第254話 アンハッピー・ハロウィン・・・その3

「すみません、ちょっといいですか?」


わたしの方から声をかけたのは、うさ耳のカチューシャをつけた二十代半ばと思われる女の人。


「なんですか?」

「その耳、長すぎます」

「え?」

「取り替えた方がいいですよ」


女の人は気味悪がるような顔で眉間にしわを寄せてわたしから離れていった。


さて次の検体は、っと。


「あの、それってアメコミですか?」


なんとかマンという感じのスーツとタイツを着用した男性。訝しげにわたしを睨む。


「ああ。アメコミのヒーロだけど・・・そういう君だってそれ何? 制服のコスプレでしょ?」

「わたしはリアル女子高生ですけど」

「え。なんでコスプレしないの?」

「地元民なので」

「・・・僕だってそうだけど」

「じゃあ、普段着にしてください」

「ハロウィンだよ」

「平日の、金曜日です」

「つまんない子だね」

「つまんない大人ですね」

「君はハロウィン嫌いなの?」

「嫌いとかじゃなくって、意味がわからないんです」

「意味なんかないよ」

「なら、やめてください」

「失礼な子だな」

「すみません。でも、本当に意味がわからないんです」

「いいよ。僕があっち行くから」


そう言ってその男性は何度か振り返りながら渋い顔で歩み去った。


不思議なのはイラっとする程度で相手が激怒しないことだ。もしかしたら若干の後ろめたさを持ってるのかもしれない。


なんの後ろめたさかって?


繰り返しになるけれども、いい大人が、っていう後ろめたさじゃないかな。


たとえば小さな子供が幼稚園や家で祖父母や両親とでハロウィンを楽しむのはとても微笑ましいと思う。

可愛らしくって、暖かだと思う。


けれども、二十代以上の大人たちがこういうことをやってるのはなんだか悲しい。


そう。


怖いとか不真面目とかいうんじゃなくて、もの悲しいのだ。


その後も何人か『検査』をした。

そして、わたしが本物の女子高生で10代だってわかると、ちょっと恥ずかしそうな顔をする人たちもいて、10人ぐらいに繰り返したところでわたしの周囲に1メートルぐらいの空間ができた。


わたしが一歩進むとその空間も一緒に移動する。


『これで家に帰れる』


そう思った時、救急隊員の衣装を着た男性が2人、道を開けてくださーい、と言って近づいてきた。その2人が視線をやる先を見ると、ナース服を着た女性が路上にへたっと座っている。


「おー、手が込んでるなー」

「リアル系のコスプレだね」


ん? そうなんだろうか。これ、コスプレ?


段々と救急隊員姿の2人の声が真に迫ってくる。


「どいてください、道を開けてください!」


みんな聞いていない。

わやわやと意味もなく盛り上がっている。


わたしはとっさに叫んだ。


「どいて! そのひと死んじゃうよ!」


けれども、わたしの声もかき消されそうになる。


みんなもはや虚構とリアルがすり替わってしまっている。いつからこんな状態が日常になっていったんだろう。


声がかき消されるのなら、視覚に訴えるしかない。


わたしは夜の冷えた空気の中でウィンドブレーカーを脱ぎ、制服の上着を脱いだ。そして、スカートも。


「おわ!」


と、周囲の男性たちは何かを期待するようなそぶりを見せたけれども、わたしのいでたちはそれに添えるようなものとはならなかった。


単にわたしは体育着の上下を晒しただけだから。

体育の後、特に汗をかかなかったのでめんどくさくて下に体育着を着たままでいたのだ。


それでも一部の人にとって、この季節に白のTシャツと濃紺のランニングパンツになった女子高生の姿は十分目を引くものだったようだ。


その格好のままで、もう一度怒鳴った。


「そのひと、心筋梗塞だよ! 救急車、通してあげて!」


なぜだか女性の症状までわたしは直感で認識した。

意図せずしてコスプレっぽいリアル体操着を衆目に晒したわたしが、これまたリアルな状況を訴える。


それを虚構かリアルかうつろなまま見て聞くコスプレした大人の人たち。


「どけ、どけ!」


救急隊員たちは死に物狂いで自分たちの職責を果たそうとし、とうとう蹴ちらさん勢いで遊んでいる大人たちに怒鳴り散らし始める。


群衆の層に阻まれて死に瀕した重篤なナースコスプレをした患者に近づけない救急車がはるかかなたでサイレンを鳴らした。


けれどもそれは遠い異世界の異音のようにしかこのコスプレをした大人の人たちには届かない。


救急隊員と、わたしとだけが、まるでアブない人のように見られながら死に物狂いで怒鳴り散らし、押し分けて数百メートルの道を切り開こうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る