19

「こっ……怖くなんてないもん」


 なんだか意地悪~~


 身構えたわたしに、宗樹は、ふん、と息をついた。


「そうか? 俺は、ここでの『怖い噂』を聞いたことあるぜ?」


「……怖い……噂?」


「ああ。

 あんた、ここら辺の地域と、高校の名前の元になっている、君去津きさらづの由来って知ってるか?」


「ううん」


 知らない、って首を振ると、宗樹はますます目を細めた。


「すっげー昔……ずーっと前の時代の話だけどさ」


 宗樹は、そう言うと、低い声で話を初めた。


 いわく……


 航海中、嵐にあった船が沈没する寸前。


 女が海に身を投げて死ぬかわり、嵐を起こした海神の怒りを鎮め、船員の命を救ったんだと。


 命拾いしたヤツは喜んで……でも陸に着いたらすぐ、それぞれの故郷に帰って行った。


 けれどその船員中で一番偉いヤツ、身を投げた女の恋人だけが、死ぬまでここから出て行くことは無かったんだと。


 で『きみらず』から『君去津』になった……って!


 わたしは、宗樹の話が終わると、うん、と頷いた。


「ふ……ふーん、でもこんな話は……珍しくないよね?」


 日本の海辺を旅行するたび、良くそんな話を耳にする。


 悲しいけど、特に怖い話でも噂でもない話だってうなづいたら、宗樹は、これからが本番だと、片目をつむった。


「昔は、この駅がある場所も丸々海の底に沈んでいて、さ。

 その、身を投げた女が死んだ場所が、まさに、ここ」


「……ウソ」


本当マジ


 宗樹は至極真面目な顔つきをして、親指で駅の天井を指差した。


「丁度、その駅の出入り口辺りに女の遺体が引っ掛かってたんだと。

 以来、この駅では事故が多発しているんだ。

 何年か前の花火大会の時も、酒に酔ったヤツが、線路に飛び降りた、とか。

 他にも色々あったけど、それは全~~部、女の幽霊が寂しがり、仲間が欲しくてやったことらしい。

 君去津高のヤツらが、この駅を利用しないのも案外、その女せいかもな」


 う~~わ~~


 宗樹は、淡々と話をしてたけれど、それが却ってとっても怖かった。


「駅の……そんな所に、女のヒト引っ掛かってたなんて!?

 こ……怖っ……!

 だからこの駅、変な迫力あるんだ……」


 わたしは、宗樹の話に大きくうなづいた。


「どーりで、さっきから背筋が寒いような……気が……っ!

 これもやっぱり、その幽霊の仕業かな!?」


 ひ~~ん。


 これから、三年間この駅使う予定だったのに、一番最初からそんな話を聞いちゃ、怖すぎる。


「どどどどうしよう!? 幽霊だって!

 わたしも、他の皆と一緒に駅を変えた方が良いと思う!?

 宗樹は、毎日、この駅使ってて怖くないの?

 ……わ……わたし改札まで、一人て歩いてゆく自信がない……」


 本物の幽霊に出会ったことなんて、ないよ!


 ついさっきまで、自分のコトは、自分でやろうと決心したのに!


 幽霊つきの通学駅だなんて、無理すぎる~~


「あの……やっぱりわたしと、改札まで行ってくれない……かな?」


 明日以降、この駅を使うかどーかは、ともかく。


 このまま一人で駅をうろうろする気になれず。


 上目遣いでお願いしたんだけど、宗樹は『イヤだ』とあっさり断った。


「お嬢さんを連れて来るのは『ガッコの近くの駅』までだって、最初っから言ってたはずだ。

 これから裕也と待ち合わせもあるし、あんたは一人でガッコ行くんだな」


「そ……そんなぁ」


 最初から、一人にする気だったら『怖い話』なんて、聞かせないでよ、意地悪!

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