敵の本当の狙い4

 っとそこに、革鎧を着た男性が走ってきた。


「ギルマス! 小虎が正面門の方に歩いていったんですが、何か聞いてないですか?」

「はっ? 俺は何も……ちょっと待ってろ。今連絡してみる!」


 慌ててメルディウスはボイスチャットを小虎に向けて送る。


 すると、呆気ないほど早く通話が繋がった。


『なんだよ兄貴。今、ぼくは姉さんの捜索で忙し――』

「――ちょっと待て! お前は今正面門に向かってたんじゃないのか!?」

『はっ!? 今は姉さんを探してるに決まってるじゃないか!! てか、ルシファーが撃破されたから、早く探しに行けって言ったのは兄貴だろ!?』

「――ッ!? ああ、そうだった。わりぃ……」


 メルディウスは通話を切ると、血相を変えて周囲の仲間に叫ぶ。


「おめぇーら! ここで待機してろ! 仲間にはギルチャでこの場所に寄り付くなと言っとけ! それでも来た奴は片っ端からぶった斬れ!」


 彼はそう叫んだ後、エミル達の方を振り向くと。


「敵は街の門を開いて、内部に仲間のモンスター達を引き込む作戦だ!」

「――ッ!?」


 それを聞いて、エミルは相手の思惑が分かり、背筋に今までないほどの悪寒が走る。


 エミルは身を翻すと、正面門に向けて一気に走り出す。

 突如走り出した彼女を追い駆けるようにメルディウスも、大剣モードにしたベルセルクを背中に収めると、横にいた星右腕で担ぎ急いで後を追う。


 相手の狙いは正面門を開門させること――その為に、紅蓮達が木を伐採する時もモンスターの軍勢を動かさなかったのだ。

 何故なら、紅蓮達が伐採したポイントと、千代の正面門は真逆の方向に位置している。つまり、相手はモンスターを動かさなかったのではなく、最初から動かす気がなかったのだ。


 後半で唐突に現れたルシファーも、その混乱に乗じて別働隊を街の中に入れる為の布石だった。


 巨大なルシファーが現れれば、巨大な体を見るために注意は上に向きやすい。数少ないモンスターの襲来に気付いた者は少ないだろう。そして気が付いた者は殆どが撃破され、その容姿を真似てモンスターが消えたプレイヤーとすり替わったのだ。


 しかし、声と撃破時のエフェクトが発生する以上。周囲の者達も仲間が撃破されたことに気付くのが普通だが、たった一瞬だけ戦闘中に視界と声が遮られた瞬間がある。

 それは撤退時に退路を封じる為に放ったと思われていたルシファーの羽根による攻撃――おそらく。その一瞬の混乱に乗じて、プレイヤーを撃破したモンスターが味方に紛れて街に侵入したのだ。


 だが、小虎は撃破されてはいなかった。それはつまり計画を変更したのだろう。本来なら、ルシファーによって紅蓮を撃破し、彼女に成り代わる作戦を立てていたのだろうが、それは彼女本人がルシファーを撃破したことで失敗した。


 失敗したはずなのだが、その計画事態は残っていたのだろう。そしてそれは、街から出た小虎に対象を変更した……だから、小虎の姿がコピーされたのだ。そして今、正面門にいるのは小虎の偽物であることは、さっきのメルディウスとのやり取りで判明している。


 街もトップギルドのメンバー同士の抗争で、街にいたプレイヤー達の殆どは屋内に避難してしまっていた。つまり、今街の正面門への道はフリーである。

 しかも、千代のプレイヤーならば、小虎が現在を発生させているギルドに属するメンバーだと知っている。これは逆を言えば、今の彼を気に掛ける者はいても、今の彼に干渉する者はいないということだ……。


 人通りのなくなった街を疾走するエミルと、その後を追い駆けるメルディウス。


 正面門に辿り着いたエミルは、周囲に目を凝らして小虎の姿を探した。すると、門を開閉するための部屋の中に小虎の姿があった。その直後、門が大きく音を立てて動き出す。


「……チッ! 遅かったか!」

 

 星を地面に下ろしたメルディウスが悔しそうに舌打ちする。

 大きく開く門を見つめ、星の表情は見る見るうちに青ざめていく。おそらく、星は始まりの街での出来事を思い出しているのだろう。


 まあ、星は始まりの街で門の前を守っていた為、ショックを受けるのも無理はない。


 それを察してか、逸早く飛び出したのはエミルだった。

 門の操作を行う部屋に向かって伸びる階段をエミルは物凄い速度で登って行くと、部屋のドアを開けて室内に入り、小虎に化けたモンスターが攻撃を仕掛けてきたのでそれを返り討ちにする。


 中には開閉ボタンが赤く輝き、室内に赤と緑のランプ付きのサイレンの緑色の光が回転していた。


 エミルはすぐにボタンを押して赤に切り替えしたが、門は一度開けるとすぐには閉まらない。しかも、そのボタンと連動して街を囲う水堀を動く陸橋も下がってしまう。


 それは少なくとも、数体のモンスターの侵入を許してしまうということだ――しかも、今はエミルと左腕を落とされたメルディウス。そして、戦闘経験の浅い星のみしかこの場にいない。


 内部に入れていたモンスターがすでに撃破されたのも、相手に知られているはずだ。

 っとなれば、ここでの戦闘は向こうも主力級を当ててくるはず――この後の戦闘は激化するのは火を見るより明らか。


 まあ、エミルは星を戦わせるつもりはない為、実質エミルとメルディウスの2人だけだ。この現状でモンスターとの戦闘は、できれば避けたいのが本音だろう。


 本来レイニールがいれば、ギルドホールにいる仲間達を呼ぶこともできるのだが、いないのではそうもいかない。


 徐々に開門する大きな2枚の重厚な鉄板の扉に、その場にいる3人は思わず息を呑む。


 開いた扉の先から出てきたのは街の外壁ほどもある巨大なトロールだった。


「――なっ!」

「――でかいな……」


 エミルとメルディウスはその大きさに言葉を失っていた。

 それもそうだろう。その身長はゆうに50メートルは超えている。こんな化け物とエミルは手負いのメルディウスと星を守りながら戦わなけばいけないのだ。


 っとエミル達の方を向いていたトロールが門を越えて敷地内に足を踏み入れると、ぐるりと振り返って巨大な鉄の扉の両端に手を掛ける。


 ――グウオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 けたたましい咆哮が辺りに響くと同時に、閉まろうとしていた街の門がギシギシと音を立てて止まる。

 巨大なトロールの足元からは、数多くのスケルトンやゾンビなどの死霊の兵士達が街の中に向けてなだれ込んできた。


 数千というモンスターが押し寄せるのを、たった2人では到底止められない。


 星は腰に差したエクスカリバーの柄に手を掛けるのを見て、エミルは慌ててその手を掴むと横にいるメルディウスの方を向く。


「――この数はとてもじゃないけど抑えられない……撤退よ! 一度下がりましょう!」


 エミルが撤退を叫ぶと、背後から何者かの声が響く。


「なんだよ! 情けねぇーなメルディウス!!」

「――ッ!? その声はバロンかッ!!」


 建物の屋根に登っている騎馬に乗った人影が颯爽と屋根伝いに地面へと向かって降りてくる。

 エミル達の前に現れたのは漆黒の馬に跨がった漆黒の鎧に漆黒のマントの男と、茶色いセミロングの髪の革鎧の少女だった。

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