第33話

「黒炎を……地球でも運用可能にしてほしい」


 七星は真剣な顔で、そう言った。

 彼の顔にはふざけている様子は微塵も無かった。

 おちゃらけることもある人間だが、そうした時は口の端が上がっていたり、そうした笑いを狙った顔をする。

 だが今は、そうした気配は全く無い。

 声にも真剣な、もっと言うなら深刻さが滲み出ていた。

 冗談でなく、本気で言っているのだ。


 電志は呆然として立ち尽くす。

 周囲には大量の〈コズミックモンスター〉の巣の残骸。

 人目を避けて降り立った残骸のひとかけらで発された、極秘任務。

 カイゼルから連絡を受けて、愛佳と一緒に小型艇に乗り込んで、こうして破壊した巣の調査についてきたのだが……

 いったい、どういう意味なのか。

 それが電志には分からなかった。

「あの、何故……ですか?」

 もう敵はいない。

 超重防御突撃機【黒炎】を運用すべき相手もいない。それならいったい何に使うんだ?

 すると七星は表情を険しくした。

「地球側からの指令だ」

「えっ……?」

 そんなことは聞いていない。

 いったいいつそんな指令が来たのか。

「今後俺達と地球の艦隊が合併する。地球側に俺達が合併される形だがな。そうした場合、地球でも宇宙でも両方で運用できるようにしたいそうだ。これはまだ上層部だけで情報を隠している状態だ。みんなにはまだ知らせていない。だから極秘任務なんだ」

「そうでしたか……」

 まったく、地球側も無茶を言ってくるものだ。

 今までさんざん放置してきたクセに、〈コズミックモンスター〉がいなくなった途端に手のひら返しか。

 それだけならまだしも、妙な指令まで。きっと七星さんも忸怩たる思いがあるのだろう。地球側は安全な所から指令を出すばかりで実質【アイギス】を見捨ててきた。自分で事を成さない者に指令など出されたくないと思うのは当たり前だ。そうしたやりとりでは信頼関係は築けない。上下関係というものは立場や役割の違いでしかない。あぐらをかくための都合の良い言い訳じゃないんだよ。

 思わず拳を強く握りこんでしまう。

 残骸だらけの周囲が、心の中で吹き荒れる砂嵐のように思えた。


「この任務は極秘であり、誰にも言ってはいけない。総司令から直のプロジェクトだ。カイゼルには地球内部で活動できる制御プログラムを依頼してある。シゼリオにはそれを使ったシミュレーターでの訓練。電志、お前は裏の設計書の作成だ。その設計書は〈コンクレイヴ・システム〉からも切り離された専用の端末で作業してもらう」

「それは……徹底していますね」

 これまでも電志は裏の設計書なら作った経験がある。

 それは〈DDCF〉では『闇手術』などと言われ、〈DUS〉から指示の無い仕様をこっそり設計書に記述してしまうものを指していた。

〈DUS〉が却下した仕様でもパイロットから要望されてどうしてもその仕様を組み込みたい時とか、〈DRS〉が秘密に実験をしたい時とか、そうした時にこっそりやりたくなるのだ。

 そうした時は設計書は二つ出来上がる。


 一つは〈DUS〉にも承認をもらうための表向きのもの。

 もう一つは本当の設計書で、これが『裏の設計書』にあたる。


 表向きの設計書は承認さえもらったら放置し、〈DDS〉に送るのは裏の設計書。

 そうすれば『闇手術』は完成するのだ。

 だがこの裏の設計書はあくまで〈コンクレイヴ・システム〉の中で他人に見つかりづらい場所に保存していただけ。

〈コンクレイヴ・システム〉からも離れ独立した端末というのは聞いたことすらなかった。

 すなわち、裏の中の裏。

 特定の者にしか知らされていない、機密の環境。

「〈DUS〉だって限られた者しか知らないさ。今回は機密保持に特に注意してくれ。パイロットもナキは呼ばずシゼリオだけにしたのも、ナキでは情報が漏れるからだ。ナキの奴は『絶対に誰にも言うなよ』って言い聞かせると友達に『こういうことを絶対誰にも言うなよって言われたんだよ!』って大公開しちまうからな」

