第35話
〈DDCF〉に帰ってきた愛佳たち。
半分以上が遊びに出ていってしまっている室内はいくらか寂しさがある。
残っている者も〈コンクレイヴ・システム〉を使って対戦ゲームに興じていたり読書にふけっていたり。
往時のような設計者たちの部屋ではなくなっていた。
【グローリー】の室内は【アイギス】に比べて狭い。
しかしそれでも賑わいが無いと広々と感じてしまう。
壁際に張り付くように並んだ机にはまばらにしか人影はなく。
部屋の中央を占める荷物置き場と会議スペースは静寂の中に佇むオブジェと化している。
床のカーペットを叩く靴音も以前はBGMとしての機能を果たしていたが、今は途絶えてしまっていた。
そんな光景を見ると、一抹の寂しさを覚える。
愛佳は目を逸らし、見ないふりをした。〈DDCF〉は存続している。でもこれじゃあ実質的には……
急に愛佳もゲームがしたくなった。
そうしたら目の前の現実を忘れられる気がする。
でもゲームといっても本当に単純なものしかできないのだった。やっぱり何か別のことにしよう。ああそうだ、買い物行こうと思ってたんだったっけ。
「電志、キミはあろうことか小型艇にいた時ボクの問いかけにおざなりに返事をしていた。その時『買い物で荷物持ちをしたい?』と訊いたら『そうだな』と言っていたんだよ」
「嘘だろう」
電志は否定したが、ここで畳みかける。
「いいや確かに言ったね。それとも電志はあの時のやりとりをちゃんと思い出せるというのかい?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて揺さぶりをかける。こういう時が最高に気持ち良い。ボクは小悪魔の素質があるのかもしれない。
電志は口惜しそうに歯噛みをした。『どうせ嘘だろう』と読んでいるものの、自分の記憶に自信が無い以上断定できない……といったところだろう。ふふふ、甘いね。こういう時は勢いが大事なのさ。これで今日は全部の荷物を電志に持たせられる。いや、概ねいつもだったかな? まあいいや。
そんなダラダラとしたやり取りをしていると、愛佳たちのところへ訪問者の影が差した。
振り向くと、そこには腰に手を当て尊大に立つエリシアの姿があった。
「あなた達も腑抜けているわね。青春にご多忙で設計のことなど忘れてしまったのかしら」
後ろにシャバンを従えて華やかさと棘を含んだ言葉を操る手腕は健在だ。
ただ、彼女の髪の長さは大幅に短縮されていた。
前髪のサイドは顎くらいまであるが、後ろはショートと言っていい。
今まであった自分の一部に別れを告げたかのようにバッサリと切られていた。
愛佳はそんなエリシアの変わりようを確認した後、いつも通りに返答する。
「ボクらはね、巣の調査という真面目な仕事に行ってきたのさ。〈コズミックモンスター〉が何のか、まだ何も分かっていないだろう? 巣の残骸の採取によって、これで何か分かるかもしれない。いやあボク達、お手柄だね!」
「それって〈DRS〉が担当でしょう? 〈DDCF〉では巣の残骸を採取したって何も分からないわ。それともあなたなら何か分かるのかしら?」
「分かることならあるよ。美味しいか不味いか、とかね」
「〈コズミックモンスター〉の巣なんて食べたくないわ。何が起こるか分からないもの」
「食べたら〈コズミックモンスター〉に変身しちゃったりして」
「それは漫画の見過ぎよ」
「うるさいなぁもう。ウチの班は冷やかしお断りだよ」
迷惑そうに愛佳が口を尖らせるとエリシアは満足そうに微笑んだ。
こうした掛け合いは前から変わっていない。電志は二人が仲良さそうだと言っているけど、まずもってそんなことはないだろう。水と油はどこまでいっても混ざり合うことはないのだよワトスン君。当然油の方はキャラの濃いエリシアの方だ。ボクは純粋だから水の方だね。
ここへ来て電志がようやく口を挟んだ。
「エリシアの方こそ、何かやっているのか?」
