の出来事が起こると、その衝撃たるや凄まじいものになる。
だからメルグロイは、自分でもアホみたいに口をあんぐり開けてしまっているのを自覚しながらもそうならざるをえなかった。
「おいおい、なんだって……?!」
画面を見詰めながら硬直するしかない。
本当は俺達が地球へ宣戦布告すると宣言するはずだった。
その作戦が失敗したのだから、普通に武装解除を伝えるものだと思っていた。
わざわざ地球側に大義を与えてやる必要はないだろう。
いったいどうなっているんだ……?
七星の演説は続いている。
『この十年間、地球は【アイギス】を盾にして平和を貪ってきた。お前たちは俺達を人間の盾として使った……! そして何年も経たない内に俺達のことを忘れた! 何事も無かったかのようにのうのうと平和な暮らしをしてきた! 地球に住む一人一人の人間に問う。何もしないことが誰にも迷惑をかけないことだと本当に思っているのか? 誰も犠牲にしていないとでも思っているのか? それは間違いだ! お前たちが何もしなかったからこそ、俺達は仲間を失い続けた! 全滅の危機にさらされても戦い続けることになった! 罪の無い人間などいない、無関係な人間など一人もいない……! 【アイギス】の受けた苦しみを、辛さを……無関係を決め込んでいる一人一人に刻み込んでやる!』
あまりにも凄まじい語調。
今まで溜め込んでいたものを一気に放出するような怒りの演説。
メルグロイは複雑な心境になった。これは……マズイ。いや、言っていることは正しい。正しいんだ。俺だって宇宙に上がるまでは、【アイギス】の惨状を耳にしていたものの、やはり遠くの出来事みたいに思っていた。そうしている間にも【アイギス】の者達は死と隣り合わせで戦っていたんだ。俺達は【アイギス】のやつらを犠牲にして何気なく生きていた。
だが、正しさは、それが激しければ激しいほど反発を受ける。『上からものを言われている』と感じる者達には論理が通じないのだ。それがどんなに正しい論理でも。そして民衆の大半を占めるのは、そういう層だ。
いくらもしない内に七星は『テロリスト』のレッテルを貼られるだろう。そうして絶対悪のイメージを付けてしまえば、そいつの言っていることに目が向かなくなる。権力者が報道とネットを使って大量の恣意的な情報を流させれば、民衆を操ることなどたやすいのだ。
しかし、七星はバカなのか……?
いくら言葉を重ねても相手に通じないということが分からないほどの。
この先いったいどうなるんだとメルグロイはため息をついた。
ブリッジ内も騒然となっていた。
電志もそこで起こった出来事だけは理解できるが、どうしてそうなったのかはまるで分からない。
まず地球生まれ達が銃を持って突入してきた。
それは七星がちょうど演説を始めようとしているところだった。
この時点で『そもそも何で総司令が出てこないのか』という疑問が湧く。
突入してきた地球生まれは演壇を目指して走っていった。
銃を持っているそいつらが怖くて多くの人は道を空けた。
だが透明なシールドを持った何人かが立ちはだかった。
そのシールドは銃撃を受けてもびくともしなかった。
シールドを持っている人の中にはゲンナの姿もあった。
地球生まれ達はそれ以上進めなくなり、七星の演説が始まると驚愕の表情を見せて固まった。
そして演説を聞いて驚愕したのは電志たちも同じだった。
電志は演説を聞き終わったが、ここへきて『やられた』と感じた。
噂についてやはり可能性を捨て去るべきではなかったのだ。七星さんは最後まで隠し通し、ここへきていきなり表に出してきた。全て計画的だったのだ。
ブリッジ内は静まり返る。
地球生まれの者達も、【アイギス】の大人達も、電志達も。
全ての主導権を握っているのは、演説を終えた、あの人物だ。
七星は全艦向けの放送に切り替えた。
そして不敵に笑って見せると、こう言った。
『戦え……!』
とてもシンプルな命令だった。
総司令でもない彼の言葉は本来なら無効だ。
だが総司令でもない彼の言葉が、今は国王から発せられているかのように力を持っていた。
『地球艦隊はもうすぐそこまで来ている。【アイギス】の目の前で待ち構えているのだ。【アイギス】も占領されている。地球はハナから武装解除で許すつもりなどない。我々は戦って勝つ以外に生き残る道は残されていないのだ! 戦え! 生き残るために! そして地球に俺たちの強さを見せつけてやれ!』
これはマズイ、と電志は思った。
ただでさえ地球に反感を持つ者は多い。そしてここへ来て地球生まれの艦内襲撃。地球への憎しみは最高潮に達している。七星さんの演説は確実に憎しみの気持ちに火をつけたはずだ。一気に戦いの空気が作られてしまう……!
隣の愛佳が呟いた。
「ねえ電志、やっぱり地球を倒さないとボク達の平穏な生活は取り戻せないんじゃあないだろうか」
電志は咄嗟に首を振る。
「早まるな。俺達の作った機体が殺戮兵器として使われてしまっても良いのか? 良いわけないだろう?」
「それはキレイごとだよ。だって戦わないと」
「まだ戦いが実際に始まったわけじゃない。最後まで戦いを回避するために考えるんだ」
電志は愛佳の言葉を遮ってまで主張した。
普段ならば相手の話を全部聞いてから反応を示すのに、これは珍しいことだ。
だが愛佳は弱っている。
眉尻を下げ不安に苛まれている。
こんな時には自分がしっかりしなければ駄目だ。
状況を整理し、チャンスを待つしかない。
電志は愛佳の手を力強く握った。
メルグロイはだらけていたが、ブリッジの入口からぞろぞろ人が出てくると途端に切り替えて銃を構えた。
ぞろぞろ出てきたのは【アイギス】の大人達。
そして最後に七星がグウェニーとロッサを伴いやってくる。
グウェニーとロッサはアサルトライフルは取り上げられたようだが、ピストルを持っていた。
信じられない光景だ、グウェニーたちが七星の護衛になるなんて。
だが計算上はそうした方が良いのだろう。元々俺達がやろうとしていたことを達成してくれたんだからな。この後戦闘が始まったらどさくさに紛れて逃げ出すつもりだろう。
セシオラと、セシオラを抱きしめていた女性も立ち上がり、メルグロイの横に並んだ。
相手方は撃ってこない。
メルグロイも撃たない。
だが考えてみたら、撃たれたらどうしようもないではないか。
圧倒的多数を相手に、こちらは三人だけ。
しかも逃げ場も無い。
肩を竦め、メルグロイは構えを解いた。
撃ってこないということは、話があるということだ。
七星はすっと右手を差し出すと、セシオラの隣に立つ女性に言った。
「ジェシカ、一緒に戦おう。俺と共に王国を作ろう」
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