SAIGA《サイガ》
大西アキラ
第1話 公園
その男は、突然現れた。
夜の公園。
昼間は緑や茶色の草木で明るく賑やかに見える公園も、夜の空気は少し違っていた。
暗い夜空に照らし出された草木や空気は、重苦しい程の黒一色を表現していた。
その公園はかなり大きく、自然と人間との調和を目的とした造りになっているのか、草木がたくさんあった。そして、住宅街からはかなり離れた場所にあった。
そんな場所を若者達が見逃す筈がない。
夜の公園は、若者達にとっては都合のいい集いの場である。
そこに若者達が集まっていた。
髪の毛を茶色や金色に染めた若者や、耳や鼻にピアスをした若者など、十二・三人の若者達が大声を出して世間話をしている。
その若者達の輪に、その男が近付いてきた。
じゃりっ。
じゃりっ。
その男の履いている靴が、公園の地面に散らばっている砂を噛み締める音がした。
「ん・・・?」
若者の一人がその男に気が付いた。
「なんだ?お前は?」
その若者はそう言うと、その男に近寄っていった。
その男は何も言わない。
怯え。
恐怖。
そのどちらでもない。
無視。
いや、興味がないのであろうか。
若者達の群れもその男に気が付いた。
「どうした?どうした?」
仲間達が一斉に動き出す。
暇を持て余した子供が、おもちゃを与えられたように、その男に近付いていく。
「なんじゃい!コラ!」
違う若者が大声で叫んだ。
威嚇。
しかし、その男は何も言わない。
男は白い帽子を深く被り、黒いパーカーに黒いズボンを履いている。
「コラコラ!何か文句でもあるのか!この野郎!」
調子に乗った一人の若者が、その男の胸の辺りを手で押そうとした。
その瞬間。
その男は、すばやくその手を避けた。
手でその男を押そうとした若者は、体のバランスが崩れたのか、グラリと体を揺らして地面に倒れた。
「・・・・・」
倒れた若者の顔が、真っ赤に変色していくのがわかった。
屈辱。
それも、仲間達のいる面前での赤っ恥。
「てめぇーーーーー!」
その若者は大声を発してその男を見た。
「ここに、タクヤって男はいるか?」
その男はポツリと言った。
その声質は静かであったが、体の芯に響く異質な音色を持っていた。
「あ?」
若者達が殺気立ってその男を囲み始めた。
「タクヤって男は、ここにいるのか?」
その男は静かにもう一度言った。
「なんだ、お前は?!殺すぞ!」
若者達がその男に近付き睨みをきかせてくる。
「ククク、殺すだと・・・?クククッ!」
その男は笑い出した。腹に両手を置いて大声で笑い出す。
「この野郎!」
一人の若者が我慢できずに、その男に殴りかかった。
その男は、すばやく前身を前に倒すと、そのまま左手の掌をその若者の顎に軽く当てた。
ズシャッ。
殴りかかってきた若者は、頭を横に向けて下半身からぐったりと地面に崩れ落ちた。
そして、そのまま前のめりに地面に倒れる。
「・・・・・」
若者達は静まりかえった。
何が起こったのかさえわからなかった。
倒れた?
え?
「俺を殺すだと?笑わせてくれるじゃねぇか、お前ら」
その男はそう言うと、横にいた若者の右手をすばやく掴み、力強く捻った。
メキキッキッーーー!
肉と骨が混ざり合い、ぐちゃぐちゃになるような異質な音がした。
「ぐぎいぃいいいーーーー!」
若者は跳ねるように地面から飛び上がると、地面に転げ回った。
「いでえぇいぃーーー!」
その若者は大声で叫ぶと自分の右手を見た。
信じられなかった。
右手?
左手?
