おきかえる 六
結局この日彼らを見たのは、ハクユでのバカ騒ぎが最後であった。後から聞いたところによると、コハクマルが生活してきた界隈では、男女が裸を見せ合うのはありえないんだそうだ。それ、不便じゃないかな? 人は自然にしていれば裸なはずであって、それを恥じ合うなんていうのはいかにも
が、ともかく、私とコハクマル、まともに仲直りはできたのではないだろうか。ケンカしていても、ちょっと楽しいことがあるとすぐに仲直りしてしまうところがまたいかにも子どもらしい。
布団の中で、色々と今日のできごとに想いを馳せる。明日も彼らはこの村にいてくれるのだろうか。そもそもどういったわけで、あんな山中を
もしかしたら、私の出自と何か関係があるかもしれないな。
そんな風に意識をトロンと溶かしながら目を
今日の夢はゲンの寝床ではなく、あの夜子どもたちが集まっていた厠から始まった。クビソギらしき影が通り去っていった裏口を見下ろしながら、ヨシが腕を組んで考え込んでいるのを、カヤがやや後ろから見守っている。この二人だけっていうのも珍しい組み合わせだなと思った。二人の年長組は、大抵は誰かの面倒を見ているのに。
「多分、誰かが人形を漁ってたんだよね。それでゲンが明かりに気づいて見に来たから、殴って逃げたんだろうけど……」ヨシが、独り言のように呟く。
「本当に誰かがやったのかな?」カヤはため息。
「妖怪なんていないもの」ヨシは言い切る。「だいたいクビソギなんて、タケマル兄の嘘っぱちじゃない。私たちまで怖がってちゃ、本末転倒よ」
「それはそうだけど……でも、じゃあ誰がゲンを殴るの?」
「ゲンを狙ってたわけじゃないはずよ。きっと人形漁りが見つかったと思ったから、殴って逃げたのよ、バレないように」
「バレないようにって……でも、それってつまり、殺そうとしたってことよね?」
「そうなる……ね」
「じゃあやっぱり、そんなことする人、いないよ」カヤは長い髪を揺らして首を振った。「殺しちゃうよりバレる方が嫌だなんて、そんな人いっこないって。ヨシの考えすぎよ」
「じゃあ誰がゲンを殴ったのよ!」ちょっとムキになって、ヨシが振り返る。「誰もやってないのに、ゲンが一人でに気絶したって言うの? その方がおかしいもの」
「だから、妖怪が……」
「もうっ!」話を
「それは、うーん……」カヤが、煮え切らない表情で
そのまま裏口からゲンの作場に入った二人は、板の間に腰掛けて向かい合う。
「……私考えたんだ」ヨシが言う。「あの時ゲンを殴れたのって誰なのか、ちょっとまとめてみたの」
「まとめた?」カヤは首をひねる。
「あの夜って、私たちとリンは同じ部屋で寝てたでしょ? で、私が男の子たち厠に連れて行ってあげようと思ったら、大部屋には誰もいなかったと」
「うん。ヨシ、怒ってたね」
「呆れてたのよ……で、結局あの子たちはみんな揃ってあの夜、ここから誰かが出て行ったのを見てるわけよ。つまり、あの子たちはゲンを殴れない」
「え、だって、元からあの子たちがそんなことするわけ……」
「そうじゃないのよ、カヤ」ヨシは首を振る。「そうやって、理由を考えるんじゃなくてね、やろうと思ったらできるかどうかを考えるの。そもそも絶対にできないってわけじゃない人の中に、ゲンを殴った犯人がいるはずなんだから」
「うーん……」
「だから、本当はあの子たちがやった可能性もあるわけよ」ヨシは続ける。「私が見たのは、あの子たちがそこの裏口の前にいたところからだから……でも、もしあの子たちの誰かがやったんだとしたら、みんな揃って嘘をついていなきゃいけないでしょ? それっていくらなんでもおかしいじゃない。だから、あの子たちは関係ないと。そもそも体が小さいから、無理よね」
「うんうん」段々話を飲み込めてきたのか、カヤは手のひらを頬に当てて、眉をひそめる。「だから、私たちのことは疑ってないのね」
「そういうこと。それで……あの夜大人たちって、私たちが集まって寝てたから……えっと、ほら、ね?」
