敵の本当の狙い

 時を同じくして、アナウンスを聞いたエミルも身支度を整えていた。

 もちろん。目的はイシェル、デイビッドの救出だ――とは言え、手練の2人だ。緊急事態とは言っても、多少のことなら何も問題はないとは思うがもしもということもある。


 始まりの街なら、エミルの城の一室に殆ど皆一緒に居たが、ここではそうはいかない。まず、階が別れているし、何よりも部屋に居るかも謎だ……エミルの仲間達は皆、腕に覚えがある分、どうしても個々で判断して行動しがちだ。


 もしかすると、カレンやエリエ達も先に出ているかもしれない。合流しようにも、さっきからエリエにはメッセージが繋がらないのも気掛かりだ。


 移動中はメッセージに気付かない場合も多く。もしそうならば、エミルも早めに出た方が後を追い駆けて合流しやすいのも事実。他人の行動は完璧に理解することはできないし、最も融通の利く人間は自分しかいない。なら、援軍として今すぐ出れるのが自分だけなのだから、自分が動いて他のことは後で考えればいい。


 険しい表情で、エミルは鎧を着ると剣を腰に差す。そして星の方を振り返ると、肩に手を置いて言い聞かせる様にゆっくりとした口調で告げた。


「――いい? 星ちゃんはこの部屋で、レイちゃんと一緒に待ってて。すぐに帰って来るから」


 その言葉を聞いた星の表情は重く、なにか言いたげな顔でエミルの瞳を見つめる。


 すると、意を決した様子でエミルに言った。


「待って下さい! 私も行きます。絶対に邪魔はしませんから……」


 真剣なその瞳に、エミルは少し困惑した表情を見せた。その時、エミルの脳裏を始まりの街での出来事が蘇る。


 正直。あの時に星を失っていてもおかしくなかった……またこうして一緒に居られるのは奇跡に近い。


 それも全てディーノ……いや、四天王の一人であるデュランのおかげが大きいのも、エミルは理解していた。まあ、その彼を始まりの街に置いてきてそのまま撤退したのだが……彼ならば、あの状況でも余裕で逃げられるだろう。


 エミル達も個々で逃げるだけならば、あの程度の数を振り切るのは造作もないのだ。逆に足手まといになるであろう、気を失ったままの星を連れていったことにより、エミルからしてみれば彼の生存率を上げたということで、すでに借りは返したとも言える。


 真剣な眼差しで真っ直ぐに自分のことを見つめる紫色の瞳に、エミルも言葉を失う。

 もしもまたあの状況に陥れば、次は星を失いかねないのも事実。なら、いっそのこと目の届く所に置いておいた方が安全かもしれない。


 建物内では固有スキルの使用はもちろん。武器の使用もできない。だが、何故か自由に出入りできるライラというイレギュラーな存在もいる。そんな存在が、他にもいないとは限らない。


 しばらく考えた末に、エミルは大きく息を吐いて。


「……そうね。なら、一緒に行きましょうか!」


 にっこりと微笑んだエミルに、星もパァーと表情を明るくした。星もまさか連れて行ってもらえるとは思ってなかったのだろう。まあ普通なら、何を言っても置いていかれてしまうのだから無理もない。


 優しく星の手を掴むと、微笑みながらエミルと一緒に部屋を出た。


 エレベーターに乗って、1階のエントランスにいるサラザを見つけた……。


「いったい何があったって言うのよ!」

「ですから、さっきも言いましたが。ただいま味方同士での乱戦になってまして……」

「……だから、どうしてそうなったのか聞いてるのよ!」

「ですから! さっきも言いましたが、言えないんですよ!」


 カウンターの所で揉めているのは、サラザともう一人見覚えのある人物だ。 


「あら、サラザさんに白雪さんじゃないですか!」


 言い合っている彼女達を見つけると、エミルはなんの躊躇もなく声を掛けて近付いていく。


 揉めている相手の所に近付いていくエミルもどうかと思うが……。


「いったい何があったんですか? アナウンスなんて穏やかじゃないですよ」


 それを聞いた白雪は少し表情を曇らせると、事の次第をゆっくりと聞き取りやすいように説明を始めた。


「ただいま。街では作戦を終えて帰還した仲間達の中に敵のスパイがいたらしく、ギルマス達で迎撃にあたっております。皆様は巻き込まれて間違って撃破されないように、自室で待機していて下さい」