なんと、右手の掌が逆に向いていた。手首からぐんにゃりと折り曲げられていて、人体の基本構造からは逸脱した形になっている。
若者達は唖然とした。
信じられない光景が今、目の前で起こっているのである。
その男はゆっくりと一歩前に進んだ。
それに触発されるように若者達は動いた。動かないと危険が迫ってくることを、体の本能、いや動物の本能が察知したようである。
「こ・・・この野郎!ぶっ殺してやる!」
若者達がその男に向かって襲いかかる。
その男はニヤリと笑うと、軽く両手を前に突き出した。
若者の拳や蹴りを髪一重で避けると、その男は左拳を軽く握った。
そして、若者の顔面に放った。
ボッ!
左拳から空気を裂く音が響いた。
ぐしゃっ!
若者の顔面に、その男の左拳が突き刺さる。両目が潰れ、鼻は砕け、前歯が粉々に吹き飛んだ。
「ぐべぼつっ!」
若者はバク転をするように、空中で二回転すると後方にふっ飛んだ。
四メートル。
いや、五メートルは飛んだであろう。
その男の動きは人間技ではなかった。
目の前にいる若者の耳に付いているピアスを掴むと、簡単に引きちぎる。
「んぐっ!」
その若者は耳を押さえるが、その時にはその男の右拳が顔面に飛んできているのが見えた。
ぐちやっ!
若者は膝を地面に付けて倒れこんだ。鼻がひしゃげて、上唇から前歯が突き出ている。
「おぐっ・・・・・」
口の端から白い泡を吹き出して地面に突っ伏した。
その男は動きを止めない。
隣にいた若者の腹に左拳を力一杯ぶちこむ。
その若者の体が地面から浮き上がる。
もう、人間ごときの行える行動ではなかった。
まさしく、猛獣である。
「ぐべええええっーーーー!」
その若者は口から汚物を吐き出して、その上に顔面から倒れ込んだ。尻を高く上げ、手足が痙攣している。
その男は、さらに二人の若者の股間に左右の前蹴りを放つ。
そのスピードは人間の目では確認できない程だ。
ボッ!
空気を裂く音がした。
「・・・・・!」
股間に前蹴りを喰らった二人の若者は、白目を向いて地面に崩れ落ちた。ピクリとも動かない。
「・・・・・」
残った若者達は誰一人として動かなくなった。
いや、動けなかった。
あまりの光景に目を疑った。
「タクヤって言う奴は、どいつだ?」
その男はズボンに両手を入れると、静かに言った。
その男の両目が、若者達を舐める様に見る。
「ひいっ!」
一人の若者が背中を見せると公園から走り出した。
髪を長く伸ばして金色に染めている若者だ。ズボンもわざと下方にずらして穿いているので、全力で走っていてもスピードがかなり遅い。
その男はニヤリと笑うと軽く地面を蹴った。
地面の砂が空気中に舞った。
その男は両手を大きく振って走り出した。
あっという間に、逃げ出した若者に追いついた。
その若者の右足を足で引っ掛けると、地面に転がした。
「ぐあっ!」
その若者は地面を転がった。
その男は、ゆっくりと倒れている若者に近付くと、右手でその若者の顎を掴んだ。
めきっ。
そして、なんと持ち上げ始めたのだ。
みしみし・・・。
それは信じられない光景である。
みしみし・・・。
なんと、六・七十キロはありそうな若者の体が地面から浮いていくのだ。
「お前がタクヤか・・・?」
その男はその若者を軽く右手で持ち上げて言った。
「あい・・・そうでちゅ・・っ・・」
その若者はコクリと頷いて、両手でその男の右手を掴んだ。掴まれた顎がめきめきと悲鳴を上げているのがわかった。
「し・・死ぬ・・・助け・・・て・・!」
そのタクヤという若者は叫んだ。
その男は、いきなり右手の力を抜いた。
タクヤと言う若者は、そのまま地面に落下していく。
普通はその筈である。
地球の重力を考えれば、そうならなくてはおかしいのだ。
しかし。
だが、しかし。
タクヤと言う若者が地面に背中から落下するまでに、その男の蹴り足が飛んだ。
ボグッ!