「あぁ、うん。そうね」カヤは笑った。「好きだよね、ほんと」
なんの話だろうか。
「そうなると、実は村の中でゲンを殴れたのって、タケマル兄とヤキチだけなのよ」
「そんなこと……」カヤの顔が、これ見よがしに曇る。
「まずね……あの夜、村で一人っきりで残ってたのって、ゲンとヤキチだけだった。ゲンはあの夜、遅くまでおじさんのところにいて、家に戻って寝ようと思ったってところまでは覚えてるらしいの」
「そう言ってたね」カヤは頷く。
「で、ヤキチは意地張って一人で寝てたでしょ?」
「うんうん」
「そしてタケマル兄は、ヒマだったから私たちのところに来ようとして、途中で大人たちの例の会から抜けたと」
「あー、そっか、そうだよね」
「ヤキチとタケマル兄の二人とも、私がゲンを見つけた時、どこにいたかを知ってる人がいないのよ。となると、ね? あの夜あそこにいられたのって……でしょ?」
全くその通りだと思った。その結論にはもちろん私も達している。違うのは、私はヨシもカヤも疑っていたところであるが……。
この会話を根拠に、ヨシたちは候補から外してもいいのだろうか?
私も私なりに頭を整理してみると……カヤがリンと寝ていたことをヨシは知っているし、カヤも子どもたちが厠に行ったあとをヨシが追いかけたということを知っている。時間を追って考えれば、カヤもヨシも、ゲンを殴りに行くのは不可能なわけじゃない。子どもたちが厠にいた時間は長かったから、その間にここ……ゲンの作場まで来ることはできないことはないだろう。新たにわかった情報の中で重要なのは、ヨシがカヤに対して、子どもたちがみんないなくなってることを報告していたことだ。ヨシがその報告をしたのが、みんなが厠に行ってすぐのことなら、急げばヨシもカヤもここまでこっそりと走ってくることができるだろう。
……ん?
あ。
違うぞ。カヤは無理だ。いや、無理というか、話がおかしくなってしまう。
そもそも、ヨシがカヤに子どもの不在を報告したのがみんながいなくなってすぐであるという仮定は、言い換えれば、ヨシが犯人であるという仮定しているようなものなのだ。みんなが寝てた所から厠まではそう遠くない。つまり、ヨシは寄り道でもしない限り、すぐにイナミたちのいる場所へは来られるはずである。
ようするに、ヨシが犯人じゃないのなら、ヨシが怖がる子どもたちの前に姿を現したのは、カヤへの報告後すぐという意味になる。それならば、カヤはゲンのところまで行く時間がない。私を含めた子どもたちがあの裏口から抜け出ていった影を見たのは、ヨシが出現する前である。じゃあそれは、カヤではありえない。それにカヤがリンを一人にして抜け出すというのはおかしいだろう。良心以前に、万が一リンが泣き出せば、バレてしまう危険性が高すぎるじゃないか。いくら一度寝たら起きないからって、それに頼るのは無理がある。
もし仮にカヤがあの夜の影の正体なのだとしたら、ヨシもまたおかしな行動をしていたということになるが、この二人が共犯なら、今しているこの会話自体が不必要である。
結論、カヤは犯人じゃない。だけど……。
ヨシはまだ、決定はできない。仮に今この場で、カヤがヨシに、「イナミたちがいないことに気がついてから、厠に行くまで時間がかかりすぎじゃない?」とでも突っ込んだのなら、ヨシが犯人である可能性はグッと高まるが……それを聞かないということは、やっぱりヨシじゃあないということかもしれない。でも、やっぱり確証は持てない。きっとゲンが倒れていることが発覚したときはバタバタしただろうから、そんなちょっとした時間のズレなど気づかれないかもしれないではないか。カヤのもとへゲンが倒れていたという情報が回ってきたのだって、きっとややしばらく経ってからだろうし。
でもまあ、やっぱりヨシの可能性は低いように思える。なぜなら彼女は、子どもたちがあの作場の裏口が見える位置にいたことを知っていたからだ。それなのにあの時間に、わざわざ見つかる危険を冒してまでゲンを殴るなんて……。
……あれ?
