世にも奇妙な商品カタログ【ホラー短編集】

ジュウジロウ

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お湯を注いで3分待てば出来上がりです。

インスタント死神 <前編>

      修行も血統も必要ナシ!!


★━━━この世でいちばん簡単な呪殺法━━━




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 商品名:インスタント死神

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 その商品を、少女は、古ぼけた自動販売機で購入した。

 いつもは通ることのないひと気のない路地裏に、たまたま足を踏み入れたとき、少女はそれを見つけたのだ。

 いつからここにあるんだろう、というような。色褪せて、あちこち塗装が剥げて、赤錆びが浮いて、商品の陳列窓も薄っすら白く曇った、古い自販機。ありきたりでないその古さが、通りすがりの少女の目を、ぐいんと引き付けたのだった。


 少女は自販機に近づいて、濁った商品陳列窓の中を、覗き込んでみた。

 窓の中に並べられた商品は、たった二つ。見たところ、カップ麺のようだった。しかし、そのパッケージに、「麺」とか「ラーメン」とかいう言葉は、書かれていない。

 真っ黒なパッケージに、シンプルな書体の文字で書かれた、その商品名は、

『インスタント死神』

 だった。


 インスタント。死神。単語を一つずつ、口の中で呟いて、その奇妙な取り合わせに、少女は自販機の前で首を傾げた。

「ジョークグッズ、的なものなのかしら……」

 よくわからないけど、ちょっと、面白そうかも。どんな商品なのか、とても気になる。

 少女はうずうずと口元に笑みを浮かべて、少し迷ったあと、鞄から財布を取り出した。

 自販機の陳列窓に並ぶ、二つの黒いカップ。

 右のカップの値段は、100円と表示されていた。対して、左のカップは――その値段表示に目をやって、少女はギョッとした。こっちは、やたらと高かったのだ。自販機で買うようなものの値段ではない。いや、お店で買うにしたって、得体のしれない商品に払う金額としては、とんでもなかった。どちらを買うかは、迷うまでもない。


 少女は、財布から百円玉を出して、自販機に投入した。

 機械の中にお金が落ちて、右の商品のボタンのランプが、赤く灯る。

 ボタンを押す。ぽこん、と商品が落ちてくる。

 そうして、少女は手に入れたのだった。

「インスタント死神」を。



          +



『 お湯を注いで 3分待つだけ!

 誰でもお望みの相手を 呪い殺してくれる、あなただけの死神の できあがり!』

 

 黒いカップの蓋には、ポップな字体でそんな謳い文句が書かれていた。

 それを読んで、少女はふむふむとうなずく。

「ジョークグッズというより、おまじないの道具って感じかな? 死神の形の、乾燥した人形みたいなもの、入ってるのかしら。お湯を掛けたら、それが膨らむとか……?」

 そんなことを呟きながら、とりあえず、カップの蓋をペリペリと剥がして、開けてみた。


 カップの中には、くすんだ白い、ごろんとした塊が一つ、入っていた。

 指先で押して、ちょっと傾けてみる。すると、白い塊の、顔、らしき部分が上向きになって、少女の目に映った。

 それは、微妙に丸っこくデフォルメされた、ドクロの形をしていた。

 表面は少しザラザラしていて、骨ほどかたいものではなさそうだ。バスボムとかいう、固形の入浴剤によく似た感触だった。


「なるほど。お湯を注げばこのドクロが溶けて、中から死神の人形か何か、出てくるわけね」

 少女は、そう予想しつつ、

「このドクロのほかには、何も入ってなくていいのかしら……」

 と、内容物を確認するため、カップの横の説明書きを読んでみた。

 そこには、次のように書かれていた。



 ◇ インスタント死神の作り方 ◇


① ふたを開けて、中にドクロが一つ入っているのを確認します。

② いったんドクロをカップから取り出し、呪い殺したい相手の写真を、表が上になるようにカップの底に置き、その上にドクロを乗せます。

③ ドクロと写真の上から、カップの内側の線までお湯を注ぎます。

④ ふたをして、3分間待ってから、ふたを開けます。


 ★ これで、写真の相手を呪い殺してくれる、

   あなただけの死神のできあがりです ★



「ふうん、写真がいるのね。……確か、あったはずだわ。ええと、どこだったっけ……」

 呪う相手は、もう決めていた。カップのフタに書かれた謳い文句を見た時点で、それは決定済みだった。「死神」が、「誰でもお望みの相手を呪い殺してくれる」というのなら、望むその相手は、少女にとっては一人だけだった。クラスメートの、タカクラさんという女子だ。