「ええ、あまりだらけるのも問題だから、みんなでやりたいことを話し合って自主的に課題を始めたのよ。今は『大気圏突入用オプション』を考えているわ」
そうしたら、電志の目が揺らいだ。
「大気圏、突入……?」
仏頂面の少年は途端に表情が和らぎ、前のめりになった。
どうやら興味を惹かれたらしい。
愛佳は思わず半眼になってしまう。あーあ、出たよ設計病。全く、何でこう設計のことになるとこうなのかね。
エリシアは勝ち誇ったように目を細めた。
宝石商が高額商品に興味を持った客を相手にするような、打算に塗れたものだった。
「そうよ。機体に取り付けることで大気圏突入を可能にできるような何かを制作してみようという試みなの。班で意見を出し合ったらそれが良いっていう声が多くて、それで決めたのよ」
「エリシアがゴリ押ししないなんて珍しい」
電志は素直に感心してそう言ったようだが、気の強い彼女は眉をピクリと引きつらせた。
「それはどういう意味かしら?」
口だけ笑みの形にしているが目が笑っていない。
「いや、お前はいつもワンマン社長みたいなもんだったし……」
確かにそうだ。
彼女はいつも一人で決めて周囲にそれを強制してきた。
それが今回は意見を募って決定である。
疑問に思わない方がおかしいだろう。
そうしたらエリシアは拗ねたようにそっぽを向いた。
「私だって人の意見くらい聞きます!」
腕組をしているがけしからん隆起が強調されていた。最近また大きくなったんじゃなかろうか?
愛佳はちらりと自分の隆起を確認してみる。まあ普通くらいはあるけどなーんか釈然としないね。
電志が目のやり場に困っている表情を見せたので、愛佳はイラッとして足を踏んでやった。
しかし、緩みきった空気は突然終わりを告げる。
エリシアは声のトーンを落とし、妙なことを口にした。
「変な噂が流れ始めたの」
大きな声じゃ言えないけど、と刑事に話す情報屋みたいに。
「噂?」
愛佳が尋ねるとエリシアは頷き、視線を鋭くさせる。
「『総司令が地球侵攻を考えているんじゃないか』……って」
「えっ……?」「は……?」
愛佳と電志は同時に声を漏らした。
それから視線を彷徨わせる。
いったいどこでそんな噂が流れているのか?
どうしてそんな話になっているのか?
皆目見当がつかない。
超常現象か都市伝説か、そんな話をする時のように不穏な空気が周囲を回り始める。
エリシアはそこで指を立て続きを話した。
「〈DDCF〉が解体されないのはおかしいって話から始まったみたい。何故解体されないのか? それはまだ使い道があるからじゃないか……って、誰かが言い始めたのよ。そうしたら、〈DDS〉で全機体を修理しているけど、それも何故大破した機体まで修理するのかって話にもなって。最終的に『全機体を修理したら地球に攻め込むつもりなんじゃないのか』って噂に発展しているみたい」
確かに〈DDCF〉を残すのも〈DDS〉で全機体を修理するのも変だ。
どちらも『使い道がある』と考えたくもなる。
しかし、その思考が坂道を登って頂上に着いたら『地球侵攻』という答えを弾き出すとは。
だが即座に否定できるような材料も無い。
そこが一番怖いところだ。
愛佳が電志の顔を盗み見ると、深刻な表情をしていた。
彼は顎に手を当て眉根を寄せている。
それから、少しして重そうに口を開いた。
「噂の出所は?」
「分からないわ。いつの間にか噂になっていたみたい」
「そうか……」
エリシアは不穏な空気を追いやるように肩を竦めた。
「ま、憶測に過ぎない話よ。暇人の単なる暇つぶしのストーリーかもしれないわ」
「確かに、憶測の域を出ることはない、か……」
電志も納得したようだが、気には留めておこうという表情をしていた。
そこで愛佳は考えた。噂か……噂、ね。
噂に強い人物ならアテが無いでもない。
買出しに行く前にちょっとだけ訊きに行ってみようか。
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