いや、待て待て、そもそもゲンがあそこにいた理由はなんだ? それは犯人にとって想定されたことだっただろうか。
ヨシは、バレないために犯人がゲンを殺そうとしたと思っている。その仮定は正しいか?
「うーん……」カヤはまだ、納得しかねるようだ。「でも、じゃあ、あの二人のどっちかがやったと、ヨシは本当に思うの?」
「……そこなのよね」はぁーっと、ヨシは大きくため息をついて、
「……もしかしたら、もしかしたらだよ」カヤが、気まずそうに切り出した。「もし本当に二人のどっちかなら、ヤキチなんじゃないかなって、そう思ってる?」
「あはは……」ヨシが苦笑いで、カヤを振り返った。「いや、私だって疑いたくなんかないよ? でも、あの時ロウソクが落ちてたじゃない? あれ、きっと焦って落としていったものだと思うのよ。そういうことしそうなのって、ヤキチかなって……」
「ヨシ……」カヤが、真面目な顔でヨシの膝に手を置いた。「今、無理して笑ったでしょ?」
「……わかる?」
「わかるよ、それくらい。今、ヨシがなんでこの話を私にしてくれたかもわかったもの。悩んでるのね?」
珍しく、ヨシは弱気な表情で、寂しそうにうなずいた。
「妖怪がやったわけないって、ヨシはそう思ってる。だから、誰かがゲンにひどいことしたんだってことになるんだけど……でも、それをできたのがタケマルとヤキチしかいない。でも、あの二人がそんなことするはずがないって……だけど、他に考えられないから、辛くなってるんだ。そうでしょ?」
この指摘にはびっくりした。今までそんなに頭がよさそうとは思えなかったカヤの、意外な鋭さを垣間見た。さすがは最年長のお姉さん……。
そうだよ、すっかり考えるの忘れてたけど……あの二人のどっちかがゲンを殺しかけたなんて、考えたくもない辛いことじゃないか。だけど、真面目なヨシは、その答えにたどり着いてしまって、悩んでいる。
……ヨシをさっきまで疑い、カヤにまで疑惑の目を向けていた自分が恥ずかしくなった。
「だって……」ヨシが、しおらしくカヤの手を握った。「あの二人じゃないんだとしたら、それはつまり……」
カヤは黙って、ヨシを見つめる。
ヨシの気持ち、少しだけ理解できた。妖怪のようなありうるはずのないものは、万が一存在するかもと思えばこそ、恐ろしい。だけど、妖怪の否定はヤキチかタケマルへ疑惑に繋がる。それが辛いのだろう。
……気持ちよく、ヤキチが犯人って感じで収まらないかな?
「やっぱり私が間違えてるのかな」ヨシは、ため息をついてうなだれる。よく見ると目の下にはクマが目立ち、顔からはいつもの覇気が抜けている。「誰かを疑うなんて、やっぱりよくないよね」
「ううん、ヨシは悪くないよ」カヤの声は、どこまでも優しい。「ねえ、私思ったの。もしかしたら、これ、ヨシが思ってるほど嫌な話じゃないかもしれない」
「え、どういうこと?」
「……きっと、クビソギよ」
「え? だから妖怪なんて……」
「そうじゃなくてね……」カヤは、なんだか自信有りげに笑った。「うん、きっとヨシだからわからなかったのね」
「へ?」
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