永劫回帰物語

消雲堂(しょううんどう)

第1話 「永劫回帰千円札」

「これあげるよ」

K君は、そう言って薄い札束を僕の目の前に置いた。手にとってみると千円札が数枚あるようだ。K君は僕が明日の生活にも困るような貧乏人であることがわかっていて、同情してくれているようだ。僕は貧乏人だが、これまでお金持ちのK君に無心などしたことはない。

「なんだい? お金じゃないか」見ればわかることを意識的にとぼけて言ってみる。

「千円札10枚さ」K君が笑って僕の顔をしげしげと見る。

「いいのかい? 1万円だぜ」

「いいんだよ、好きに使ってくれよ、何でも買えるぜ」

(と言っても1万円だろ? )心の中で失礼なことを言ってみた。

「バカだなぁ、これは永遠に使える千円札なんだぜ」

(聞こえてるのかよ!)驚いた。

「永遠に使える?」

「そうだよ、この千円札10枚はいくら使っても無くならないんだ。普通は10引く10は0だけど、この千円札は10引く10は、いつまでたっても10のままなんだよ」

「あ、そうか…でも1万円じゃなぁ、今時1万円で買えるものって、たいしたものじゃないよ」今度は失礼なことを口に出してしまった。

「君は算数が苦手なんだね」K君が笑った。

「失礼な!と言いたいところだけど、まったくその通りさ。算数も数学も、とにかく数字が苦手さ」と言うと、K君はニヤニヤしながら「いいかい、確かにここには千円札が10枚で1万円しかないけれど、この10枚は永遠になくなることがない、君の手元に残っているんだよ。だから10引く10は10なんだ。1万円の範囲で飲食しても手元にこの10枚は残るだけでなく、お釣が貰えるんだよ。使えば使うほどにお金が上乗せされていくのさ。それにね、パチンコとか競馬競輪競艇に宝くじにだって、いくらでも使えるんだよ」

「宝くじなんて当たった試しがないし、パチンコに賭け事なんてやったこともないよ」

「あ、なるほど。だからわからないのかな? あのね、宝くじも賭け事も当たらなくても、このお金はなくならないんだよ。だから当たるまで何度だってくじや投票券が買えるんだよ」

「投票券って何? 」

「あははは、競馬なら馬券のことだよ」

「わかんないな」

「とにかく、当たるまで何回も賭けられるんだよ。万馬券ばかり買っていれば、そのうち当たるかもしれない。一攫千金の大当たりさ。手堅く賭けても当たったお金は貯金すればいい。パチンコだってやっていれば儲かるかもしれない、いや、必ず儲かるよ。少しずつの儲けでも使わずに貯めていればいい。飲食は、この1万円を使うんだ。もちろんお釣りは貯金していくんだよ。この千円札10枚は絶対になくならないんだから」

ようやくこの千円札10枚のありがたさに気がついた。僕はK君に抱きついてキスをした。

「ありがとう、ありがとうございます‼」

それから僕は幸福な時間を過ごした。貯金額は5億円になった。しかし根っからのだらしのなさから大きな失敗をしてしまった。

「K君、失敗しちゃった。君に貰ったあの千円札10枚なんだけど…」

「どうしたんだい」

「お金が貯まったら、普通の千円札とあの千円札の区別がつかなくなっちゃってさ、困ってるんだよ」

「別に困ることはない。手元に残るのがあの千円札なんだから」

「ところが間違って貯金しちゃったみたいなんだ」

「あははは、面白いね。すると、銀行経由で一般の人間の手に渡ったわけだ。銀行経由となると複数の人間の手に渡った可能性が高いね。たとえ千円札1枚でもじゅうぶんに幸福になれる可能性がある。ただし、あの千円札が特殊なモノだと気づいたらの話だけどね。でも、僕のあの永劫回帰千円札で誰かが幸福になっているんだね、いいことじゃないか。君は凄く良いことをしたのさ。世のため人のためと口ばかりの政治家より役に立ったんだよ。僕は君を誇りに思うよ、あははは…」

僕はK君の屈託のない笑顔が少しだけ憎らしかった。

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