第97話

 メルグロイたちはブリッジ前で攻防戦を始めていた。

 ブリッジには入口が二つあり、どちらもその手前には【アイギス】の者達が守備隊となって陣取っている。

 また、ブリッジ前は広場になっていて、幾つかの大きなオブジェもあった。

 オブジェを陰にメルグロイたちは攻撃を仕掛けていった。

 警備ロボットを穿ち、人間を貫き、確実に弾丸一発一発を当てていく。

 レンブラが弾倉を交換しながら余裕の表情を見せた。

「ド素人ばっかりだな。数が多いだけで大したことはない」

 それに対しムラファタが頷く。

「シューティングゲームみたいだね!」

 メルグロイだけは反応が薄かった。こいつら、壊れてやがるんじゃないのか。

 作戦とはいえ、こうもバタバタ人が死ぬのを見ていてはたまらない。もう少しスマートにできなかったのか。

 本当はもうとっくにブリッジを制圧しているはずだった。俺達がここにやってきた時にブリッジ前に守備隊がいたことが想定外だったのだ。対応が早すぎる。まだ混乱して何もできていないという想定だったのに。〈DPCF〉も対応が早かったという話を聞いているが、奴らは対人戦が不慣れじゃなかったのか?

 だが【アイギス】の連中は対応が早いだけで、先ほどレンブラが言った通り銃撃戦はド素人だった。

 そこがアンバランスである。

 指揮系統だけ優秀なのだろうか?

 そうしていると〈EN〉の画面にメッセージが表示される。

『ベータ班と合流次第、突入せよ』

 隊長のグウェニーからだ。

 現在、メルグロイ達をアルファ班、カジノ及び蚤の市担当をベータ班、戦闘機格納庫担当をデルタ班などと呼び分けている。

 そのベータ班に応援を頼んだのだ。

 ブリッジ前の広場には正面からの通路の他に左右の通路も伸びている。

 メルグロイ達は正面からの通路をやってきたのだが、増援には右の通路から急襲してもらう。

 もう少し撃ち合ったところでメルグロイも弾倉を交換した。

〈EN〉では増援の位置も地図上に示されていたが、もうすぐ到着しそうだ。

 合流したところで増援と息を合わせて突入となる。

 それまで三十秒~四十秒くらい、息を整える時間があった。

 メルグロイはポケットから紙を取り出した。

 それはエミリーが最期に所持していた物だった。

 息絶えた彼女が握り締めていたのである。

 紙には歌詞が書かれていた。

 きっと新曲の歌詞だろう。

『わたしは歌になる

 たとえこの身が滅びても

 あなたの傍で寄り添い続ける

 一緒にあの星へ行こう』

 彼女はいつも、もっと明るめの歌詞を作っていた気がする。

 今回は暗めだ。

 それとも、恋に夢見ているようなメルヘンな感じなのか。

 分からない。もう訊きたくても訊けない。

「おい、そろそろだ」

 レンブラが注意を促すように言った。

 メルグロイは紙をポケットにしまう。

 周囲と顔を見合わせ、頷きあう。

 この後の作戦はこうだ。

 ブリッジに突入後、地球との通信をジャックする。そして武装解除を伝えるはずだったものを、俺達が覆面して徹底抗戦を伝えるのだ。そうすりゃ地球側は『【アイギス】艦隊討伐』の大義を得る。公然と殲滅戦が展開できるようになるわけだ。地球の住人は最後まで何も知らず『【アイギス】は危険分子、滅ぼして当然』と思い込み続けるだろう。子供にはこういうことは分からないだろうな。悪者ってのは勝手に発生するもんじゃない、作られるものなんだよ。

 突入後、総司令を人質にできればスムーズなんだが……こうも体制を整えられていると、うまくいくだろうか。まあ俺達の場合、通信をジャックした後の退却が不可能と見込まれていても突入しなきゃならないんだが。兵士の命は道具だからな。地球に帰りたかったら何が何でも成功させるしかない。だがなあ……