 タカクラさんとは、特に仲が良くも悪くもないし、彼女に対して恨みがあるわけでもない。ただ、この前、スーパーで万引きしたところを、うっかり彼女に目撃されてしまったのだ。タカクラさんが、そのことを、いつか誰かに言うやもしれないと思うと、少女は不安で仕方なかった。タカクラさんが、今すぐこの世から消えてくれればいいのになあ、と。このところ、ずっとそんなことを考えていたのである。


「まあ、ただのおまじないなんだけどね……。でも、ものは試しだわ」

 独り言を呟きながら、少女は、自室の机の引き出しに入っていた写真を取ってきた。

 それは、修学旅行のとき撮った写真の一枚で、たまたまタカクラさんたちのグループと一緒に写ったものだった。

 その写真から、タカクラさんの部分だけを切り取って、カップの底に入れる。

 それから、少女は写真の上にドクロを乗せ、その上から熱湯を注いで、フタをした。

 そうして、待つこと三分。

 ピピピピピ、と、セットしておいたタイマーが鳴った。


「さて……。どうなったかな?」

 少女は、ゆっくりとカップのフタを開けた。

 その途端。

 カップの中から、もわわわん、と、大量の湯気が勢いよく、柱のように立ち昇った。

 その湯気の中に、一人の―― 一体の? 一匹の? 死神の姿があった。


 それは、まさしく少女のイメージの中にあった死神、そのものだった。頭部はドクロで、黒いローブを纏っていて、大きな鎌を持っている。ただ、この死神は、頭のてっぺんからローブの先まで(足先は、ローブの裾に隠れていて、見えないのだ)、わずか30センチくらいの大きさではあったが。

 とにもかくにも。ミニサイズであるとはいえ、少なくとも見た目は完璧に死神である死神が、カップから飛び出し、今、湯気の中に、すなわち空中に、ゆらゆらと浮かんでいるのだ。

「何これ。すごい……」

 と、少女は思わず声を漏らした。


 カップから立ち昇る湯気は、だんだんと薄くなって、やがて消えてなくなった。それでも、小さな死神は、依然としてカップの上に浮かび続けている。

 湯気が消えたことで、よりくっきりと見えるようになったその姿を、少女は凝視した。

 すると、死神の頭のドクロの中に、タカクラさんの顔があるのが見えた。さっきカップに入れた、写真に写っていたのと、同じ顔だ。それが、ドクロの眼窩の穴から覗き見える。ドクロの中にある顔。これが、この死神のターゲット、ということだろうか。


 冷めやらぬ驚きに、口元を軽く手で覆って、溜め息混じりに少女は呟く。

「インスタント死神……。ただのおまじないグッズだと思ってたのに、まさか、こんなものだったなんて」

 そして、ハッと気づいて言った。

「……え、それじゃあ。ウソ。本当に、あなた、タカクラさんを、殺せるの?」

 目玉を持たない死神に、目線を合わせようとするように顔を近づけ、少女は問いかける。

 その問いに対して、死神は、うなずくこともなく、言葉を発することもなかった。

 ただ、少女にくるりと背を向けて、スウーッと宙を滑るように、部屋の出口に向かって飛んでいこうとした。


「あっ。待って、待って!」

 少女は、死神に向かって、慌てて手を伸ばした。しかし、鎌に手が当たったりしたら危ないかも、と思い直し、その手を引っ込める。代わりに、さっきまで死神が入っていた、今は空のカップをとっさに手に取り、そのカップを死神の上からすばやく被せて、ぱくんとフタをした。

 この死神は、小さいながらも、たぶん、本物の死神なのだろうけれど。それでも、このまま目の届かないところに飛んで行かれるのは、ちょっと不安だ。使命を果たさずに、ふらふらと行方不明になったりしないかな、とか。タカクラさんと間違えて、違う人間を呪い殺しちゃうなんてことはないのかな、とか。あるいは、こんなミニサイズであるから、途中で犬とか猫とかに食べられてしまう、なんてことは……。


なにぶん、死神を使用するのなんて、初めてのことだ。どういう事態が起こるのか、わかったものではない。できれば、死神の動向を、ちゃんとこの目で見守りたいと、少女は思った。

「ちょっと、待っててね。明日学校に行ったら、タカクラさんに会うから。彼女を呪い殺すのは、そのときに、ね……」

 カップの中に捕らえた死神に向かって、少女は、そう囁いた。

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