第289話 毒を作るなら解毒剤を作ってからにしろ・・・その3
「本物?」
「目がイッてる」
「なんかのイベントか?」
少女を取り巻く円からかなりのボリュームでそう話す声がいくつも聞こえる。
わたしは少女自身よりこの状況の中で傍観者であり続けるギャラリーたちの方が不気味に感じられた。スマホで撮影してないだけまだマシなのかな。
「もより、警察に電話して。誰かもうしてるとは思うけど」
「はい」
少女はわたしなんかに注意を払っていないだろうとは思ったけれども、一応隠れるようにしてナンバーをタッチした。
「電話しないで!」
少女の声が鋭く響き、彼女は体の正面をわたしに向けた。固定されたまま水平移動した右腕の銃がわたしの眉間に照準されているように感じた。
わたしは指先を画面から外した。
「あなた、こっちへ来て」
奈月さんも足を前に出そうとすると、
「電話のあなただけ! そう、あなただけよ」
「もより・・・」
「・・・大丈夫です。ちょっと行ってきます」
奈月さんに告げて足早に彼女の元へ向かう。周囲のギャラリーは傍観者から当事者へと完全に移行したことを認識しているけれども、今度は恐怖と判断力の欠除で動くことができない。
道を開けてくれたギャラリーの隙間を縫って彼女の3メートル手前で止まった。
「背が高くて、美人ね」
少女、と最初表現したけれども、多分わたしとそう違わないか少し上のように感じた。顔の造形じゃなくって、瞳の強さと併せ持つ鮮度でそう判断した。
彼女はさらにわたしの批評を続ける。
「それに、ハートも強い」
「それ、本物?」
ふっ、と口元だけ笑って答えた。
「今それを言うメリットがある思う?」
彼女の伸ばされた右腕は微動だにしない。おそらくなんらかの筋力トレーニングを行なっていないとできないだろうと思った。
わたしは対話を試みる。
「映画のマネ?」
「・・・あなたはあの映画を観るタイプの子だと思ったわ」
「それって、褒め言葉?」
「もちろんよ」
気がつくとわたしは彼女とふたり、きわめて演劇的な、いや、『映画的な』やりとりをしている。
周囲のギャラリーもとりあえずは私たちのセリフを追うことしか今はできないようだ。
「名前、訊いてもいい?」
「名前? なぜ」
「名前で呼んだ方が効率的だから・・・しばらく時間かかりそうだし」
「ふふ。いいわよ。わたしは『シイナ』。キヨミじゃない」
「わたしは、もより」
「変わった名前ね」
「シイナ、何をしようとしてるの?」
「人を探してるのよ」
「人?」
「そう」
「どうしてここで? ここに居る人なの?」
「居るって情報を掴んでるのよ」
「情報、って・・・」
「よかったわ、もよりが居てくれて。あなたなら人質として申し分ない・・・おい、
シイナが急に数オクターブ音程を下げて怒鳴った。
「お前がいるのは分かってるのよ! 整形してるってことも。出てこないと、もよりを撃つ」
ざわざわとギャラリーがさわめく。
シイナはもう一声怒鳴った。
「うるさい! 大友さえ出て来ればあなたたちには何もしない。もちろんもよりにも。静かに待てないの⁈」
再び、しん、と静まったフロア。
カツン、という革靴の音に振り返ると右手を中途半端に挙げたジャケットの男が歩き始めるところだった。
顔を見てわたしは唖然とした。
「
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