「そうなの……なら、私は皆さんの救出に行きます。よろしいですよね?」

「まあ、白い閃光の異名を持つ貴女なら何の問題もないでしょう。しかし……」


 白雪はエミルの後ろにいた星に視線を移す。星はビクッとしながら不安そうにエミルの顔を見上げる。

 それも仕方ないだろう。本来ならば、異名を持つプレイヤーは間違いなくこのフリーダム内でもトッププレイヤーだけだ。


 しかし、星は正直。無名だ――それだけではなく、彼女が小学生なのはその身長と容姿から容易に判断できる。


 実際にプレイヤーの殆どは、高額なハードを購入できる経済力のある大人か、裕福な家の子供くらいなものだ。

 苦労してハードを手に入れた人間からしてみれば、そんな裕福な家に生まれのうのうとゲームを楽しんでいる子供をよく思っていない者は山ほどいるのも事実。


 かく言う白雪も、元々はそう思っていたプレイヤーの1人だ――紅蓮との出会った時も、それはもう激しく罵り軽蔑していた。しかし、紅蓮はそんな彼女に冷たく言い放ったのだ。


「――ゲームを楽しむのに資格はいりませんよ? そんな先入観を持ってゲームをするなら、1人だけでプレイできるゲームをしたらいいでしょう。正直言って、言い掛かりを付けられるのは迷惑です」と……。


 もちろん。その言い分に激昂した白雪は紅蓮を攻撃したが、その後に行ったPVPで彼女は紅蓮に手も足も出なかった。怒りに任せて全力で戦って負けた白雪は、その悔しさに打ちひしがれて引退を決意したほどだ。


 身長祭やリーチの違いでゲームシステムのアシストが攻撃力と敏捷に若干の影響を及ぼしたが、紅蓮は鎖付きの長刀を使用していた為、それほど大きな値ではない。


 そんな彼女に向かって紅蓮は勝ち誇った様子もなく、静かに諭すように言ったのだ――。


「――貴女は確かに強い。しかし、それはゲームの中での事です。人は大人、子供に限らず悩みを持って生活しています。もし、子供にゲームをする資格がないと言うのなら、貴女は力で弱者を虐げる者でしかありません。強さとは弱い者を威圧し、屈服させるものではない! 子供の癖になんて言葉は、なにもできない自分の中の弱さから出る言葉です。強い者に向かっていく勇気もなく、自分よりも弱い者を虐めて悦に浸る愚かで下賎な族の行いです。そんな行いには決して正義はない! その思想は捨てるべきです……それに、せめてゲームの中でくらいは、分け隔てなく素直な気持ちで楽しみたいとは思いませんか? 今日は私が勝ちましたが、明日になったら分かりません。強さなんて容赦や出身で変わるものではありませんよ? 成長とは時に、自分でも驚くほどですからね。それと勘違いをしているようなので訂正しますと、私は大学生です」


 今でも紅蓮の最後の言葉に驚いて、その後のことはあまり覚えていない。


 だが、その時に戦った紅蓮の刀からは手加減や油断というものはいっさいなかったのを、今でもはっきりと覚えている。逆に全力で戦うのが紅蓮なりの流儀なのだろう。


 この時から白雪は、紅蓮を越えようとしてきたのだが、今では慕うようになっていた。

 しかし、この危機的状況下で、星が何かの役に立つとは思っていないのに変わりはない。それは子供だからではなく、星が単に戦闘経験が薄いからだ。

 

 これまでの戦闘で、というか……始まりの街で10万もの敵を撃破したことで、星のレベルは既にカンストしている。だが、レベルがMAXになったからと言って、プレイヤースキルが上昇するわけではない。


 星の手がギュッとエミルの握ると、エミルもその手を強く握り返す。それはまるで、大丈夫だと言いたげな感じだった。そしてそれは、現実になる……。


「いいえ、この子も一緒に連れていきます」

「はっ、なっ!? しょ、正気ですかッ!?」


 驚きを隠せないと言った表情で、白雪は目を丸くしながら思わず本音が漏れてしまう。


 そんな彼女にエミルはにっこりと微笑むと。


「――こんな体験。普通では経験できませんから、妹にも経験させておいた方がいいと思って」

「……えっ?」


 まさかの切り返しに、星は驚いたようにエミルの顔を見上げる。

 親しい間柄なら、絶対に通用しないはったりだが、白雪とエミル、星は殆どと言っていいほどに面識がない。


 そこにエミルの意図を察したサラザがウインクをして、エミルのはったりに話を合わせる。


「そうなのよ。この子達は姉妹で、すっごく仲良しなの。いつも一緒にいるし、離れたのを見たことないわ。まさか、そんな2人を離れ離れにしないわよねー」


 そう言って目を細め、白雪の顔を覗き込むサラザ。


 白雪も軽く咳払いをすると。


「まあ、いいでしょう。妹が心配なのは分かりますし、子供連れでも大丈夫と言うなら止めはしません。まあ、それだけ腕に自信があると言うことで逆に頼もしい限りです」 


 そう呟いて、白雪はその場を去っていった。

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