第194話 ぐでぐで図書館(その2)

「ほえー、涼しー」


 すぐに座ると背中から汗が噴き出すので、館内をゆるい速度でなんとなく歩く。中央公園内にある中央図書館。図書館ならば坊さんでも”あり”だろうと勝手に解釈したのだ。けれども、仮面は坊さんなのに女子高生まる出しの立居振舞でコーラをベンダーで買うのはためらわれた。

 わたしが買う飲み物の種類など誰もチェックしないだろうけれども、雰囲気でアイスティーにしてみた。一応しおらしく、巾着から財布をしなしなと出し、ベンダーから注がれた紙カップを持って、ロビーのベンチに座った。両手でカップを持ち、こくこくと飲んだ。


「あ、お坊さんだよ」


 母親に手を引かれた3歳ぐらいの女の子がにこにことして言う。母親は、すみません、と言う感じでわたしに会釈する。

 いえいえ、かわいーね、とわたしも母親と女の子に笑顔で会釈する。その後ろを男子小学生の集団が通りかかる。


「おっ! 女の坊さんだぞ!」


と指差し、ひえっひえっへっへっ、という音声にもできないような下品な馬鹿笑いをして通り過ぎる。

 お前ら、礼儀も知らんのか! とわたしが下から見上げるように睨みつけると、


「こえー」


と言って行ってしまった。ほっこりした気分から不愉快な気分になったので、がこっ、とトラッシュペールに紙カップを投げ入れ、館内をもう少しうろつくことにした。


「結構人が居るな」


 夏休み序盤なのにほぼ満席状態。ただし学生ばかりで、一般の来館者はさぞ迷惑だろう。ぶらぶらと書棚の通路を歩いていると、人文系の、哲学・思想コーナーに行き当たった。よく見ると、”仏教”もその一角に収まっていた。


「哲学じゃないんだけどなあ・・・」


 無造作に一冊抜き出し、ぱっ、と広げてみる。


”感謝の気持ちで仕事をすれば、思わぬ成果が得られます”


「ふうん」


”ものごとを良い方向に解釈しましょう”


「へえ」


 はっきり言おう。


 それができないのが、人間なのだと。

 

 感謝とか解釈じゃなくって、”事実” を見るしかないんだけどなあ。でも、みんなこういう本とか自分勝手に作り出す哲学やら信念に救いを求めるのかな。


「あの・・・」


 声を掛けられて振り返ると、長い髪を後ろで束ねた女性が立っていた。


「はい?」

「あの、お坊さんでいらっしゃるんですか? 随分お若いようですけど」

「一応。お寺の人間です」


 わたしがそう答えると彼女は笑顔になる。わたしに向かって、若い、と言ったけれども、そのひとも相当若く見える。


「失礼とは思いますけど、少しお話しても構いませんか?」

「え。はい、いいですよ」


 彼女に促され、2人でロビーへと向かった。

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