その男の右足による蹴りが、タクヤと言う若者の腹部に命中した。
「おぐぼつぅつーーーー!」
タクヤと言う若者は、胃の中に溜まっていた消化物を口から吐き出した。激痛の余りに空中で体を九の字に曲げる。
そして、そのまま五メートル程先の地面に転がり落下した。
じゃりっ。
じゃりっ。
その男は、両手を黒いズボンのポケットの中に入れて、タクヤと言う若者に近付いていく。
「おげっーーー!」
タクヤと言う若者の両目は血走り、涙で一杯だった。
じゃりっ。
じゃりっ。
その男の足音が迫る。
他の若者達は動けなかった。
ある者は、足腰が震えているのがわかった。
ある者は、歯がガチガチと鳴っているのがわかった。
恐怖と言うものはいきなりやってくる。若者達にとって、それは今日だったのだろう。
「お前・・・この前、ある女をレイプしただろ?」
その男は静かに言った。
「ぐっ・・・・・」
タクヤと言う若者は、腹部を両手で押さえて呻き声をあげた。
「その女の父親が俺に依頼してきたわけだ。お前を壊してくれってな・・・」
その男はそう言うと、タクヤと言う若者の右手を掴んだ。
そして、人差し指を軽く逆方向に押した。
ぼきっ。
軽い音が鳴った。
まるで、枯れ枝を真っ二つに折るような簡単な行為だった。
「ふぎやあぁーーーーーーーー!」
タクヤと言う若者は叫んだ。
そう、人差し指がありえない方向に曲がっていた。ズキンズキンという痛みが人差し指を襲う。
折れていた。
いや、折れているというよりも、折れ曲がっていた。
「や・・やめでぇ・・」
タクヤと言う若者は哀願した。
「おいおい、その女もそう言ったはずだぞ・・・」
その男は、今度は中指を軽く押した。
ぼきっ。
「うぐいっいっーーーーー!」
中指が、ぐんにゃりと逆方向に折れ曲がった。
タクヤと言う若者は口の端から白い泡を吐き出した。
「俺は依頼されたことは確実に守る。お前をきっちり壊してやるよ」
その男はそう言うと、薬指と小指を一気に折り曲げた。
ぼききっ!
「ひいっぐひつっーーーーーー!」
タクヤと言う若者は、動物の鳴き声のような悲鳴を上げて両足に力を入れた。
他の若者達は恐怖で動けなかった。
一人の若者は腰を抜かし、地面にぐったりとへたりこんでいた。
「うぐっ・・・えぐっ・・・」
タクヤと言う若者は、左手で右手を押さえて地面を転がり回っている。
その男はニタリと笑うとその様子を見下ろしている。
「まだまだだろうが・・・本番は」
その男は右足を高く上空に上げると、真下に落とした。
ぐちゃっ!
その男の右足が、タクヤと言う若者の右足首に振り下ろされた。
「ぐひつっーーーーーー!」
右足首が曲がってはいけない方向に曲がっている。
足首が折れ曲がり、痙攣しているのがわかった。
「やめでぇーーー!もぶ!やめでぇー!!」
タクヤと言う若者は涙と鼻水を流して懇願した。激痛で何を言っているのか理解不能だったが、助けを求めているのは、たしかであった。
「ククク!泣くなよ、お前。子供じゃあるまいし・・・」
その男はそう言うと、タクヤと言う若者の髪の毛を掴んで引きずった。
ずる。
ずるるっ。
タクヤと言う若者は、その男に髪の毛を掴まれて公園の地面を引きずられた。
ずる。
ずるるっ。
そして、他の仲間達のいる所に連れていかれた。
「・・・・・」
他の若者達は固唾を飲んだ。
これから何が起こるのだ。
そんな思いをそれぞれの若者達は胸に抱いていた。恐怖と畏怖が体の底から這い上がってくるのを必死で抑えた。
「おい、お前ら・・・こいつの両足を押さえろ」
その男は言った。
口元はニヤリと笑っている。
「え?」
他の若者達は一同に動揺した。
「早くやれよ・・・」
その男は腹の底から声を出した。
他の若者達は全員でそれぞれの顔を見合ったが、誰一人として動かなかった。その男の恐怖と畏怖には負けてはいたが、仲間を売るという行為に対してのプライドが、彼らを動かさなかったのだ。
「ほほう、いい根性しているな」
と、その男は軽く前蹴りを放つ。
ぐちゃっ!
