うそつき執事の優しいキス【完結】

愛染ほこら

お嬢様の初体験

お嬢様の初体験 Ⅰ

1 お嬢様の初体験 ☆

 朝。


 わたし、西園寺さいおんじ 理紗りさの一日は、執事が弾くピアノの生演奏を聞くことからはじまる。


 何代か前の西園寺家当主が『朝は、お気に入りの曲で目が覚めたい~~』とだだをこねたのがきっかけらしい。


 目覚まし時計のアラームの代わりに、執事にピアノ演奏をさせたのが始まりだ。


 ん、で現代。


 時間になったら楽曲を流す機械を用意しておけばいいのに、お金の余ってる世界屈指の資産家の西園寺家。


 いまだに『伝統』とか言って、執事の朝演奏が続いてる。


 だから今日も、また。生まれた時から世話になっている爺……西園寺家の執事長、藤原ふじわら 宗一郎そういちろうがピアノを演奏していた。


 彼の紡ぐ一流の音楽は、部屋のロフト……っていうか。


 広すぎて中二階にしか見えない、わたしが寝ている超豪華なベッドスペースまで、心地よく流れて来るんだ。


 ……と言いたい所だけど。


 あららら?


 今日はあんまし、心地よくない。


 妙~~に湿っぽい曲に、おっかしいなぁ? と目を開けば、演奏を終えた爺が、深々と一礼していた。


「おはようございます、理紗お嬢さま」


「うぁ……今日は何する日だっけ!?」


 普段、にこやかに起こしてくれる爺が『今日の予定は、世界の終わりです』と言いだしかねないため息をついた。


「本日のご予定は、お嬢さまのご念願だった、公立の君去津きさらづ高校入学式、ご出席でございます。

 本日は、まことに……おめでとうございます」


「……宗一郎。全然おめでたくも、嬉しくもなさそうな表情かおしてるね」


 爺の魅力は、年をとってもなお、俳優みたいに見える整った顔ばかりじゃない。


 とても上手なピアノ演奏だったり。


 西園寺家の内向きの仕事を一手に引き受けて、背筋をしゃんとのばし。


 広々とした部屋や廊下をキビキビと優雅に歩く所だったりする。


 要は毎日、クリーニングから返って来たワイシャツみたいにピシッとしているのに……なんだか、今日は変だ。


 ……なんて、ね。


 ホントは、宗一郎が落ち込んでる理由知ってる。


 ぜーーんぶ、わたしのせいだから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る