 エミリーのいない地球に帰って、どうするのだろうか。

 虚しさと苛立ちを噛み締めた。



 セシオラはベータ班と一緒にブリッジを目指していた。

 やみくもに捜していてもネルハは全く見付からない。

 途中で出会ったベータ班がブリッジへ行くというのでついてきたのだ。

 人が集まる所なら発見できる可能性があると信じて。

 右側通路からブリッジを目指し、走る。

 ブリッジ前の広場には沢山の生きている人と、倒れている人。

 警備ロボットは大破したものばかり。

 もう力押しで突入できるだろう。

 ベータ班は八人で、セシオラはその後ろをついていっている。

 敵が気付いた。

 ベータ班が撃ち始める。

 メルグロイ達もこれに合わせて動き始めるだろう。

 ブリッジまでもう少しだ。

 突入開始。



 電志の所にも銃声が聴こえるようになった。

 ブリッジの外では銃撃戦が行われている。

 血を流して部屋の中に運ばれてくる者は苦しげに声をあげている。

 愛佳は無言からは回復した。

 だがそれは別の恐怖に支配されてしまったからだ。

 彼女は電志の腕に縋り付いて震えている。

「ねえ電志、ボク達このままここで死んじゃうのかなぁ……」

 そんなことはない、と言うべきだろうかと電志は悩む。正直なところ、状況が分からない。状況が分からなければ勝率も分からない。

 だが怪我人が次々部屋の隅に運ばれていっているのを見ると劣勢に思えた。

「死ぬつもりは無い」

 確定的なことが言えないなら思いを言うしかない。

「ねえ何で地球生まれはこんなことするの?」

「俺も知りたい。武装解除するはずなのに。あいつらはこのブリッジを制圧して何がしたいんだ? この【グローリー】を奪うつもりか?」

 だが【グローリー】を奪う理由が思いつかない。この船は奪わなくとも自動的に地球軍の物になるのに。これではただの殺戮だ。

「やっぱり地球は信用できないよ。地球生まれをこの艦に乗せたのが間違いだったんじゃないの?」

 それはそうかもしれなかった。奴らはこの日のためにコンテナを積み込んでいたという。ということは、最初からこうするつもりだったのだ。仲間のフリを続け、巣の破壊成功を共に喜び合っておきながら、牙をずっと隠し持っていた。

 だが事前にそれが分かっただろうか。

「……今どうするかを考えるしかない」

 そう口にしながら、無力だと電志は思った。設計士はこんな時無力だ。敵を撃退する力を持っているわけでもない。

 そんな時、通話要請が入った。

 今度はジェシカからだった。

『ホシさんが全然繋がらないんだけど、電志くんの所にいる?』

「ああ、忙しくて出れないんだと思いますよ」

『電志くんでも良いんだけど……ブリッジまで敵に見つからずに行く方法無い?』

 それは、正規ルート以外でブリッジへ行く方法を探しているということだった。

 設計士は無力だ。だが体を張って戦うこと以外なら全力でサポートしたい。

 電志は頭をフル回転させた。

「そちらは今どこにいますか?」

『銭湯の付近ね』

 銭湯ならブリッジの下の階層だ。正規ルートなら階段を使わなければならない。それ以外なら、食堂の食材運搬用エレベータとか。いや駄目だ、食堂自体が危ない。他には、清掃用で何か無かったか……

 考えていると、思いついた。しかも銭湯のすぐ傍に良いものがあったのだ。

「銭湯の隣に配管点検用の梯子があるはずです! 『機械室』ってプレートの貼ってある扉ですよ」

『…………機械室、機械室……ああ、これかな? 分かったありがとう! すぐ向かうから!』

「で、でもブリッジは今危ないですよ!」

『危ないのを放っておくわけにもいかないのよ。ブリッジは艦の中枢なんだから取られるわけにいかない』

 そう言うジェシカの顔はまるで戦士だった。

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