 七星が頭痛がするように顔をしかめながら言った。

 確かに、ナキの様子が絵に浮かぶようだ。あいつは何でもかんでもあけっぴろげに言ってしまうからなあ。裏表が無いことは大きな美点ではある。しかし秘密厳守となると外さざるをえないところがあるんだよな。まあそれは仕方ない。

「〈DDS〉のメンバーは? ゴルドーですか?」

「いや……ゴルドーは腕は信頼できるんだが、ちょっと気が弱いところもあるからな」

「え、ゴルドーがですか?」

 ちょっと想像がつかない。マフィアの下っ端みたいでふてぶてしくて、気が弱いというのは逆のように思えてしまうが。

 しかし七星は力強く首肯する。

「そうだ。以前ジェシカの机から棒菓子を撤去したらどうなるか実験したんだが、通りがかったゴルドーに撤去した棒菓子を預けたらしくじりやがってな。帰ってきたジェシカにゴルドーの服の厚みがおかしいと睨まれただけで実験の内容をゲロっちまったんだよ」

「それは……最低の実験ですね」

 服の厚みがおかしいだけで棒菓子を隠し持っていると気づくジェシカも凄いが。

「だって興味湧くだろ? ジェシカのやついつも棒菓子を机に常備してるんだぜ?」

「確かに……何で常備してるんでしょ?」

「だろ? だから思ったんだよ。あの棒菓子を撤去したら禁断症状が出るんじゃないかって」

「出ないでしょう。お菓子なんだし」

「食い物の恨みは怖いと言われるくらいだから、出るんじゃないか? 実際あの後蹴られたしな。スナップの効いた本格的なローキックで地味に痛みが続いた。パイロットチームは鍛えてるから強いんだよこれが」

 七星はその時の痛みを思い出したかのように足をさすった。そうとう効いたのだろう。いったい〈DUS〉ではどんな日常が流れているのだろうか。七星さんとジェシカさんが特別浮いているだけなんだろうか。ずいぶん賑やかなものを想像してしまう。それでいて七星さんは決めるべきところではきっちり決めるのだ。そこが凄いと思う。

 シュタリーでの一件も取り纏めを行ったのは七星であり、電志達の罰則を軽減するように尽力した。

 事件を収束させ、コスト重視から機体性能重視への方針転換を実現したのも彼だ。

〈DDCF〉や〈DPCF〉、その他各方面の部長にも働きかけて方針転換できるように根回しし、各部長たちを連れて〈DUS〉や更に上の上層部まで説得したのである。

 そんな豪腕の彼が部下に本気のローキックをもらっているのである。妙な話だ。

「妙な実験をする七星さんも大人気ないですが怒ってローキックをかますジェシカさんも大概ですね」

「それは置いといて、ゴルドーの奴はちょっと睨まれただけでゲロっちまったんだよ。これでは駄目だ。あのグラサンも実は伊達メガネで人と直接目を合わせるのが恥ずかしいって理由だしな」

「ええっ?!」

 意外なところで意外な事実が発覚。あれは伊達だったのか。知らなかった。

「まあそういうことで、開発は別の奴に頼む。ゲンナっていう俺と同年代のおっさんだが、口は固いし腕も立つ。ずんぐりしたドワーフみたいな奴だ」

 まさに職人になるために生まれてきたようないかつい男性のようだ。

「分かりました」

「調整が大きくなければこの人数でできるだろう。もし規模が大きくなりそうだったら言ってくれ」

 電志は頷いて了解を示した。

 地球側の指令の仕方は感心できないものだしその要望も意味が分からないが、極秘任務の要員として選ばれたからにはやろうと決意する。


 地球内部であの機体を使えるようにできるだろうか。

 これは設計としても新たな試みだった。

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