幕間 とある少女の葛藤
体が自分のものとは思えないくらいに重い。息苦しく、呼吸もすぐ乱れる。
「きゃっ……!」
相手の攻撃を剣でまともに受け止めて、フィアは地面を転がった。
「――ちっ、しつこいな」
フィアの相手をしている男が言う。すぐさま男の仲間が追撃を放つも、剣で伏せがれて決定打にはなっていない。無様ながらも三人からの攻撃を受け続けているフィアに三人は腹を立てているようだ。
またも直撃し、フィアは転がりそうになった。耳の奥が鳴り、頭をぶつけたせいで意識も少し膜を張ったように薄い。
(負けちゃだめだ)
フラフラになって起き上がり、また攻撃を受け止める。
反撃はできない。剣を握る手が震えているのがわかった。
訓練中は意識しないようにしていたのだが、こうして実戦に出て再確認してしまう。
――また魔力が暴発したら?
そんな考えが頭をよぎってしまう。
結果、剣は鈍り、恐怖という鎖によって攻撃ができない。
(だけど、だからって私が負けたらだめ)
それでもフィアは必死に負けないように自らを奮い立たせた。
勝てなくても、負けないようにはできる。
負けはフィア・ハーネットにとっての死だ。
何もない自分が負けてしまったら、せっかく手に入れた全てがまた無くなってしまう。
だからフィアは折れない。ひたすら頑張る。自分の価値はそこしかないことを誰よりも理解しているから。
(痛い! 苦しい! 辛い!)
肺は悲鳴を上げ、腕は筋肉疲労でさっきから震えっぱなしだ。
だけど負けは許されない。
しかし、自ら勝つこともできない。
(情けないなぁ……)
絹のように綺麗だった金髪が汚れる。真新しかった制服が煤と汚れで黒く染まった。
そんな自分がたまらなく情けない。
不意に、フィアは自分の握る剣に目がいった。何度も自分を守ってくれている
(そういえば、これを手に入れた時が初めてだったっけ)
初めて自分という存在が認められた証。
(私って、本当に情けない)
それから暫くして、初めて自分に目標ができた。
始まりは小さな出会い。
きっかけは自らの未熟さによって招いた悲劇。
未熟な自分を助けてくれたあの人は、嘘と偽善で固めた自分の偽りの目標を凄いと褒めてくれた。
かっこいいと思った。心の底から憧れ、尊敬した。
こうなりたいと、こう在りたいと、そう誓った。
(頭の中がぐちゃぐちゃして気持ち悪い)
ごろごろと地面を転がる。攻撃してくる三人が何か叫んでいた。いい加減倒れろとか、早く倒れないとあの人に何されるかわからないとか、身を案じているのか罵っているのかよくわからない言葉。うるさいなと思った。こっちはそれどころじゃない。
思考が極度の緊張と疲労から、考えることを放棄しかけている。
困った。打開策が思い浮かばないや。
単純な考えのまま、助けを求めるようにフィアの視界は自らの目標を探した。何度目になるかもわからない転倒から立ち上がり、辺りを探して、その人物を見つける。
「……黒乃さん?」
呟いて、フィアは再び衝撃で地面を転がった。だが、その一瞬で視界に映った光景が脳裏に強く焼き付けている。
黒乃春市が防戦一方になっていた。
誰かを守るように――倒れる敵チームの生徒の前に立ち、ひたすらに件の最上級生の攻撃を受けている。そこにどんな過程があったのかは、フィアにはわからない。
それでも、春市が今にも倒れそうなことだけは理解できた。巨大な斧のような武器が春市の真下から振り上げられる。激しい金属がぶつかり合う音と共に、春市の両腕が弾けた。
(危ない!)
そう思った。大切な人が倒れる。ぼんやりとした思考でそう考えた。
黒乃さんが負ける。
憧れが、目標が、今の自分の全てが負ける。
姑息な罠と醜悪な悪意に
試合に負ければ黒乃さんは悲しむ。
黒乃さんが悲しむと自分はもっと悲しい。
単純な思考の連鎖がフィアの中で生まれ、繋がってゆく。
駄目だ、駄目だ、駄目だ。
光は、憧れは、そんな悪意に負けては駄目だ。
(そんなこと……私がさせない!)
鉛の様に重かった体は軽くなり、息苦しさを感じていた呼吸が楽になる。
次の瞬間、フィア・ハーネットは自らの
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