第199話 exerciseonradioその4

翌日、話を聞いた人がいたのだろう。昨日よりも少し増えている。酒田さんがまた元気に指揮し、わたしは、


「生きてたらまた明日」


とみんなに声を掛けた。翌日も同じ。


「生きてたら」


というのも決まり文句みたいになって、誰も意識しない。こんな感じで1週間過ぎた。土日は休み。明けて月曜の朝。


「あれ? 酒田さんは?」


わたしが呟くと、酒田さんと同じ町内のおじいちゃんが答えた。


「実は、酒田さん、亡くなってね」

「え!?」


わたしも驚いたけれども、周囲の人たちもそれを聞いて驚いている。子供たちもざわざわする。


「金曜の晩にご家族でスーパー銭湯に行って、風呂上りに倒れてそのまま。昨夜お通夜だったんだよ」

「そうなんですか・・・」

「今日の10時からお葬式です。どうしようかとも思ったが、伝えといた方がいいと思って一応ラジオ体操に来たんです」

「分かりました。ありがとうございます」


そう言ってわたしは目を閉じて合掌し、南無阿弥陀仏と三度称えた。


「さ。ではどなたか代わりの方、体操の指揮をお願いします」

「えっ!?」


わたしがあっさりそう言うと、予想通り非難めいた声が上がる。

「ちょっと冷たくないですか?」

「冷たい?」


わたしが訊き返すと後ろのおじいちゃんが文句を言い始めた。


「この間まであんんなに元気だった酒田さんが亡くなったんですよ。それも80ちょい過ぎでしょう。まだ若いのに」

「若い、ですか?」

「ええ。私とそう変わらない。私もまだ79ですから」


ああ。なんと言えばいいんだろう。思わずわたしの口が勝手につぶやく。


「花にたとえて朝顔の露よりもろき身をもって」

「え?」


わたしは本堂の縁の脇に咲いている朝顔を指差す。


「人間は朝顔に乗っている梅雨のひとしづくよりも脆くて儚いということです。人生に僅か50年とも言います。人が死ぬことは悲しいことですけれども、それが事実じゃないですか?」

「それは・・・」

「今はみんあ90歳ぐらいまで平気で生きるよ。寿命は延びてるんだ」

「みんな、ってどなたのことですか? 寿命って、どなたの寿命ですか?」

「そりゃ、日本人の平均的な寿命のことだよ。長生きが当たり前の世の中になったんだよ」

「当たり前、でしょうか? わたしがこの間図書館に行った時、偶然お会いした女性は、赤ちゃんが生まれたその日に亡くなった、っておっしゃってましたよ」

「それは・・・特別でしょう」

「災害で亡くなる小さな子も? 戦争で亡くなる小さな子も特別ですか?」

「そりゃあ・・・屁理屈言っちゃいけないよ」

「屁理屈?」

「ああ。いくらお寺の娘さんだからって、日本の医療も進歩してて、国も豊かになって長生きできるようになったっていう事実を捻じ曲げちゃ困るな」

「事実を捻じ曲げる? うちの娘が?」


珍しくわつぃよりもお師匠の方が感情的になってる。場の雰囲気が最悪になりかけた時、隅の方から声がした。


「私でよろしければ指揮しましょう」


誰? 誰? と思ってみなそのおじいちゃんに目を向ける。

野崎のおじいちゃんだった。最高齢の93歳。ふらつく足取りで前に出る。みんな辛抱強く待った。

ようやく前に立つと皆に向き直り、野崎のおじいちゃんは口を開いた。


「もよりさんは何も間違ってはおられません」


一言一言もゆっくりと話す。次の言葉を続けた。


「生まれたら死ぬ。この世でたった一つだけはっきりしとることですな。これ以上の事実はありませんな」


「希望に満ちた朝」っていうテーマソングが流れ始めた。

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