一人の若者の口の中に、その男の前蹴りが突き刺さる。靴がずっぽりと口の中にめり込んだ。
「うぐぅーーーーーー!」
口の中から右足がぬるりと抜かれると、その中は地獄絵図だった。
前歯は全て口の中に飛び散り、血と唾液が混じりあったモノが地面にボタリと落ちた。
その若者は体を横に向けると、口を両手で押さえて倒れた。
「いでぇーーーーよぉーーーーー!」
咳き込んで口の中から固いモノを吐き出した。
それは歯だった。
血にまみれた歯だった。
十本はある。
他の若者達はガクガクと足腰を震わせていた。
「次はどいつだ・・・」
その男はニヤリと笑った。
公園の空気が冷たく響き渡る。
ざざっ。
ざざっ。
すると、残った若者達は一同に、タクヤと言う若者の両足を押さえ始めた。
二人が右足を。
二人が左足を。
「おまえだぁーーー!!このやろどぅーーー!」
タクヤと言う若者は叫んだ。
仲間に裏切られたことに怒りを感じたが、右手の痛み、腹部の痛み、右足首の痛みに何がなんだかわからなくなっていた。
両足を押さえている若者達も一緒だった。
恐怖で両目が焦点を失っていた。今、この状況から抜け出すことに必死だった。現実なのか夢なのかさえわからなくなっていた。
「許してくれよーー!」
「こうしないと・・・俺らがやられちまう!」
他の若者達は恐怖に身を震わせて叫んだ。
「よしよし、いい子じゃねぇーか」
その男はそう言うと、両足を広げたタクヤと言う若者を上から見下ろした。
「さて、こいつが悪いのだろうなぁ・・・」
そして、タクヤの股間部分をじっくりと見つめた。
「やめぇでぇ・・・何をづる気だあ・・・」
タクヤという若者は喚き、体を動かした。
しかし、他の若者達がそれを力一杯押さえた。
その男はゆっくりと動いた。
タクヤと言う若者が両足を広げている場所に移動した。両足が広げられて押さえ付けられているために、股間部分がガラ空きになっている。
「もう悪いことができないようにしてやるよ、ククク」
その男はそう言うと、サッカーボールを蹴るような蹴り方で、タクヤと言う若者の股間部分を蹴り上げた。
ぐちやっ!
股間部分に、その男の右足が吸い込まれるようにめり込んだ。
ずどん!という重い振動がタクヤと言う若者の体を駆け巡る。
「・・・・・・・・!」
タクヤと言う若者は、体中を痙攣させてぐるんと白目を向いて倒れた。
あまりの衝撃のために、叫び声すら発しない。
股間部分からは赤い血の小便が、白いズボンを気持ち悪い程に濡らしていく。
「ひいっーーーーー!」
両足を押さえていた若者達も両手を離し、それぞれに悲鳴を上げて後ずさりした。
「あーあ、この感触だと睾丸が二個とも潰れたな・・・ククク」
その男は右手を口元に持っていくと、クククと笑い出した。
「これからは、オカマとして生きていくのだな、ククク!」
そして、その男はくるりと体の向きを変えると、そのまま公園を後にした。
夜の公園には、敗北した若者達の折れた心と残骸が残っているだけであった。
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